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第5話

幸玉宮に隣接して建てていた別宮が完成し、葛城は幸玉宮から独立した。以後別宮は東宮の宮と呼ばれる。  東宮の宮を構えた葛城は、妃を迎えると思われていた。ここ最近二宮の王女のもとに通っているため妃は二宮の王女かと噂する者もいた。 「そなたも東宮として独立した故、次は妃を迎えることではないか。候補は二宮の王女か」 「それは考えておりません。二宮は后腹ではありませんし、王女の母君も身分が低い」 「確かに将来の后には少々難があるの……じゃが誰かほかに……」 「それはまだ追々でよろしいでしょう。それよりも東宮としての私の地位を盤石なものとせねばなりません。そちらが先と」 「それはそうだの。三宮の芽を完全に摘み取らねば安心は出来ぬからな」 「はい、そう思っております。さすれば先ずは八宮の叔父上を東宮の宮にお迎えしたいと思っております。側近くで私を支えて頂きたい。三宮はじめ敵対するものに対してしっかりと睨みを利かせて頂きたいと……」 「じゃがあれにも妃が……ああ今はおらぬか」 「数年前お亡くなりになって今はおられません。仮にこれから迎えられても妃は橘の宮に住まわせればよろしいかと。あくまでも叔父上の本拠は橘の宮ですから」 「そうだな、橘の宮は八宮が受け継ぐ宮だからの。で、八宮は承知したのか」 「まだ話しておりません、父上のお許しを得てと思いました故。叔父上には父上からからお話願いますか」 「そうじゃな、わかった、八宮が出仕したら早速話そう」  出仕した磯城は、大王から東宮の宮に迎えたいとの話をうけた。 「私が東宮の宮にですか……しかし、東宮も妃をお迎えになられないと……」 「妃はもう少し先でよい、それよりも東宮として早う独り立ちせねばの。そなたが側近くで導てやってくれ。あれもそのつもりで、宮にそなたための対屋を設けたようだ」 「私のための対屋ですか……」  畏れ多いというか、嬉しいより戸惑いの方が大きい。大王や東宮の住まわれる宮に、対屋を賜るなど異例なことだ。たとえ後見といえ……それに本音を言えば、橘の宮での生活の方が気楽だ。 「出来る限り毎日出仕しますれば……」 「それではな、そなたの負担が大きいと東宮が心配するのじゃ。勿論そなたの本拠は橘の宮じゃが、こちらにもそなたがはゆるりと出来る場があればとな、そう思ったのじゃ」  そこまで言われてしまうと、とても固辞することなど出来ない。磯城は謹んで受けるしかなかった。  磯城はあまりの豪華さに唖然とする。東宮自ら案内する自分のために用意された対屋がだ。まるで正妃のための対屋のようだ。広さも十分にある。 「このように豪華な……もそっと簡素な所でよいのですが……」 「叔父上をお迎えするのですから当然です。というか、もっと豪華でも良いくらいす。ごゆるりと寛いでいただかないといけませんので」  自分の後見職は東宮が独り立ちするまでの間だ。賢い東宮のこと、それほど時はかからないだろう。自分が後見を降りる頃には妃をお迎えになるだろう。そうなればここにいずれ正妃をお迎えになるやもしれん。磯城は少し強引に解釈して、この豪華すぎる対屋を受けることにした。   「叔父上を私の宮にお迎えして初めての夕餉。叔父上に喜んでいただきたく、心づくしの馳走にございます。どうかゆるりとお過ごしください」 「このようなご馳走かたじけないの」  身に余る立派な対屋、そして豪華なご馳走。磯城は、嬉しさより戸惑いの方が大きかった。 「これよりこの宮は叔父上の宮でもありますのでご遠慮は無用にございます。何かご不自由があれば、そこへ控えます淡水に何なりと申し付けください」  「淡水と申すのか、よろしゅうな。この酒は初めてだが……何という酒かな」 「新羅に伝わる秘伝のものを特別に淡水が仕込みました酒にございます。おいしゅうございましょう、さあどうぞ」  葛城自ら酌をする。確かに常に飲む酒より、更にとろりと甘く美味しいと思った。磯城は勧められるままお代わりをして飲んだ。酒に強くない磯城には珍しいことだった。  葛城は勧め上手だった。磯城は勧められるまま食べ、そして飲んだ。会話も弾んだが次第に酩酊状態になる。これ以上はいけない、叔父としても後見としても、下がってやすまねば……磯城の理性が警鐘を鳴らす。 「今宵は沢山馳走になった……そろそろ暇を……」 「そうでございますか……淡水、叔父上に水を」  酔いのある体に冷たい水はうまい。磯城は何の疑いもなく飲み干した。常なら気付いただろう、その水がただの水ではない事に……磯城の意識は途絶えた。

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