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第13話 四家のおはなし
「武彦が昨晩泊ったのは客間だそうで、今日は部屋を移動します」
「あ、そうなんだ」
日用品は一揃え取り敢えず確保して、机だとか大きめの家具は明日改めて買い出しってことになった。学校も俺が即決したから結局見に行ってないし、通学再開したときの遅れとか考えると恐ろしいな。
ちなみに食材の買い出しは思ってたより色々時間がかかったからまた後日ってことになった。
「さっき買った布団は先に部屋に運ばせてある。それから衣類もだな」
「あんなに買うから仕舞うの大変だぞ」
「収納も追加だな」
廊下を迷いなく進んで行く梅漸を先頭に俺、アンジュが続く。
結構年季が入ったお屋敷っぽいのに老朽化は見られない。改装とか結構やってんのかな。
廊下も床がギシギシ軋んだりしないし、映画とかで見る日本家屋とちょっと違う。
「ここだ」
梅漸が襖を引いて中に入って行ったので、俺もそれに続く。端っこに尋常じゃない数の紙袋あるけどあれもしかして全部服?
横目に荷物を確認しながら一歩部屋に踏み込んだ瞬間、それは起きた。
「えっ」
「ほお」
「おや」
大体六畳くらいだった部屋の壁がぐん、と広がった。一瞬で音もなく。なんだ今の視覚映像か?どんなトリックだ?
「随分気に入られたな、武彦」
「え、気に入られてって何?うわ、天井動いてる!!!」
「最近若い衆が和モダンとかいう概念を吹き込んだっていうのはこのことか。へぇ、旅館みたいになったな」
「待って今何の話してる!?」
みるみる内に壁の色も天井の色も全部変わった。襖の色や模様まで、だ。
「気に入られてひいふうみい…二十四畳ですか。だいぶ広いですね」
「親父の次ぐらいじゃないか?俺の部屋よりも広くなったな」
「二人とも冷静過ぎない?驚いてるの俺だけっておかしくない?」
「あー、なんて言ったら良いんだろうな」
「普通に説明すれば良いのでは?良いですか、武彦。信じられないかもしれませんがこの屋敷には自我があるんですよ」
「この屋敷には自我があるんですよ?????」
「うーん困りました、ちゃんと聞こえた上で伝わってませんねこれ」
「そのうち嫌でも慣れる。先に要望でも伝えておいた方が良いんじゃないか?」
「あぇ、要望?」
「内装に気になる部分はないか?」
「え、え?いや、部屋が広すぎるかなって」
「確かにそうですね。寝室と二つに区切ってもらっては?」
アンジュの言葉に反応してか、壁からスススと障子が現れた。さっきまで見えていた窓が遮られ、ストンと完全に閉じる。なんだこれ。なんだこれ?!
「半分にしても十二畳か。明日買う家具の大きさは考えなくても問題ないな」
「それ以上に問題があるんだけど!?」
「照明までこだわってますねぇ。色々と学習なさったようで」
「聞いてる!?」
目の前に居た梅漸の服を掴んで揺さぶったら抱き込まれて背中ポンポンされた。いや癇癪起こしてるわけじゃないんだけど!?
「ともかく普通の建造物より多少融通が利く生き物だとでも思えば良い。寝室は不可侵の領域として約定してあるからプライベートも安心だ。だから障子の向こうで着替えろよ」
「すごい、日本語なのに何を言ってるのかさっぱりだ」
「さすがに前提条件を省きすぎたか。まず、俺の名前に漸が入るだろ。梵の親父にも」
「え、あ、うん」
「ここに住む連中は、居候を除いて全ての人間が名に漸を持つ。それはここが“漸”と呼ばれる家だからだ」
梅漸が言うには、この家を興した人の名前が漸と言って、名字はなかったらしい。なので漸という字をそのままもらってあやかるようになった、と。
「ここ、“漸”とアンジュの居る“鷲”、それから灰蛮…お前の自称親友・真城だな、あれの居る“蛮”という三家が元々あった。その三家を筆頭にそれぞれ一門が存在していて、血こそ繋がっていないが家族として契りを結んでいる。ここまで良いか?」
家族といっても厳密に養子縁組を、というわけではなく所謂盃を交わすとかああいうのに近いらしい。とにかく絆を結んで、互いを家族と呼ぶ程深く結び付く間柄のようだ。
「ええとまず、ニックネームみたいなことではないんだ」
「本名は別にあるが、俺たちは皆名を継承している。先代、先々代と何代も“梅漸”は存在するってことだ」
「ちなみに本名は」
「俺か?桐生隆昌 だ」
「え、桐生って」
「武彦と養子縁組した梵の親父…桐生扇は俺の伯父だ。義理のな」
養子縁組で俺の名字は神崎から桐生になるから、梅漸も名字一緒になるってことか。いや、あの書類が受理されればの話なんだけど。
「ここからが本題だ。三家に所属している人間は皆“異能”と呼ばれる現代科学では解明出来ない類の能力を保持している。三家の当主が代々住む屋敷にはそれぞれ自我があり、魂が宿っている。物質に囚われない形状変化は見ての通りだ。そしてこの屋敷の所在地は日本という区分には含まれない“異界”と呼ばれる空間にある」
「映画の設定でも諳んじてるのか?」
「高校生にしては時々難しい言い回ししますよね、武彦」
異能と呼ばれる能力があれば血が繋がっていなくても一族一門に加えられ、継承という形で名を授かる。
そして不思議なことにこの能力は男にしか発現しないものであるらしい。
なんだか嘘くさい話だが、本人は真剣だしアンジュも当然のような顔をしている。話も進まないから一先ず受け入れることにした。
「三家の人間は血が繋がっていないことがほとんどだが、例外もある。真城本人と真城の父親は揃って異能を持ち、“蛮”へ迎えられた」
「へぇ」
「他人事のようにしてるところ悪いんだがな、これはあくまで三家の話だ」
「うん?養子に入ったから俺にも何かあるってこと?」
「いや、三家とは別に異能を保持している一族が居る。そこは三家とは違い例外なく血脈に異能が現れるそうだ。名は、“彦”」
ぞわ、と何かが背筋を這いまわるような悪寒がした。
「以前親に捨てられたと言っていたが、明彦さんはお前を捨てたのではなく何者かに連れ去らわれた可能性がある」
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