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第14話

***   フラフラと街を歩き回り、すっかり暗くなってから慧はやっと帰宅した。明かりも点けずベッドに倒れ込み、急に降り出した雨が窓を伝うのをぼんやりとみつめる。  頭の中は混乱し、触れられた部分は火照ったままだ。ライトの感触の残っている唇に、慧はそっと指先で触れる。  ――一体、どうして……。  疑問符は街をさまよっている間中、ずっと脳内を渦巻いていた。  どうしてライトはいきなりキスしてきたのだろう。最後のデートのサービスのつもりか? それとも自分があまりにも哀れな顔をしていたからか? 同情か?  ――いや、もしかしたら、そうではなくて……。 「あっ……」  大変なことに今さら気づいてしまい、慧は思わず声を上げあわてて起き上がった。  今日の分の料金を渡し損ねた。  代金を受け取れなかったホストは自腹を切るのか、バイト料から差し引かれるのか、とにかく本部にペナルティを取られるに違いない。    ――すぐに払わないと……。  そわそわとベッドから飛び降りた慧の頭に、天啓のようにひとつの考えがひらめいた。  もしかしたらこれは、神が与えてくれた最後のチャンスなのかもしれない。渡し損ねた料金を払いたいのでライトに会わせてほしいと、『アイリス』本部に頼んでみたらどうだろう。  許されるなら、もう一度だけライトに会いたい。そして、確かめたい。彼の気持ちを。  さっきは混乱し、動揺していた。向き合おうとせず逃げてしまった今になって、知りたいと思うのは虫がよすぎるのかもしれない。でも、もしもまだ可能性が一%でも残されていのなら、人生最大の勇気を振り絞って踏み出してみたい。未練を断ち切り綺麗に彼を諦めることなど、自分にはもうできないのだとわかったのだから。    慧はデスクの上からスマートフォンを取り上げた。会員になったとき、トラブル対応用にと『アイリス』本部の番号は教えられている。震える指で通話をタップし、相手が出るのを待った。 『はい、アイリスです』  まるで普通のオフィスのような礼儀正しい女性の声が応じた。トラブったと思われないよう、慧は呼吸を整え平静な口調で、持ち合わせがなかったので料金を払えなかった旨を丁寧に説明する。保留音が流れ少し待たされた後、相手の困惑した声が届いた。 『ケイ様ですよね? ライトから今日の分の料金はいただいておりますが』 「あ、それはきっとライトさんが立て替えてくれたんです。ライトさんにお金を返したいのですが、会わせてもらうわけにいかないでしょうか? デートではなく、本当にお金をお返しするだけです」    相手がわずかに躊躇する気配が伝わった。 『申し訳ございません。ライトは今日づけで当クラブを辞めましたので……』 「えっ?」  あまりの驚きに電話を取り落としそうになる。 「辞めたって……! 今日、ですか?」 『急なことで当方も驚いておりまして……これまでごひいきにしていただきありがとうございました』 「あの、連絡先とか教えていただくわけにはいきませんか? お金を……」 『申し訳ありませんが、ホストの個人情報についてはお答えいたしかねます』  よかったら他のホストを指名しないか、と続く相手の営業トークを上の空で断り通話を切ってからも、慧は呆然と突っ立ったまま動けなかった。心臓が不穏に高鳴り始め、息苦しくなってくる。 『アイリス』を介しての繋がりだったので、慧はライトの電話番号やメールアドレスどころか、本名すらも知らない。唯一の繋がりを切られて姿を隠されてしまったら、もう探す術がない。    ――どうしよう……どうすれば……。

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