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第4話
即位から一年後、大王は自身の一宮である葛城を東宮に任命した。
事前の朝議で反対意見は封殺された。この一年策を講じてきた大王の勝利といえた。
その策の最大の目玉として、磯城が東宮後見に任命された。葛城は未だ若く能力も未知数だが、磯城の能力は誰しもが認めるところだった。
葛城の若さからくる懸念は、磯城を後見にすることで封じ込められた。
磯城を後見にすることで豪族最大の嵯峨氏と大后の賛同も得られた。
それは大君が東宮時代から考えていたより、大勢を決めるのに大きいものになった。
大后の実家である嵯峨氏の勢力は相当なものだった。
そして、先の大王の二人目の后といえ、二十年以上にわたって后だった大后の権威も大きかった。
嵯峨氏と大后は、相まって力と影響力を増してきたと言える。
ただ大王にとって最大の難所は、当の本人磯城だった。
当初磯城は政の中枢に自らを置くことに難色をしめした。磯城の本音は政争に巻き込まれたくなかった。ただ傍観が許されないことも理解していた。
迷う磯城は、大王からも自身の母である大后からもこれが亡き大王の意思であると聞かされた。
そして最終的に磯城の背中を押したのは葛城だった。
「叔父上は私を助けてくださらないのですか」
幾分責めるような調子で葛城は言う。
「そう言うわけではありません。私なぞがあなたの助けになるとは思えませんので……」
「今更そのようなことをおっしゃるのですか。大いに助けになるからこそ、父上もそして私もお願いしているのではないですか。東宮位の空位は政の不安定さを増します。これ以上続けるべきではない。しかし、三宮の叔父上に譲るわけにはいかない」
磯城は三宮に対して好意も悪意も持たなかった。兄とはいえ触れ合うこともほとんどなかった。
同じ異母兄だが大王は可愛がってもらった覚えがあるし、今も何くれとなく気にかけてくださる。
葛城の事は自身弟のように可愛がったし、懐いてくれてもいる。心情的には三宮よりも葛城の方がずっと近い。
そして何より最近葛城に王者の片鱗を感じることに磯城は畏れを抱いた。
未だ若いとはいえ大王になるべくして生まれたのではと、思うことが時折あった。
大王の直系を継ぐ者は、やはり葛城と磯城も思った。
八宮たる自分は勿論、三宮も所詮傍系とも思う。だからこそ、己が後見に意味があるのかと思った。
「叔父上、もはや傍観者は許されません。大后様、大臣の嵯峨氏共に叔父上が後見になってくださることが、私を東宮にすることの条件です。東宮位を誰にするかを決めるのは叔父上と言って過言ではありません。叔父上は三宮の叔父上を東宮にと思っておられるのですか?」
「それはない……」
「だったら決断なさってください」
ああ、またこの目だ。この目で見つめられると抗えない。葛城が幼い頃からこの目で見つめられると望み通りにしてやった。そして不思議と迷いは払拭され、心持ちが軽くなる。なぜだろう……。自問しながらも磯城は応えた。
「わかりました。微力ながら謹んで後見を引き受けさせていただきます」
磯城の承諾を得た葛城は心軽く幸玉宮に戻ると舎人の淡水を呼ぶ。元花郎の淡水は葛城お気に入りの舎人として常に側に侍っていた。
「淡水、叔父上が後見を引き受けてくだされた」
「それはようございました。ではご準備してきたことを」
「ああそうだ、ようやくだ。この一年準備してきたことを実行に移せる。隣に建てている東宮の宮ももうすぐ完成じゃ。完成したら叔父上をお迎えする。その時は分かっているな」
「勿論でございます。全て滞りなく準備しております故ご安心なされませ」
「あと少しじゃ、早うお迎えしたい。楽しみでならん」
葛城は、そのためにこの一年着々と淡水を使い、時に大王も動かして準備してきた。
計画通り事を進め、浮かれた気分でいる葛城とは、正反対の心持ちの者がいた。東宮争いに負けた三宮である。
「ちくしょう、やられた。八宮……しまった、あやつを取り込んでおくべきだった。所詮末弟だと軽視しすぎたか……」
今回は明らかに負けたが、まだまだ挽回できる。葛城は勿論、大王も退位に追い込んで己が大王になる。どす黒い思いを胸に秘めていた。
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