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第14話

葛城は、自分の馬に磯城も共に乗せた。磯城を後ろから抱きしめるように馬を走らせた。 「私の馬は……」 「舎人に連れて来させる。心配いらない」  磯城は背中に感じる葛城の温もりに安堵した。あのまま葛城が来なかったらと、思うと今更ながら怖かった。同時に、身がすくみ何もできなかった自分の情けなさに、苛立ちも覚える。  東宮の宮について、葛城は無言のまま、自分の奥の対屋に磯城を連れて行く。表の執務のための対屋には、磯城も常に出入りするが、奥の対屋に入るのは初めてであった。そして葛城は、怒りの気配を全身に表している。磯城は戸惑いながら、葛城に対座した。 「だから申したでしょう、気を付けるようにと。それに、昨日はなぜ戻らなかった?」  葛城は詰問口調だ。言葉遣いも公の場での敬ったものでない。 「昨日は、母上と話しているうちに日も暮れた故、危ないと思ったのだ。それが、仇になったようで申し訳ない。私の配慮が足らなかった」 「三宮に何をされた?」  葛城は、磯城の手を痛いほど掴み問う。余りの迫力に、磯城は直ぐに声が出ない。 「……な、何も……ただ、手を……手を握られたそれだけでございます」 「手を握られて、何もとは……まだ、自分の立場が分かっておられぬのか。妃がほかの男に手を握られるなど、あるまじきこと。しかも三宮はあなたを抱きかかえておった」  磯城は、葛城の迫力にたじろぎながらも、いや私は妃ではないがと、心の中で反論する。磯城の心の声が伝わったのか葛城は言う。 「あなたは、磯城は吾が妃。誰がなんと言おうともそれは事実だ」  磯城は、心の中でも反論をあきらめた。葛城の自分への思いは、それこそ誰がなんと言おうとも変わらない。例え、大王であろうとも、そう思ったからだ。 「此度は、心配かけてすまなかった。これからは、十分に配慮するゆえお許しくだされ」 「ええ、あなたに、吾が妃に私以外の者が指一本触れることは許さない。例え大王でも、よろしいですね」  磯城は、無言で頷いた。これで今日の事は終わったことと思った磯城は、自分の思い違いを知る。 「三宮は許さない、必ず報いを受けさせる」 「でも……三宮の兄上も今日のようなことはもうなさらないと思うが……」 「だから、あなたは甘い。三宮は直情的な男。油断してはいけない」  磯城は己の魅力に全く無自覚だ。ここ最近の、匂い立つような妖艶な色気。大王や三宮でなくとも、その気のある男を引き付ける。なのに本人は無自覚なため、無防備なのだ。  そればかりか、あまり過剰に反応して三宮を刺激することは、良くないと葛城を宥める。 「勿論油断はしませんが、それほど心配なさらずとも……あまりことを荒立てることもよくありません」  ここは、葛城の方が上手だった。人の悪意に疎く、己の魅力に無自覚な磯城に、これ以上諭しても通じない。ここは己が対処するにほかないと、話を引き取った。 「わかりました。私は表で執務に入ります。あなたも、一度ご自分の対屋に戻った後来てください。ああ、今宵は行きますよ。ふふっ、心配させられた償いはしてもらいますからね」  最後の言葉に、磯城は身震いする。償い……何をさせられるのか? 磯城の胸に不安が沸き起こったが、今は執務が重要と考えないことにする。  磯城が下がった後、葛城は淡水を呼んだ。 「昨日の件じゃが、三宮はより念入りに探ってくれ。磯城に目を付けたようじゃ。あれを餌には絶対にできん、万一にも危険が及ばぬよう見張ってくれ、よいな」 「畏まりましてございます」 「ああ、それとな今宵は磯城に仕置きする。妃の身分で他の男に手を握らせた罰は与えねばならん。あまりきついのはあれじゃが、あれが十分に反省出来る仕置きの支度をせよ」 「仕置き? 痛みを与えるのでございますか?」 「痛みか……少しはあれだがあまり酷なのは可哀そうじゃな。ああ、そしてあのきれいな体に傷は付けてはならぬ。痛みは程々に、傷は決して与えず、あれが十分に反省出来る仕置きはないか?」 「それは……ございますが」 「淡水、われは甘いか?」 「いえ、おそらく八宮様には痛みや傷が伴う仕置きよりお辛いかと……」  淡水に任せておけば、磯城に一番効果的な仕置きが用意されるだろう。大王の時は、相手が大王ゆえ見逃した。しかし此度は許すまじ。今後は例え大王でも、指一本許さないようにしっかり躾けると葛城は心に決める。

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