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第14話 過去からのお告げ
『満ちる夜、すなわち十五夜。十五の年に、力が満ちる』
それが欲しいのだと声は言う。
『欠け始めの夜、十六夜 に全ては結実する。十六度目の生誕の月に至るまで、そなたは愛と能と運、幸福を彩る全てを失う』
それでも良い、と小さな俺が返す。すると声はこう続けた。
『そなたの願いは必ず叶うであろう』
俺はハッとして目を開けた。あんなにはっきりとした夢を今まで見たことがない。
一瞬自分がどこに居るのかわからなかったが、身を起こして辺りを見る。庭に続く大きな窓。遮る様に閉じられた障子。自室として与えられた大きな部屋だ。
「今の夢は…」
十六度目の生誕の月、といったらちょうど今月だ。思えば月の始めに梅漸が学校に現れた。…夢で言われたことと何か関係があるんだろうか。
枕元に置いてある、新品のスマホを持ち上げるとまだ深夜の二時だった。
丑三つ時。そういえば夢に出て来た相手はなんとなくそれらしい雰囲気を纏っていた。
生きている温度を感じない、そう例えば、実体のないものであるかのような。
不意に庭へ目をやった。そうしようと思ったわけではない、ほとんど反射のようなものだった。すると庭の先にぼんやりと何かが浮かんでいるのが見える。
それはすぅ、とこちらに飛んで来て、俺が身動きする間もなくするりと胸に入って行った。
で、人生二度目の気絶をしましたと。
「ほら、起きろ武彦」
「あと二時間…」
「ガッツリ寝ようとするな、全く」
ふわふわと寝癖を弄られた後強制的に起こされて、夜中に見た夢の話をすることにした。
ちょうどパジャマから部屋着に着替えるところだったので胸に何かついてないかも覗き込む。
「なんか光っててさ。夢にしてはだいぶリアルで…何もないな」
「入って行ったのはどの辺りだ?」
「うひ、触んな!」
「異常なさそうだな。問題なく滑らかだ」
「肌質の話なんて今してねぇよ!てかなんで俺の部屋に居んの」
「起こしに来てやったんだろ」
ん。と差し出されたスマホには朝の七時と表示されている。まぁまぁ良い時間だ。
「それにしても十六夜に全ては結実、か。額面通りの意味そのままではなさそうなのが厄介だな」
「今月あるの?十六夜の日」
「十五夜も十六夜も毎月あるだろう」
「え、そうなの」
「中秋の名月が有名なだけだ」
知らなかった。あとなんで俺の着替え真正面からガッツリ見てるんだコイツは。
まぁ裸見られたどころの騒ぎじゃないから今更なんだけど。
「…あっち見てろよ」
「ん?」
「聞こえないフリすんな!」
「脱がせてやろうか?」
「着てんだよ!」
障子の内側はプライベート空間だって言ってたのに全然普通に入って来てるじゃん。一応閉めてあるけどお前がこっちに居たら意味なくない?
「寝癖なんとかしないと恥ずかしいぞ」
「もっと恥じらうべきところあったけどな」
「大丈夫だ俺しか見てない」
「お前が見てるのが問題なんだろうが」
梅漸時々真城みたいになるな??
「そういえば真城もここに居候するって言ってたけど買い出しとかするの?」
「滞在期間もわからないのにわざわざ買うわけないだろう。使っていなかったものを倉から出す程度だ」
「俺もそれで良いんだけど」
「仮にも当主の息子の部屋だぞ」
「なるほど?」
面子みたいなやつ一応あるんだ。お世話になってる側なのでそこは無抵抗で受け入れよう。今探り探りだし、変に固辞するのも迷惑かけそう。
「体調の方はもう大丈夫そうだな」
「おかげさまで」
昨日梅漸からこの屋敷や四家の話を聞いた後、俺は夜ご飯を食べる気力すらなく梅漸の手伝いを受けて風呂に入って寝た。父親の話が中々衝撃的でかみ砕くことが出来なかったからだ。
「詳細は梵の親父が一番よく知っている。説明の場を設けると連絡があった」
「わかった」
これまでの調査について、一度キチンと聞く必要がある。
養子縁組の話をしたときとは違って梅漸の同席も許されたから、少し気が楽だ。
「気分が悪くなったらちゃんと言ってくれ。俺たちも武彦の具合を見て進める」
「いや、多分大丈夫。予想外過ぎて驚いてただけだ」
「配慮が足らなくて悪かった」
「謝んなくて良いって。俺もあんなにショック受けるとは思わなかったんだ」
もし本人の意思で失踪したのでないなら、今無事なのか。俺はそれが気になって、あの後はずっと上の空だった。大賀の人間がもし、父親の…父さんのお金が欲しくて何の対処もしていなかったんだとしたら、俺は許せそうにない。
呑気に何も考えず生きていた自分のことを棚に上げて。あの家の人間を恨んでいる。
「寝癖も直ったな。朝食にしよう」
食堂へ着くとアンジュが待ち構えていて、パンが乗った皿を配膳された。
「バターと、ジャム、それからチョコソースになります」
「ジャム結構種類あるね」
「ちょうど昨日買い出しに行ったそうですよ。どれも美味しそうなので買って来たとのことです」
「あ、そうだ折角歓迎のご馳走用意してくれてたのにごめん、全然食べられなくて。…って、料理してくれた人に伝えたいんだけど今居るかな」
「ちょうど厨房に居ますよ」
「武彦、こっちだ」
食堂横の扉を開けばそこが厨房になっていた。すぐ横だったんだ。結構広い中に入って行くと、一人包丁をトントンして何かを切っている人が居た。美味しそうな良い匂いがする。
「藤漸 」
「あ、若。おはようございます」
「武彦、コイツが藤漸だ。台所当番は元々交代制だったんだが、今は一人で回している」
「時々助手は付きますがね。はじめまして、武彦の坊ちゃん」
「ぼ、坊ちゃん?」
「当主の息子なら当然坊ちゃんだろう。なぁ」
「はい。若の仰る通りで」
いや若ってなんだ。穏やかに喋る藤漸さんに挨拶して、昨晩のことを詫びる。
「ああ、気にしなくても屋敷の連中が喜んで食べましたんで無駄にはなってないですよ」
「良かった…」
「まぁ代わりに今日の分はたくさん食べていただきますがね」
冗談めかしてそう笑うと、今後パンに合う付け合わせも何か考えると言ってくれた。この人多分めちゃくちゃ良い人だ。
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