「は、じめまして。神崎武彦です」 　自己紹介って毎回何言うか迷うんだよな。とにかく無難に名前と今までどこの学校に通ってたかだけ喋って終わり。うああ視線が刺さるっていうか人に注目されるのってマジで苦手。 「じゃ、神崎は一番後ろの席で」 「はい」 「案内は委員長がやるからそっちに聞いて」 「はい」 　もうなんでもいいサッサと座ってクラス中から向けられる目を離散させたい。高校一年の微妙な時期に転校して来たせいで緊張感が高まって来た。主に俺の。 　なんでもこの学園、中高一貫校らしい。完全にコミュニティ構築されてるだろ。入っていけるのか？そんなところに。転校早まったかも。 　携帯を持たせてもらえてなかったせいで、俺はかつて通っていた高校のクラスメイトに別れも告げられていない。ちょっとくらい惜しめばよかったか、なんて現実逃避しながら席に着いて隣や前の席の新たなクラスメイトに挨拶する。 　ちなみに俺の名字がそのままだが、未成年の養子縁組、しかも父親は行方不明届も捜索願も出されていなかった関係で、色々とややこしいことになっているらしい。なので書類を交わした今現在でも、俺は「神崎」のままだ。 「よろしく、神崎君」 「よろしく…ええと」 「学級委員長の高遠ヒロって言います」 「あ、案内してくれるっていう」 「そうそう。好きに呼んでくれていいよ」 　挨拶を交わしていると隣のクラスから歓声みたいな声が上がって、皆不思議そうに顔を見合わせる。 「そういえば隣のクラスにも転入生が来るって噂出てたな」 「噂とか出回るんだ」 「この学園じゃあんまり珍しいことじゃないんだけどね。すごい人でも来たのかな？」 　高遠君が首を傾げるのを見て俺も違う意味で首を傾げた。 高校で転校ってそんなに多いか？普通志望校って自分で決めるし早々学校変えようなんて思わない気がするんだけど。 　うーん、と唸っていると廊下がザワつき始めた。今度はなんだ。 「そうだ。ここ結構広いから、早速今日の放課後案内しようか」 「確かに早めに慣れたいかも。でも用事とかあったりしない？急な話なのに悪い」 「全然平気。そっちこそ時間大丈夫？習い事とか部活とか」 「ないない。万年帰宅部」 　委員長任されるだけあって高遠君めちゃくちゃ良い奴だ。もう校舎に慣れるまで高遠君に纏わりつこう。 ホッとして息を吐いた瞬間教室に勢いよく真城が入って来た。 「タケ！」 　パァ！と効果音が付きそうな明るさで走り寄って来る。いや隣のクラスの転入生ってお前か。よく手続きとか間に合ったな。 ていうか今俺たちものすごく目立ってるんだけど。クラスどころか廊下からもなんか皆見てるんだけど。なんなんだお前の注目度は。 「神崎君の知り合い？」 「あー、そう、えーっと前の学校で一緒だったんだ」 「へぇ。同時期に転校だなんてすごい偶然だね」 「いや本当にそう」 　まさか俺を追いかけて来ましたなんて言えないよな。余計なこと言うなよ真城。 目で牽制しつつ高遠君と気軽にお喋りを続ける。 高遠君自体は俺と真城を交互に見て不思議そうにしているが俺も不思議に思ってるよ。 　男子校だから多分まだ良い方だけど、共学だったらもっと騒がれてたんだろうな…真城が。 「タケ、後で一緒に校内見て回ろうぜ」 「いや良いけどそっちは案内役とか紹介されなかった？俺はほら、学級委員長の高遠君が案内してくれるんだって」 「マジ？俺そういうの聞く前に教室出て来た。なんかうるさかったから」 「ああー…」 「俺も一緒して良い？」 「もちろん」 　高遠君は真城の申し出に快諾してくれ、放課後の探検が決定した。 一時限目から早速移動教室らしく、真城はすぐに連れ戻されたが。 「ここの教科書まだ届いてなくて。見せてもらっても良い？」 「良いよ。それより前の学校と進み違ったらすり合わせるの大変かもね。テストも近いし」 「うぐ」 　耐え難い現実を突きつけられつつ何とか授業は乗り切った。勉強のレベル自体は前通ってた学校よりも上で、これは付いて行くのも大変そうだ。 「タケー、昼飯食おう」 「おー。高遠君、食堂ってどっち？」 「僕も食堂で食べるから一緒して良い？」 「助かる。行こう行こう」 　食堂へ向かう道すがら高遠君がこっち行くと移動教室の時に使う実験室があるとか、体育館はこっちから行くとか色々教えてくれた。さすがに放課後の一回じゃ覚えきれないから、こうやって何回も教えてもらう予定。丁寧な案内に、何となく高遠君の性格もわかってきた気がする。 「放課後案内が終わったら僕は寮に帰るけど、二人はどこの寮に入ったの？」 「いや、俺たちは家から通いなんだ」 「そっか。今度寮の方にも遊びにおいでよ」 　午後の授業も乗り切り、図書館や購買、体育館を案内してもらって今日は解散。音楽室やら理科室やら他の教室はまた明日案内してもらうことで話がまとまった。 「じゃあまた」 「また明日ー」 「じゃあなー」 　高遠君の印象、俺は「マジ良い奴」で真城は「面倒見の良いオカン」だった。 「タケと同じクラスだったら良かったのになー」 「クラス替え多分ないだろここ」 「それだわー。クラス替えで奇跡的にタケと一緒のクラスになる望みも絶たれたわー」 「まぁでも休み時間ごとこっち来てるしあんま変わんないだろ」 「変わりますー。移動教室だと意味ないからー」 　脱力しきった声にこちらまで脱力しそうになる。俺としても顔なじみが近くに居た方が安心だが、毎回こっちに来るから悪目立ちしているような気がしてちょっと微妙な心境だ。 　何といっても転校初日だというのに真城は既に人気を確立していた。いや人気って何。高遠君は「見た目が良いって言ってる人がいたからそういうことじゃない？」って言ってたけど、男子校でもイケメンはモテるんだ。 「真城真城、お前王子様って呼ばれてたぞ」 「なんだそれ」 　髪の毛サラサラで爽やかな見た目してるから、らしいよ。ちなみに前の学校では所構わずべたべたしてくる真城のせいで常に女子から睨まれていた。「真城と付き合うなら最大の障害は神崎」と陰口も叩かれていた。 男子校での人気って俺がまた睨まれたりするタイプのやつかな…？やっぱちょっと離れて欲しい。 「お。迎えが裏に来てるって」 「裏って何。まだ俺表もわかってないんだけど」 「地図に書いてあった。こっち」 「いや腕掴まなくても俺迷子になったりしませんけど」 　あと手首さするな。 「遠いな裏門」 「敷地が馬鹿デカいからな。金持ちが寄付金ドバドバ入れてるらしい」 「誰から聞いたんだそんなの」 「聞いてないのにベラベラ喋って来る」 「はいはいイケメンイケメン」 「えっ今俺のことかっこいいって」 「言ってない言ってない」 　何とか裏に回ると黒い車が止めてあった。いかにも私が高級車です！と言い出しそうな長い車体のやつだ。送迎は今後この車で、運転手さんは固定らしい。物腰柔らかで紳士的なおじさんだ。 「武彦様、どうぞ」 「様は良いです…様はいらないです」 「職業病のようなものですのでお気になさらず」 「ほらタケ、帰ろうぜ」 「お前はよく我が物顔で乗れるな」 　このぴかぴかの車体無駄に緊張するんだけど、これがちょうどいいからと言われるともう何も言えない。何がちょうど良いのか。 「“彦”の若君のついでであることをわきまえていただこうか、“蛮”の」 「“鷲”がまさか“漸”の足になるなんて思わなかったよダンジュさん」 「あくまで我らは“彦”のために動いているまで。図に乗るなよ若造」 　真城と運転手のダンジュさんが救いようないくらい仲が悪いんだけど、もしかして毎日送迎の度にこんな空気で…？頼むから仲良くしてくれ。