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第一章 出逢い(7)

「……やめっ」 「なぜだ?」  これ以上醜態を晒すことに耐えられず上条は否定の言葉を口にしたが、強い調子で言い返せないでいた。 溜まった唾液が口の端からつうっと零れ落ちて、ようやく月城の口が離れる。散々絡んだ舌を名残惜しげにピクピクと痙攣させ、視線は月城の唇を追ってしまう。熱の籠った目でみつめていることなど気づいていなかった。 「(うぶ)なのか挑発しているだけなのか、分からん……な……」  月城の呟いた声は上条には届いていないようだ。上条の耳朶を喰み(うなじ)|頸から鎖骨へと濡れた唇を這わせながら、月城の長い指がシャツのボタンを外していく。胸へと滑り、尖り始めた乳首を摘みあげた。痛みに混じって感じる痺れに呻いた。 「くっ……うう……っ……」   指の腹で押し潰し転がされるだけで、なんともいえない快感が走る。俄に陰茎が頭を擡げ下半身の熱を自覚した上条は、身が焦げるような羞恥にカッとなった。けれど甘い痺れに抗いきれずにいた。 「あっ……あぁ……」 「ボス、よろしいでしょうか?――5分後には到着します」    内蔵型インターコムシステムを使って知らせてきた柳澤の声に、上条は我にかえった。 シャツが肌蹴て半裸の状態に目を背けたくなる。慌てて胸元へシャツを手繰り寄せて月城を睨んだが、今し方までの情事の名残などかけらもない無表情な月城に寒気をが走る。 「西田明夫生(にしだあきお)の手術を成功させろ。――必ずだ!できたら堂本を好きにしていい。――恨みがあるんだろ?」 「俺は神様じゃない。病状を把握できてないのに簡単に安請け合いはできない! 説明してください」  澄ました顔の男の下で己だけが劣情を晒したなんて、腹立だしくてしかたない。その感情を拭えないまま月城に喰ってかかっただけだった。優雅に足を組み月城は淡々と話を続けた。 「脳底動脈分岐部にある動脈瘤の執刀に、知人の医師からおまえの名があがった。未破裂だが既に大きくなっているため、いつ破裂するか分からんそうだ。脳卒中の既往歴があり、若干の言語障害があるといっていた。患者(クランケ)は45歳の男だ。ま、話ができる程度に生かしてくれれば、それでいい」 「あなたは人の命を何だと思っているんだ! 話ができる程度にって……。どこの病院です? ちゃんと設備が整っているのですか? 手術も今からっていうんじゃないでしょうね?」 「執刀は夜が明けてからだ。山の上にあるセントジョージア病院を知っているか?」  上条もセントジョージア病院の名だけは知っている。悪名高く、財力のある者だけを受け入れる病院だということを。設備の心配はなくなったが脳底動脈分岐部の動脈瘤とは、久しぶりの分野の手術に、手順と執刀のシュミレーションに目まぐるしく頭を働かせた。執刀前の上条は、必ず救うという信念に導かれるように他のことが見えなくなる。要は目の前の手術に没頭してしまう癖があった。もう隣に月城がいることすら忘れてしまい、上条の脳内では開頭した術野の断面図が広がりつつあった。

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