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第16話 レンズ越し前編

「くっそ、やられた。俺のタケがッ!」 「別にお前のでもなんでもねぇや。書類片付けろ」 「ほら全然電話出ないさっき通じたのに」 「うわさっきからずっとかけてんのか?気色の悪い」 「朝からタケ吸わないと死ぬ」 「もう埋まっちまえよ墓にでも」  (恐らく)監視係として宛がわれた菊漸(ひぜん)って男、コイツが無駄に素早くて脱走は何度も阻止された。タケ、タケに会いたい。俺のタケ。 「今日は付いて行きたかったのに…しかも朝から一度もタケの顔見れてない拷問?同じ屋根の下に居るのに食事も一緒に出来ない、地獄か?ここは」 「“漸”のお屋敷を勝手に地獄扱いするな」 「大体何なの梅漸、あの手際の良さ絶対事前に準備してただろ」  学校へ襲撃…侵入、突撃した梅漸は俺が手を出す隙も与えずタケこと俺の親友・神崎武彦を連れ去った。そして行き先はよりによって梵漸のおっさんの屋敷だ。  俺が思うに梵漸のおっさんはタケの好みど真ん中、ドストライクの男だ。なんたって渋い。 タケは自分が小柄なのが気になるらしく、「かっこいい」に対して強い憧れがある。渋いかっこよさのある大人なんてイチコロだろ。 実際、どういうわけか膝に乗ってたし。何アレ。俺の膝で良くね?  アイツ、独自にある「かっこいい」の基準が満たされてると目をキラキラさせて相手を見るんだよな。そんで見てたもんな梵漸のおっさんをキラキラおめめで。マジで可愛かった。なんなんだアイツ、天使か? 「やっぱ心配だ俺が傍に居ないと」 「お前が一番危ないだろうが」  バッと立ち上がったらぐっと肩を押されて着席させられた。くそ、馬鹿力が。 「にしてもいくらダチが居なくなるからって転校までするかね」 「あー、ちょうど良いって。あんなのやられちゃ居づらいからな」  タケが連れて行かれた後、学校の連中は俺を遠巻きに見ていた。釘バットなんてもんを携帯していた梅漸はそれなりに怖かったらしい。アイツは全く、“漸”の名に相応しい男だ。 「学校はそれなりに楽しかったけど、まぁ今はどうでもいいな。これからは他人だ」 「未練なしか」 「俺にはタケさえ居ればいい」  菊漸がわずかに警戒を強めるのを気配で感じる。 なので俺は丁寧に、昔話を聞かせてやることにした。俺が如何にしてタケを見出したのかを。  第一印象、なんてのはとっくに忘れた。 俺もアイツも異能持ちのはずなのに何も感じなかった。そしてタケはやたらと、いや、異常な程印象が薄くて、「何度か廊下ですれ違う」以外の記憶がそれ以前に残っていない。  ある日から徐々に「廊下でよく見かける」に変化していった。視界に入れば認識もする。だからといって特にこれといった感想もなく、数週間経った頃。 偶然、「よく見かける」そいつがいじめられていることに気が付いた。  俺は無理だとわかっていながら「やり返せば良いのに」程度で流した。  きっかけは特にない。それから数日経って、そう。ただなんとなく声をかけてみた。 意味なんてない、何気ないものだ。  そいつはなんだか俯きがちで、顔をちゃんと見たことがなかったから、どんな顔してんのかなって思っただけだ。 でも、自分が声をかけられたと思わなかったのか、単に無視されたのかそいつは振り返りもせずに立ち去った。  俺はそれにすら感想を抱かず、声をかけたこと自体すぐに忘れた。  そうしている内、いじめは段々エスカレートしていった。俺はただ「くだらない」とだけ思ったが、いじめられている方の奴に一等腹が立った。  なんで黙ってんの。なんで助けてって誰にも言わないんだよ。なんで困った顔してんのに誰もアイツを助けに行かないんだ。 「おい」  なんでいつも俯いてんだよ。お前は悪くないんだろうが。  俺はただイラついた。何にイラついているのかはわからないが、でも確かに初めて抱いた感情は「ムカつく」だった。 「…俺?」  可愛かった。声変わりしただろうに、なおも低くなりきらない声。 そこで以前自分が声をかけたのを思い出した。やっぱり自分相手に声をかけたと思っていなかったらしい。 前髪がやたらと長い。顔も表情も見えづらい、暗い奴。 「何か用?ていうか誰?」  不審に思われるのが嫌で咄嗟に嘘を吐いた。自由学習を一緒にやらないかという誘いだ。 当時はちょうど授業の課題で「共同でのレポート作成」ってのがあった。クラス関係なくグループを作っても良い、というお達しのもと、他の連中皆が相手を探していた。  内容は、どこか興味を持った公共施設に行って写真を撮り、その施設の歴史、経営、工夫している点はどこなのかをまとめ、感想を添えれば完成という中々に面倒なものだ。 実をいうと既に何人かに誘われていたが、完全にサボろうとして全部断っていた。 「友達とやんなくて良いの」 「他の奴らはサボるって」 「君は真面目なんだ?」 「そういうわけじゃねぇけど」  無口な奴だと思ってたが、意外と饒舌だった。俺を怖がっている風もない。 変な奴、そもそもなんでいじめられてるんだか。  この間はわざと足踏まれてたし、突き飛ばされた拍子に頭も打っていた。存在感が薄いだけか?なんて分析しながら見据える。 「俺の成績があんまし良くないから、だな」 「なるほど。で、俺はパシリ?」 「は?」 「違うの?アイツら、俺のこと便利だって言ってるから、てっきりアンタもそうなのかと思った」 「なんだよそれ」  俺も同類って言いたいのか。なんて理不尽に怒りをぶつけようとして思い至った。 タケにとっちゃ、俺はアイツらと変わらないってことに。  俺は傍観して、助けてもやらなかった。だからタケにとっちゃ何かしてきた奴らも、何もしない奴らも同類だったんだ。 それに気付いた途端トゲトゲしい空気を感じた。でも俺まで拒絶されるのは納得がいかない。悪いとも思わなかった。だって気付いたなら今からやればいい。 「俺、真城宗喜(ましろそうき)。連絡先教えて」 「…」 「なあって」 「俺、携帯持ってない」 「は?」 「家になら、電話あるけど番号までは知らない」 「マジか。じゃあ良いや、お前の家って」 「家に、来るのはやめてくれ」  強い拒絶に一瞬イラっと来たが、いきなり距離を詰め過ぎたと納得した。後に俺はタケが親戚の家の預かりで、随分と肩身の狭い思いをしていたと知る。 「ま、いいや。俺と組んでくれんの、くれないの」 「……一人よりは、良いかな」  気が変わらないうちにと配られていたプリントに俺とタケの名前を書いて提出した。そんで、俺は毎日隣のクラスに通って他をけん制。堂々と突っかかって来る奴はいなくなった。 俺も良い仕事するじゃん?陰湿な方向にシフトしていったから、アイツの目に触れる前に除去してやれば信頼を獲得した。 「で、どこ行く」 「俺が決めて良いの」 「良い。何、行きたいとこない?」  ちょっと言いよどんで、もごもごしてから「動物園」と零したタケは抱きしめたくなるほど可愛かった。 ペンギンが見たいなんていうから、あんなん飛べねぇじゃんって返しちまった。  したらアイツ、ちょっとむくれながら雑学を披露した。 めんどくせ、と思ったのと同時になんだか意外だった。何にも興味なんて持たないと思ってたから。 話せば話すほどイメージを覆されて、面白いなって思うようになっていった。

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