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第15話

「……宅急便……」  車体に描かれた白猫のロゴがふいに脳裏に浮かび、唇がひとりでにつぶやいていた。  ――そうだ、まだチャンスはある……!  最後の望みにすがりつくように、慧はパソコンデスクに駆け寄る。近くの営業所を検索すべく画面を開きかけたとき、インターフォンが鳴った。夜の九時に訪ねてくる知人の心当たりはない。 「はい?」  パソコンの前から動かず声をかけると、『お届けものです』と返事があった。 「っ……」  扉を通してでも聞き間違えようがない美声に慧は椅子を蹴って立ち上がり、ドアに飛びついてロックを外す。  開けた瞬間目に飛び込んだのは、いっぱいの小さな白い花だ。大きなかすみ草の花束を抱えて、ライトが立っていた。配送会社のロゴが胸に入った地味なグレーのつなぎに、キャップを浅くかぶった姿で。 「吉沢慧さんに、花キューピッドの直接手渡し便です。宮島(みやじま)来人(らいと)から」  ライトは少しぶっきらぼうに、慧に花束を差し出す。宮島来人――首からかかった名札に書いてある、彼の本名だ。 「やっぱり、君だったんだ……」  声が震える。二度と会えないのかと絶望しかけていた相手が、今目の前にいてくれることがまだ信じられなくて。 「でも、どうしてあのとき……アパートの前で僕が声をかけたとき、振り向いてくれなかったの……?」  ライトはばつ悪そうに眉を寄せ、口ごもる。 「そんなの……かっこ悪いからに決まってるだろう。とりあえず中に入れてくれ。ここじゃ目立つ」  強引に中に入ってくる男に「仕事は?」とうろたえながら問うと、「今日は休みだ。わざわざあんたのために、仕事着に着替えて出直してきたんだよ」と、見慣れない相手はやや憮然と答えた。その表情は今は拗ねた少年のようで、スマートにエスコートしてくれた大人びたホストではない。素のままの彼だ。  後ろ手に閉めたドアに寄りかかり、ライトは気まずそうに話し始める。 「言えなかった理由は察してくれよ。夢をみせてやる役目のホストが実は宅急便の配送やってましたなんて、リアルすぎてぶち壊しだろうが。あんたががっかりすると思ったんだよ。けど……知れば知るほど、あんたはそんなヤツじゃなくて……」  微妙に視線を逸らしていたライトは、わずかに熱のこもった眼差しを慧に向けてきた。 「この地区の担当になったのは半年前なんだ。ボックスの中の花とメッセージ、最初はなんか薄気味悪かったよ。イカレたヤツじゃないのかって疑ってた。偶然副業の方であんたに指名されて、名前も『ケイ』だったしいろいろ話して、あんたじゃないのかって思い始めたんだ。それで、つき合ってくうちにわかった。あんたはただ本当に、すごく優しいだけなんだってな」  二人で過ごした時間を懐かしむように、形のいい唇が少しだけ笑みを刻む。 「宅配もホストもいい加減嫌になってたときに、あんたの優しさに触れて気持ちが休まった。一緒にいると癒されて、もっとあんたと近づきたいと思ったよ。でもあんたはちゃんとした公務員で、片想いの相手とうまくいきそうだった。望みないって完全に諦めてたんだ」  慧はゆるゆると首を振る。もう嘘は必要ない。すべてをさらけ出してくれた彼に、慧も隠さず本当のことを言いたかった。 「好きな人がいるのも、デートの練習の話も、全部嘘だ。僕はただ君の画像に勝手に片想いして、一度でいいから君と話してみたくて、それで指名したんだ。でもいつのまにか、それだけじゃ満足できなくなって……」  必死で抑えようとしてきた想いが一気に込み上げてきて、訴える声を涙で震わせる。ライトはそんな慧をみつめながら優しく微笑む。 「ホストのバイトは辞めてきた。あんた以外のヤツと、もうデートなんかしたくないからな。で、あんたは、かっこよくエスコートしてやる俺じゃなくていいのか?」  慧は首を振り、ずっと欲しかったたったひとつのものにおずおずと手を伸ばす。 「宅配便の配送をしながら子供の頃からの夢を追っている、ここにいる宮島来人がとても好きだよ」  伸ばされた手にかすみ草の花束を押しつけ、ライトは慧を花ごと抱き締める。 「じゃ、決まりだ。これから二人で、本当の恋をしようぜ」  ホストの彼を思い出させる気障な台詞も、今はときめきより大切なぬくもりを届けてくれる。零れ落ちる涙を温かい指先で拭われ、慧はそっと瞳を閉じる。花ごしに、優しいキスが唇に降りてきた。

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