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第15話 灰谷の地蔵化
「灰谷く~ん。座って座って」
居間のテーブルの上に料理本やらレシピノートやらを広げた母ちゃんがソファから嬉しそうに手招きする。
久子母ちゃんの婚約が嬉しくてたまらない母ちゃんは何日も前からあれこれと食事メニューの案を練っていた。
「久子さんとの食事会のこと、ちょっと相談させて」
「はあ」
母ちゃんの向かいのソファに灰谷が腰を下ろす。
オレは灰谷側のソファの肘掛けにケツを半分だけのっけた。
「和洋中どれがいいかしら~。久子さんはイタリアン好きよね。お相手もお好きかしら」
「さあ?一度しか会ったことないんでオレ」
「あら、そうなの?」
「はい」
「じゃあ、わからないわね~」
「わからないっすね」
灰谷は気持ちいつもよりぶっきらぼうに答えてるように見えた。
「久子さんに直接聞こう!」とスマホを手にした母ちゃんに「あーいま旅行中なんで多分、連絡つかないです」と灰谷がこれまたぶっきらぼうにかぶせた。
その顔はあんまり見たことがない顔で、まるで一人で置いてかれてスネてるのを隠そうともしないみたいな顔にも見えて。
めずらしい……。
こんな灰谷はめずらしい……。
「お~もしかして新婚旅行?いや婚前旅行か」オレは言いながら灰谷の肩を威勢よくパンパンと叩いた。
だって面白えし……カワイイ。
「じゃね?」
そんなに強く叩いたわけじゃねえのに痛そうに肩を押さえた灰谷がぼそっとつぶやく。
あ~テキトーに言ったら当たっちゃったな。
「キャー素敵!いいわねえ旅行。うらやまし~い。連絡がつかないってどこ?海外?」
目をキラキラさせて無邪気にはしゃぐ母ちゃん。
「――――」
灰谷が無の表情になった。
つうかフリーズ?
まるで地蔵だ地蔵。
長い付き合いのオレにはわかる。
察するにこれはたぶん、結構な地雷案件だぞ。
「婚前旅行?いいなあ。甘~い!」恋バナ好きの母ちゃんが身をよじる。
いやいや、あんまり追いこんじゃヤバいぜ。
「古い!やめろよ母ちゃん」
「何よ。素敵じゃない」
「いい歳してハシャギすぎ」
「あら、母ちゃんぐらいの歳になったら恋なんかしないと思ってるわね。そんな事ないんだから」
いやそうだろうけど。地味に地雷踏んでんだって。
母ちゃんは頬をふくらませた。
友樹と違ってカワイくは全然ない。
「んな事言ってないだろ。じゃあ母ちゃんは誰に恋してるんだよ」
売り言葉に買い言葉、ツッコんでみた。
「お父さん!って言いたいところだけど、そうねえ。やっぱり……櫻井あっちゃんかしら」
出た!BUCK-TICK!美形の魔王だよ。
「それ恋かよ」
「あらあ、あっちゃんの事を思うと胸がドキドキして世界がバラ色になるわ」
「あっちゃんって……」
「そういうものがあるから、毎日ドキドキして生きていけるんじゃな~い」
ああ、まあそれはそうかもしれない。
心に何か愛しいものを持つこと。
それは恋でも思い出でも芸能人でもなんでもよくて。
まあオレの場合はまさに隣りにいるんだけどね……。
「ですよね」
おっ、灰谷が地雷を飲みこんだ。
「そうよねー。灰谷くんの方が大人だわ」
そうかなあ。
灰谷の場合自分の地雷がなんなんだか気づいてないパターンだと思うけど。
灰谷って意外とマザコンの気があるのかも……。
いや男はみんなマザコンとか言うけども。
オレはカケラもないけどね!
「あのね、相手の方がお嫌いじゃなかったらギョウザにしようかと思ったんだけどどうかしら」
「ギョウザパーティーいいね~ギョウザ!ギョウザ!」
オレのテンション爆上がり。
「マコ、あんたに聞いてるんじゃないの」
「マコ言うなって言ったろ」
「あら。なんか戻っちゃったわ。はいはいマコちゃんごめんねえ。母ちゃんが悪かった」
「フッ」
オレと母ちゃんのやり取りに灰谷がニヤけた。
良かった。
「ったく、みんなしてマコマコ言いやがって。友樹のやつも」
「……」
あ、友樹の名前が出た途端、灰谷のニヤニヤがすっと消えた。
あれ?もしかしてこれも地雷?
やっぱさっきの二階の雰囲気って……。
「お料理はする方なのかしら」
「あ、するって言ってました。料理好きだって」
おっ、知ってる情報あるじゃん。
「あのね、お相手の方、初めましてでしょ?知らない人ばかりで気を使われると思うのね。だからみんなでギョウザを作るところから始めたらどうかしらって」
あ~なるほど共同作業。
手を動かしてるうちに気心が知れるっていうか自然と距離が縮まる的な?
灰谷も料理得意だし、こりゃあ母ちゃんナイスかも。
「いいと思います」
「じゃあ、そんな感じで、ひとまず考えてみるわ」
「よろしくお願いします」
灰谷は軽く頭を下げた。
礼儀正しいねえ。
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