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第17話
大王、東宮側も、三宮側も動きの無い、静かな穏やかな時が過ぎた。
あとから振り返ってこの時は、嵐の前の静けさだったと思うことになる。つまり、双方水面下での動きは活発なものの、表面は静かにしていたことになる。
淡水は、内偵、むしろ密偵と言うべき行為に長けていた。葛城は、そんな淡水を重宝した。いまでは淡水の下に複数の舎人を付け、そういった方面の仕事を取り仕切らせていた。
葛城は、日々淡水から報告を受けていた。それによると、磯城に危害を加えられる恐れは今のところないようだった。ただし、手を出される恐れは十分にあるので、そこはしっかりと見張るように命じている。
問題は自分への危害の可能性だった。直情的な三宮のこと十分にあり得る。むしろ、この際自分を襲って亡き者か、致命的な傷を負わせ、その流れで磯城をも手に入れるつもりでいるのでないか? とも考えられる。
東宮の、そして大王の位を手に入れ、全てを意のままにする。三宮の考えそうなことだ。だが、三宮の野心は私が砕くと、葛城は己に誓う。
「淡水、よいか磯城の事はくれぐれもしっかり守れ。あれに何かあれば許さぬぞ」
「はい、それは十分に承知いたしております。八宮様に手出しされることは万一にもございませんのでご安心を」
「ああ、頼んだぞ」
「東宮様もお気を付けていただかねば……妖しい動きも察知しておりますので」
淡水には、今は磯城よりも葛城の身が心配だった。三宮の側に、磯城を襲う動きは今のところ見られないが、東宮である葛城を襲う謀りがあるようだと察知したからだ。
「吾を餌にしてもよいぞ。この静けさ、まこと平和なものならよいだろうが、そうではなかろう。膠着状態ともいえる」
「そうではありますが、こちらから手出しするわけには……」
「だから吾を餌にするのだ」
「しかし、それでは東宮様の身に危険が……」
「勿論あやつらに食らいつかれるようなへまはできん。ほんの少しかじらせるだけぞ」
いかに三宮の言動が不遜といえど、かりにも大王の同母弟の三宮を討つにはそれ相応の口実がいる。もし、葛城が三宮側に害せられたら、それは立派な動機になる。葛城が言う、己を餌にとはそういう事だ。
しかし、それはかなり難しい。危険から身を守る方がはるかに簡単なことだと淡水は思う。軽いけが程度で済めばいいが、深傷でも負えばそれこそ取り返しのつかないことになる。否、東宮と言えば日嗣の御子だ。玉体に、傷など例え小さくても恐れ多い。そう言って躊躇する淡水に葛城は、迷いのない態度で言う。
「玉体に害を及ぼそうと画策するのはあやつらぞ。それを防ごうと身を守れば、いつまでたってもこのままではないか。ここらで事を動かした方が得策じゃ」
確かに今の状態では、こちら側は守りに入るばかりだ。この状況では油断が一番怖い。ほんの少しの隙に大きな打撃を受けるのは避けなければならない。そのためには、討って出る。それが、葛城の考えであった。
淡水も葛城の考えを聞かされれば、従うよりほかないと思う。自分を餌、つまりは囮にするようなもので、なんと腹の座ったお方だと、改めて葛城への憧憬を強める。
淡水は、この国へ来て、このような方に仕えることの出来る幸せを思う。必ずこの方の大王即位を見届けると新たに誓った。
同時に、万一にも葛城が重傷など負わぬように、腹を据えてかからねばと気を引き締める。
磯城は、葛城と淡水の思惑を知っていたのか? 何も知らずにいた。二人は、磯城が知れば反対するのは必須と、知らせなかったからだ。
磯城は、磯城で配下の者から三宮側の動きをそれなりに察していた。故に、自身が気を付けるのは勿論のこと、葛城にも注意を促していた。
まさか、葛城が己を餌になどと考えているとはさすがに想像もしていなかった。知っていれば当然のこと、二人が思うように反対した。
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