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第5話 湯気にのぼせた ※
食事の世話はアンジュがしてくれた。一口一口丁寧な手つきで食べ物を口元に運んでくれる。絶妙なサイズに切り分けてくれるから、なんだか思っていたより快適だった。
「さ、お茶もどうぞ」
「ん。ありがと」
吸い口のある器にお茶が注がれて、見たところ緑茶なんだけどすっきりとした味わいだった。
誰かに飲ませてもらうっていうのは食べさせてもらうよりも難しい。いつもより時間がかかるし食べづらい。
まぁ食べづらい一番の原因はこの食事風景を真正面から眺めてる梅漸なんだけど。
「いつまで見てるんだよ」
「お前が食べ終わるまで」
「なんでだよ」
「食べ終わったら風呂に行くからだ」
「えっ風呂!?」
「なんだ?入りたくないとは言わせねぇぞ」
「いや俺入れないだろまだ箸も握れないんだぞ」
「自力で座れるようにはなりましたけどね」
「それ!それが一番デカい!」
数時間経ってようやく自力で座れるくらいになった。一応足もふらふらにはなるけど立てる。ただ指先にまでまだ力が戻らなくて、物を握ったりが出来ない。
俺にとっては大きな進歩だ。
「このままもうちょい待ってたら指も動く気がするんだけど」
「そんなに待ってたら夜が明ける。明日も学校だろ」
「え、学校行かせてくれんの?!」
「学生の本分は勉強だろうが」
「急にマトモなこと言う」
「俺はずっとマトモだろうが」
「はいはい、話は纏まりましたね?私は武彦の寝室を準備してきますから、二人はどうぞ入浴に向かってください」
「あ、えっとご馳走様でした。めっちゃ美味かった!です」
「ふふ、敬語はいりませんよ。ではごゆっくり」
食器を片す音を聞きながら俺たちは部屋を出た。俺に至っては立つことが出来ても歩行が危なっかしいのでまたしても梅漸に抱えられてるんだが。
「梅漸も一緒に入るの?」
「まぁついでにな」
「ついでにか。頭洗ってくれたりは?」
「あのな、箸握れない奴にアレやれコレやれなんて言うわけないだろ」
「やった!俺美容院でシャンプーしてもらったことあるんだけどさ、アレ結構好きなんだ」
「俺を美容師だと思ってんのか…?」
浴室までの道順を覚えながら鼻歌を歌う。こんだけデカいお屋敷だから多分風呂もデッカいはずだ。
「随分ご機嫌だな」
「足伸ばせるくらい大きい湯舟を想像してるんだ」
「はっ、足を伸ばすどころか泳げるぞ」
「なっ本当に!?」
「自慢の風呂だ。…ほら着いたぞ、脱衣所」
俄然ウキウキとしだした俺を見て梅漸が器用に眉を上げた。俺は銭湯も温泉も行ったことがなくて、修学旅行で一応大風呂に入ったはずなんだがそれは全然記憶にない。
泳げる程の風呂なんて実質初めてだ。
脱衣所は思ってたよりもちょっと狭い気がする。銭湯でよく見る大部屋を想像してたからかもしれない。
へーって言いながら周りを見ている間に梅漸が服を脱いで腰に布を巻いていた。早業。
「ほら腕は上がるだろ。上げとけ」
「人から脱がされるのって結構恥ずかしいな」
「ん?あんなことまでしといて今更だろ」
「あんなことって、いやまぁそう、あ!後ろ!梅漸後ろから脱がしてくれ」
「はいはいわかったわかった」
思春期は難しいななんてボヤいた梅漸が後ろからドンドン服をはぎ取っていく。前見られるのもアレだけど、後ろもちょっと恥ずかしいかもしれない。
「耳赤いぞ。俺に裸を見られるのが恥ずかしいか?」
じゅわっと音がしそうな勢いで顔に熱が集まった。首まで赤くなったことを指摘しながら梅漸が俺の下着を下ろす。
腹を撫でられた感触を思い出して力が抜けそうになった。というか全身に力が戻り切ってなくて良かったかもしれない。元の状態のままだったら、た、たってたかも。
足元に来た下着をのろのろと跨いでいる間に後ろからタオルを巻かれる。いやこれ絶対尻見られた。
「え、なんでまた担がれてんの」
「ここ段差あるからな。床も滑る」
「…ありがとう」
「ほら座るくらいなら出来るだろ。大人しくしてろ」
「ん」
シャンプーハットなんてないから目に入らないように注意しながら頭を洗ってくれた。
俺の反応を見て力加減を調整してくれたからか、美容師じゃないらしいのに気持ちいい。
「ふ、はは、あはは、ちょ、待って」
「待つか。大人しくしてろ」
気持ち良かったのはシャンプーまでで、体に触られるとくすぐったくて仕方がない。
くすぐったくなかった場所を敢えて挙げるなら、肩と腕くらいだった。
「ひ、ひ、笑い死ぬ!」
「我慢しろ、何がそんなに面白いんだ」
「面白くって笑ってるわけじゃないし!は、ははくすぐったい!!」
腹、脇腹、足、つま先、足の指の間、それで、最後にタオルが外された。
「あ、ま、前はいい!前はいいから!もっかいタオルして」
「ダメだ、一番綺麗にしなきゃいけないだろ」
「それはそうだけど」
「…硬くなってるな」
「気付かなかったフリしてくれても良くない?」
無駄に抗議して、それから見られてるのに気が付いた。
「見るなって。見ないって言ったじゃん」
「排泄はな。風呂は別だろ」
「全部ダメですけど?!うひっ」
泡を纏った指が下から上る様に擦り上げていく。細かい泡が柔らかく肌を滑って余計に力が入った。
また背中にゾクゾクとした何かが走る。
息も絶え絶えになった頃、ようやく全ての泡が流された。…口じゃ言えないところまで洗われて、俺は何度も床を汚した。
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