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第二章 駆け引き(8)

 屋上へたどり着いた上条は普段の運動不足からか、やはり息が切れてしまう。座り込みたい衝動に駆られたが、屋上に連れてこられた目的にも興味がそそられていた。上条の無言の問いに、月城は微笑を浮かべた。 「――車は爆弾が積まれている可能性があるからな。こっちが安全そうだ」  月城の視線の先に上条は驚いた。ヘリで逃げるのかと。伊集院の手配によって、ヘリは既にプロペラが回転していた。 追っ手が(せま)ってきており、屋上の出入り口付近が騒がしくなる。  扉が大きく開いた。追っ手の先頭に鬼龍と藤堂の顔があった。 「来い!」  月城の差し伸べた腕を取った瞬間、上条は胸に引き寄せられる形でヘリへ乗り込んだ。プロペラの回転速度が徐々に上がってきているが、鬼龍を先頭に追っ手の武装集団が一斉に迫ってくる。コックピットに座った月城はコレクティブ ・レバーを上げて、やがて上空へ数メートル舞い上がり、数秒遅れたら機銃掃射の的になるところを免れた。  ヘリの下では、追いついた月城の部下等との戦闘が繰り広げられた。狙撃の名手である鬼龍の赤外線ライフルがヘリへ照準を当てたときだ。いつも凡庸(ぼんよう)としている柳澤の目が光る。柳澤の胸ポケットにあったナイフが鬼龍の右手の甲を貫いた。反動で鬼龍の指がライフル銃のトリガーを引いてしまっていたが、(たま)は外れてヘリのスキッドをかすめた。機体は大きく揺れた。一瞬、月城の部下等の顔が曇る。だが杞憂に終わり、体制はすぐに整い明け方の上空彼方へとヘリは飛び立った。 「操縦の免許を持っているのですか?」 「持ってない。――なぜ操縦できるのかというのだろう? なぜ銃が撃てるのかと聞くようなものだ。いっただろう、この世は捕食するかされるかだと。後者になりたくなければ戦うだけの戦闘力を身につけるしかない。私は英才教育だけじゃない、戦闘兵としての教育も受けている」 「……」  月城と出会ってまだ24時間も経ってないというのに、戦闘兵としての過去を持ち、実際、戦闘に長けている姿を目の当たりにして、上条はいいようのない感情が溢れ出すのを止められなかった。上条自身に起きた不条理なんて小さなことのように思えた。 「そんな顔をするな。月城家に生まれた不運を背負って立っているだけの男じゃない、私は。おまえが追い詰められたとはいえ、矜持さえも捨てるような男じゃないように、私もまた己の矜持は捨てきれないようだ」 「私とあなたとでは、背負うものが違いすぎます……」 二人の熱を帯びた視線が交錯する。   月城は操縦席から身を乗り出して、上条の線の細い頤を掴んだ。月城の視線に耐えられず顔背けようとしたが月城の長い指に阻まれた。羞恥に居た堪れないのもあったのだろう。月城の頬を両手で挟み口付ける。瞼を閉じて月城の唇へ触れるような稚拙なキスを繰り返した。月城は目を瞠った。僅かに口元を綻ばせて囁く、腰にくるほどの官能を帯びた声で。 「誘っているのか」 「……っ」  月城は返事はいらないとばかりに濃厚な口づけで唇を塞いだ。        

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