33 / 43
第32話 屋上で聞いたこと④
矢沢のモノマネでなんとか中田から笑いを引き出した。
♪キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったけど中田は動かず、なんだか教室に帰りたくなさそうに見えた。
「中田~ここで昼寝しようぜ5限」
「ん~?ん~…そうすっか」
「おう。よっ」
オレは立ち上がると手を広げ、バランスを取りながら貯水塔の載った建物のフチを一歩一歩、歩く。
「気をつけろよ」
「おう~」
ゆらゆらゆらゆら。
生と死の境界線を漂う。
って大げさか。
手すりなんかないけど下の屋上に落ちても、二メートルぐらいだし。
オレ、バランス感覚はいいしな。
ゆらゆらゆらゆら。
たゆたう たゆたう たゆたう。
ぐるりと一周して戻ってくると、中田がぽつりと言った。
「杏子。さっきのオニ着信」
「ああ」
「昨日も遅くまで電話付き合わされてさ」
中田は大きなあくびをして首の後ろを小さく揉んだ。
ああ。
それで朝も眠そうだったのか。
「あげく今日はLINE攻撃」
「うん」
オレは中田の隣りに腰を下ろした。
杏子ちゃん、浮気。
夏休みに中田がアパレルのバイトしてる時に、実家の食堂のお客さんと不倫してたって言ってたっけな。
「相手、奥さんと別れるって言ってるから結婚する、とか」
あ~そりゃあかなり……。
夏からこっち、どうなってるか何も聞いてなかったけど。
つうか中田はそういう事、オレたちには言わないもんな。
「完全に舞い上がっちまって、人の話なんて聞きゃあしねえ。元カレに何言ってんだって」
ああ……別れてたんだ。
「『あたしの事を全部知ってるのは祐介だから』とか言いやがって」
ああ。杏子ちゃんだな。杏子ちゃんらしい。
でも……しんどい。
中田にはしんどすぎるしツラすぎる。
ゴチッ。
中田は自分の太ももをギュッと固めた拳で殴った。
「あの野郎に離婚する度胸なんてあるわけねえのに。杏子、あのバカ」
そう言うと中田は首をガクリと落として目を閉じ、はあ~と深いため息をついた。
「もう、バカでやんなるよ」
いつだってピンと伸びていた中田の背が丸まっている。
……ああ。
中田が心配しているのは杏子ちゃんの事なんだと思った。
自分がどうのこうのって事よりも、杏子ちゃんが傷つかないように。
でも多分これから傷つくだろう事を思って、それに対して何もできない事を中田は怒り、悲しんでいるんだ。
中田……。
かける言葉がみつからなかった。
オレの経験値をはるかに超え過ぎている。
はあ~と中田はまた深いため息をついた。
オレはどうしょうもなくて、中田がさっきグーで食らわせたあたりの太ももを手のひらでポンポンと叩いた。
はあ~と中田はまたため息をついた。
ん~。
オレはなんとなくまた中田の太ももをポンポンと叩いた。
中田は腕を組んで、はあ~ともう一度ため息をついた。
なのでもう一回ポンポンと太ももを叩いた。
結局それぐらいしかできなくて。
子供なだめるみたいだけど。
しまいにはオレたちは二人並んで、黙ったまま寝転がり、手を伸ばしても伸ばしても遠い、秋の空を眺めていた。
ともだちにシェアしよう!