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第32話 屋上で聞いたこと④

矢沢のモノマネでなんとか中田から笑いを引き出した。 ♪キーンコーンカーンコーン 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったけど中田は動かず、なんだか教室に帰りたくなさそうに見えた。 「中田~ここで昼寝しようぜ5限」 「ん~?ん~…そうすっか」 「おう。よっ」 オレは立ち上がると手を広げ、バランスを取りながら貯水塔の載った建物のフチを一歩一歩、歩く。 「気をつけろよ」 「おう~」 ゆらゆらゆらゆら。 生と死の境界線を漂う。 って大げさか。 手すりなんかないけど下の屋上に落ちても、二メートルぐらいだし。 オレ、バランス感覚はいいしな。 ゆらゆらゆらゆら。 たゆたう たゆたう たゆたう。 ぐるりと一周して戻ってくると、中田がぽつりと言った。 「杏子。さっきのオニ着信」 「ああ」 「昨日も遅くまで電話付き合わされてさ」 中田は大きなあくびをして首の後ろを小さく揉んだ。 ああ。 それで朝も眠そうだったのか。 「あげく今日はLINE攻撃」 「うん」 オレは中田の隣りに腰を下ろした。 杏子ちゃん、浮気。 夏休みに中田がアパレルのバイトしてる時に、実家の食堂のお客さんと不倫してたって言ってたっけな。 「相手、奥さんと別れるって言ってるから結婚する、とか」 あ~そりゃあかなり……。 夏からこっち、どうなってるか何も聞いてなかったけど。 つうか中田はそういう事、オレたちには言わないもんな。 「完全に舞い上がっちまって、人の話なんて聞きゃあしねえ。元カレに何言ってんだって」 ああ……別れてたんだ。 「『あたしの事を全部知ってるのは祐介だから』とか言いやがって」 ああ。杏子ちゃんだな。杏子ちゃんらしい。 でも……しんどい。 中田にはしんどすぎるしツラすぎる。 ゴチッ。 中田は自分の太ももをギュッと固めた拳で殴った。 「あの野郎に離婚する度胸なんてあるわけねえのに。杏子、あのバカ」 そう言うと中田は首をガクリと落として目を閉じ、はあ~と深いため息をついた。 「もう、バカでやんなるよ」 いつだってピンと伸びていた中田の背が丸まっている。 ……ああ。 中田が心配しているのは杏子ちゃんの事なんだと思った。 自分がどうのこうのって事よりも、杏子ちゃんが傷つかないように。 でも多分これから傷つくだろう事を思って、それに対して何もできない事を中田は怒り、悲しんでいるんだ。 中田……。 かける言葉がみつからなかった。 オレの経験値をはるかに超え過ぎている。 はあ~と中田はまた深いため息をついた。 オレはどうしょうもなくて、中田がさっきグーで食らわせたあたりの太ももを手のひらでポンポンと叩いた。 はあ~と中田はまたため息をついた。 ん~。 オレはなんとなくまた中田の太ももをポンポンと叩いた。 中田は腕を組んで、はあ~ともう一度ため息をついた。 なのでもう一回ポンポンと太ももを叩いた。 結局それぐらいしかできなくて。 子供なだめるみたいだけど。 しまいにはオレたちは二人並んで、黙ったまま寝転がり、手を伸ばしても伸ばしても遠い、秋の空を眺めていた。

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