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第18話 俺の価値は億千万

「この部屋だ」  買い物を終えた後、俺は屋敷の奥、梵漸の親父が待つ部屋へ通された。 一見すると壁でしかない扉をくぐり、さらに巧妙に隠された扉から階段を下る。情報は厳重に管理されているって事前に聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。 「通行証を」 「あ、うん」  上で渡された通行証を差し出すと、受け取った梅漸が自分のと合わせて壁に着ける。原理は全くわからないが、一面光ってから壁がなくなった。 「さ、行くぞ」  中は石造りで、意外にも広い。中央に置かれた大きな机は、継ぎ目のない一枚板で出来ている。 そんな立派な机と、周囲を囲むように並べられた棚や本棚はなんだか乱雑で、統一性がない。至る所に紙の束が置かれ、ファイルや本、ホワイトボードまで置いてある。 「こんとこに座っとけ。二人ともじゃ」  梵漸の親父に促され梅漸と着席すると、早速本題に入る。 「明彦の件は内密に調べとる。その必要があるからじゃ」 「知られたらいけないってことは」 「内部の犯行、っちゅうやつじゃな」  ぱ、と電気が消え、壁に映像が現れる。プロジェクターだ。 「失踪当日の明彦の動きをまとめとる。あの日明彦が一人になったんはこん時間だけじゃ」  最後に父さんの姿が確認されたところを梵漸の親父が指し示す。 内部の犯行、というのは事前に父さんの動きを知る人間が限られていたから、だそうだ。 「まぁ鮮やかなもんじゃ。武彦を園に迎えに行く道すがら明彦は消え、その間に武彦は大賀へ持ち帰られた」  俺たち親子には、それまで欠かさず付き添いが居たらしい。なんでも父さんはトラブル体質で、変質者が寄り付きやすかったんだそう。 そこで可能な限り梵漸の親父か、どうしても付いて行けないときは他の人に頼んでそれを回避していた。 「そん日は“漸”の屋敷で妙なことが立て続けに起こったんでな。調査に残らんといかんかった。代わりをやったんはええが、ひったくり騒ぎが起きたっちゅー話じゃ」  図ったように、タイミングよく。 父さんに付いていた人はひったくりを捕まえて、その僅かな隙を狙われた。 「騒ぎを見とった連中は、当然他に目なんぞ行かん」 「目撃者が居ない」 「そういうこった」  梵漸の親父であれば何があっても父さんから離れないし、“漸”の屋敷で調査が行われていなければ人員も充分に足りていて、捕まえる人と傍に居る人で分担出来ていた。 発端となった「妙なこと」は全て人為的に引き起こされたことだと後に発覚して、その時点で屋敷を行き来出来るのは当主だけとくれば内部を疑うのは当然だ。  だから大々的に調査をすることも出来ず、父さんを探すのは困難を極めた。 「そこに来て、灰蛮だ」  屋敷に入れた時点で「害意なし」と証明出来たものの、侵入自体に懸念がないわけでもなく。 「そもそも害意のねぇ状態でどう細工を施した?俺たちの疑念はそこにしかなかったが、当主以外が出入り出来たっちゅうのは、前提から見直さにゃあならん」  電話に応じないという判断は的確だったと褒められた。別にそういうこと知っててやったわけじゃないんだけどな。 「侵入経路を何としても聞き出せ」  梵漸の親父の、鋭い眼光が俺たちを射抜く。 「異能っていうの、真城の能力は誰も知らないのかな」 「昔はわざわざ聞くこともあったが屋敷を出入り出来る時点で“ある”とわかる。一々聞き出す必要はないな。知っているとすれば“蛮”の当主くらいだ」 「そうなんだ」 「“漸”に居る連中も互いの能力を把握しているわけじゃない。特に秘匿してるわけでもないが、言い触らすようなものでもないからな」  家に迎える都合上、当主相手に能力開示の義務はあるが、裏を返せば「当主以外誰も能力を知らない」なんて状況も普通にあるらしい。 なんか二つ名とかあるしなんとかの梅漸みたいな感じで皆能力オープンにしてるのかと思ってた。 「そこで悪いが武彦の状況を利用させてもらうことにした」 「え、俺?」 「ここへ連れ帰るための方便だったが、最初の扱いが借金のカタだっただろう。それが随分、こっちにとって都合が良い」  聞けば俺の認識が借金のカタということになっているので、借金全額がそのまま俺の価値、ということになったらしい。つまり同じ額を支払い自分を買い上げることで自由になれる。 ちなみに俺が払ったところで真城父の借金自体は一円も無くならないそう。 「若い衆は事情を知らないからな。武彦を養子に取るとなれば反発しそうなのが多少なりとも居る。それなりに実力を示してくれ」 「俺の養子反対派なんて居るの」 「俺の人望が厚すぎるらしい」 「うわっなんだそれ!」  当主の養子となれば当然将来が有望視される。若と呼ばれていることからわかるけど、梅漸は次期当主として既に地位を確立していて、俺はそれを揺るがす新たな当主候補に見えるんだそう。 「いや!いやいやいやいや!放棄放棄!当主候補放棄します!梅漸次期当主賛成!平和的解決!」 「俺は別にお前の下に着いたって良いが?」 「それ絶対皆の前で言うなよ誤解を生むから」  隣に座る梅漸の肩を鷲掴みギリギリと力を込めるが、肩もみか?と聞かれて撃沈した。 「で、その状況の何に都合の良さを見出したわけ」 「灰蛮の足止めだ」 「真城の?」 「“蛮”所属だからな、当主から引き渡すよう当然の要求が来るだろう」 「あぁまぁそれはありそう」 「養子である武彦と同じく灰蛮を借金のカタとして扱う。お客様扱いはないが、アイツも自身を買い上げる必要があるってわけだ」  “蛮”の当主が肩代わりして身柄を引き受けようにも“漸”の当主、その養子である俺が同じ境遇に置かれていれば文句は言えない。 そこを強行すればえ?仮にもトップの息子がやってるのに“蛮”は随分甘ちゃんだね?と“漸”どころか“鷲”の一門にも弱みを見せる結果となる。らしい。  そもそも俺の立場的にカタなのはどうなの?って話なんだけど、それは“蛮”に巻き込まれちゃったんだよねあーあって態度でいればあんまし問題はないらしい。本当か?  …とにかく、俺という存在が丸ごと父さんを探す一助になるかもしれないのだ。 ほどほどに計上を上げつつ、ほどほどに真城から情報を聞き出し、目的を達成するまで足止めする。それが俺に課せられた初仕事だった。

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