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第23話 彦とはなんぞや
家庭訪問でもないのに担任が家に来た。そんな状況ですら稀だというのに、今の俺といったらどうだ。
見たこともない植物に体の自由を奪われ、ただひたすらうごうご。力を込めたところでどうにもならないので、諦めて寄りかかってみた。
「せめてこれ外してから行けよー!!」
部屋で一人空しく声を上げる俺。最初こそ焦ったものの、もし害のあるものであれば梅漸が即行救出しただろうから今は冷静だ。
それにしてもなんで俺だけ放置なのか。納得いかなくて謎の植物相手に顎でぐりぐりと攻撃してみたが、特に動じる気配もない。
「これって食べれるのかな」
ジッと見つめながら呟くと、聴覚が存在するのか葉っぱがビクンと跳ねた。
そんな風に武彦が格闘する中、梅漸、アンジュ、真城の三人は大部屋に連行された。
梅漸が見渡せば“漸”の当主・梵漸、“鷲”の当主魏廉鷲 、“蛮”の当主・緑蛮 とその側近たちが揃っていた。
大きな垂れ幕が天井から下がり、そこには「“祝・彦の帰還”」と書かれている。
「ご苦労、エンジュ」
「はいはい。さ、皆席に着いて」
エンジュがパンパンと手を叩いた途端三人を拘束していた植物が離れる。すかさずアンジュが指を鳴らすと、残らずアンジュの持っていた手巾の中に収束していった。
「種の持ち出しはご遠慮いただけますか」
「レンジュ様が良いよって」
「言ってはいないが、迅速に連れて来いとは指示した」
「はぁ、それで今回は何だというのです」
「我ら“鷲”、“蛮”と連れ立って抗議に参った」
「抗議」
「そうそうズルいよねぇ梵漸、武彦を独り占めなんてさ」
「といった次第だ。明彦の息子を独占する梵漸に断固抗議の姿勢である」
「あん?武彦は俺の息子だ」
「はぁ~それがおかしいんだって!」
「“漸”が“彦”を留め置くのであれば一門がまた荒れる」
一説によれば、“彦”とは末子だったという。“漸”、“鷲”、“蛮”から順に長男、次男、三男の四兄弟で、しかし血脈に異能が必ず現れたのは“彦”だけだった。
御三家と呼ばれる“漸”、“鷲”、“蛮”は分家・一門に至るまでほとんど血の繋がりはなく、能力の制御方法の伝授や名の継承によって絆を深めて来た。
が、“彦”は代々その力を持つため産まれた頃より親が子にその制御を行う。三家のように規模を増やす必要も機会もなかったので、長らく関りは薄かった。
それが突如として交流が生まれた。現当主たちの代からである。
“彦”は元々三家の間で特別視されていた強力な血筋だ。梵漸、魏廉鷲、緑蛮の三人が当時“彦”の末裔であった「明彦」と学友になったことにより、当主としての座が確定した。
けれど問題が起きたのはその後である。
明彦が姿を消し、武彦は大賀の家に連れて行かれた。
彦を失ったことで、当代当主たちは“彦失せ”と揶揄されるようになったのである。
これは元々三人の当主就任に不満を抱いていた層が、その盤石の地位を崩すために分断を図った結果なのだが、混乱を招いた“彦”を若い衆は今更何のために重用するのかと疑問視しているのだ。
これに対し三家当主はそれぞれ「梅漸」「傳庵鷲」「灰蛮」の三人を置くことで当主になり替わろうとする不穏分子、“彦”に不満を抱く層を黙らせた。なお、灰蛮配置は完全に想定外だったため当主・緑蛮は別の人員と交代させる予定だったのだが、これまた予定にない転校で灰蛮は実質他二家よりも「最も武彦に近い位置」に移ったと言える。ごく個人的な借金のこともあり据え置く他なかった。
各家の当主就任は明彦との関りを差し引いたところで何ら影響はなかったのだが、“彦失せ”を二度繰り返せば返上もやむなし、が現状である。
よって現在武彦の警護は、三家当主が連携し、それぞれ信頼の置ける人員を割いて万全の体制で臨んでいるのだ。
「“漸”に武彦が取り込まれると三家の力関係が崩れるのではないか、という意見も上がって来ている」
「くだらん」
「いくらバカバカしい話でも数で押されちゃあねぇ。全く、灰蛮も状況を引っ搔き回してるんだよ、自覚ある?」
「いや、俺はタケの親友だから全く何の関係も」
「肌を見て鼻血出す親友なんて居ませんー」
「う、だ、だって俺一目惚れだったのに!!」
「緑蛮、その辺にしといたれ。おい砂利、武彦に手ぇ出したら殺すぞ」
「手だって繋いだこともないのに!?」
「その行動力で?このヘタレ!」
緑蛮が灰蛮を焚きつけ始めたことで“漸”の面々が殺気立ち、仕方なしに“鷲”が諫めた。
「それより武彦は今一人ですよね?大丈夫なんですか」
「心配せんでもこの“屋敷”が誰も通さん。部屋に入れるのはこの世で明彦ただ一人じゃ」
瞬間、エンジュがはぁいと手を振った。
「どうした」
「レンジュの親父、武彦がどうやら俺の拘束解いちゃったみたいで。部屋から出ますね」
「さすがは明彦の息子」
「感心してる場合か」
「問題ない、武彦には藤漸と菊漸が付いとる」
「ではお時間も無いようですし、この竹漸が要点だけまとめて皆様にお伝えしたいと思います」
まず大賀の家で不審な動きが見られたこと、三家それぞれの一門から接触した者があったことなどが挙げられた。
「やはり内通者が居たようです」
「明彦失踪と大賀の連中はまず無関係じゃねぇだろう」
「“彦失せ”なんてバカバカしい騒動は共謀して起きた、と。解明すべき点がまだまだ多いね」
「成長した武彦の坊ちゃんは明彦様と似ているということで、一門にも写真を見せたところ大賀と接触した全員が一人の男の下に集いました」
要注意人物として頭に入れてください。とその場の全員に男の顔が共有された。
「随分出来が良いって聞いてたけどまさか裏で糸を引いていたなんてね」
近年頭角を現し出した男を、上層も認識はしていた。それまでは目立った印象もなく、大人しかった男だ。
「残念ながら時間切れのようです」
ダダダダダダと床を踏み鳴らす音がした後、襖が子気味良い音を奏でながら開いた。
「居た!なぁこれすごい小さくなっちゃったんだけど大丈…ぶ…」
知らない人間がズラリと並ぶ室内を見て、武彦は一歩後退し顔を引きつらせた。全員一見して威圧的な上、上等そうなスーツ、または高価そうな着物を身に纏っている。どう見ても常人ではない面々だ。
「あれ、梵漸の親父も居る」
「武彦。こんとこへ来い」
「でも今お取込み中じゃ…」
「ちょうど終わったとこじゃ。コイツらももう帰る」
そう言われると特に抵抗する理由もない。なるべく目を合わせないようにしながら、そして気配を消しながらすすすっと梵漸の近くへ寄って行った。か細い声で「コンニチワー」とだけ一応の挨拶もする。
「学校はどうだ、順調か」
「ものすごく!」
「息災なら何よりだ」
厳めしい顔がふっと緩み話を聞いてくれる。武彦はそれだけで満たされるような思いだった。
自分を息子と呼び、何の負担もないと様々なことを請け負う。どんな些細な気遣いも泣きたくなるくらいに嬉しい。
そこで武彦はいつも通り梵漸の足の開き具合を調整すると、胡坐を掻いた足の中へストンと腰を下ろした。
「あ」
そこで武彦は、いつもと違いここは梵漸と親子の語らいをする空間ではないことに気が付いた。
梵漸は全員の視線を感じ取り、それにニヤリと笑みを浮かべることで答える。この当たり前のように心を開き、そして体を預ける様子はどうだ。何が一人占めなものか。武彦は進んで庇護下にあるのだと。
ちょっと嬉しそうに近寄った武彦を見て、次に梵漸の顔を見た梅漸は挑発するような視線に血管を浮き上がらせた。
「週末にゃあなんぞ出かけるか」
「えっ」
「段取りはどうする」
「自分でやりたい!!」
梵漸が髪をくしゃくしゃに掻き混ぜながら頭を撫でてやれば、武彦はくすぐったそうに笑う。梅漸は唇を噛み締め、灰蛮 はすかさずシャッターを切った。
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