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第二章 駆け引き(7)
事情が飲み込めず上条は立ち尽くした。
月城と出逢った発端は、堂本との口約束のはずなのにと心が騒めいた。月城と武装集団が敵対することになった原因が上条自身にあるというのは、どういうことなのか。月城と出逢ったのは今夜、いや、もう昨夜になるが。月城は、もしかしらた以前から上条を知っていたのだろうか? 疑問が次から次へと湧いてくる。上条は月城に居直り、口調も乱暴になるのを止められなかった。
「月城 は、西田の手術の執刀が目的だったのではなかったのですか? どこで俺のことを……。それに、あなた方の敵対する原因みたいにいわないでください。俺は何も知らない! 月城 に、初めて逢ったというのに」
「おまえは知らなくていい」
月城からは、上条の望んだ返答はなかった。納得できない上条が口を開く前に、鬼龍がそれを遮った。
「黙ってろ! 上条 を殺 りたいと思っている連中は、ここにいる者以外にもいるんだ。――で、月城 の答えはどうなんです?」
鬼龍は長年愛用している銃、コルトガバメンの銃口が、ストレッチャーの上で眠る西田に向けられた。西田は睡眠導入剤により浅い眠りに陥って、幸いに厳しい現状を知らないでいる。けれど状況は好転とはいえず、月城の答えによっては西田は命を失うことになることを思うと、上条は怒りを抑えることができなかった。いっそ月城が西田を選んでくれることを願った。
「――どちらも否だ! 西田を撃てば、鬼龍 を撃つ」
月城が答えるよりも先に藤堂が声を発した。藤堂も柳澤も、そして月城の銃口が一斉に鬼龍に向けられていた。月城から目が離せない上条は、彼の視線が一瞬でも伊集院に向けたのを見逃さなかった。
沈黙していた伊集院の表情がみるみるうちに翳る。
「に、西田さん、しっかりしてください!――聞こえますか?」
ただならぬ様子に、一同が唖然とした。聴診器を胸に当て、次に瞳孔反射を確認した伊集院が投げやりに首を横に振る。西田は眠っているようにも見えたが、昏睡していると言われれば、そのように見えた。
「息は、まだある。――おそらく動脈瘤の破裂でしょう。あなた方が手術の邪魔をしなければ、西田さんは、こんなことにはならなかったですよ!」
伊集院の切羽詰まった声に被せて、鬼龍が吠えかかった。
「西田は、手術を受ければ生きられるのか?」
「――運よく生きられても、意識の回復があるかは分かりませんよ。こればかりは、個人差がある……」
「――そうか、なら撤収しよう。ここにいる意味がなくなったからな。だが、月城 の返事はまだ伺っていませんよ」
鬼龍は端 から上条を殺 殺るつもりをしていたのだろう。銃を瞬時に上条に向けて引き金を引いた。目算していた月城が一早く鬼龍のコルトガバメントを向けて発砲し、弾 が銃を翳めた為に照準がずれてしまった。再び銃を構えようとする鬼龍に藤堂が飛びかかった。
双方の仲間から怒号が飛び交うなか、藤堂と鬼龍が縺れ合い床の上で殴り合った。鬼龍を加勢するように部下等は銃口を向けたが、柳澤の得意の一つでもある投げナイフが、鬼龍の部下の指や腕に突き刺し、銃が次々に床の上に落ちていく。
男達の争う喧騒の隙を突いて、月城は強引に上条の腕をとって階段へと引っ張って行った。
「このままでは……」
「逃げたほうが得策になることもある」
「――西田さんが……」
「|西田《奴》のことは、伊集院に任せておけばいい。あれで、伊達に医師をやっているわけじゃない」
5階建ての病院なのだから当然エレベーターも備えていたが、月城は階段を選んだ。箱の中では動きが封じられることが多いからだ。
「どこへ行くんですか?――この上だと屋上ですよ……」
「黙ってついてくればいい……」
上条が逃げると疑っているのか、月城は上条の腕を離さず階段を駆け上がって行く。4階の踊り場へ来て、ようやく動きを止めた。息が切れる上条に合わせてのことだった。
「俺のこと……知ってたんですね……」
「……ああ。新宿歌舞伎町の診療所であったのだが、おまえは診察中で、いや抗争中で気づかなかったようだ」
「なんで、俺を西田さんの執刀に選んだのですか……伊集院医師 |に依頼すればよかったじゃないですか」
「どうしてかな……」
上条の息が整うのを待って、月城は階段を上るように促した。
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