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八千代は何でもできるらしい

 僕の泣き顔に興奮した八千代は、慰めつつもしっかりと最後まで致した。傷心の僕はそのまま、イキ疲れて夕方まで眠ってしまった。 「おい、結人。そろそろ起きれるか? 準備すんぞ」 「ふぁ······はぁい」  寝惚け眼で、着替えも髪のセットもされるがままの僕。もちろん身体は綺麗になっているし、少し冷ました甘めのココアもいれてくれていた。  今一番好きな、八千代が作ってくれるココア。至れり尽くせりで、気分はまるでお姫様だ。  準備が整うと、姿見の前に立ち完成形を見る。てっきり、女物の浴衣を着せられるのだと踏んでいたのだが、予想外に男物の甚平だった。  右側を編み込みで格好良くしてくれていた。ただ、甚平は白地にトンボの柄で子供っぽい。髪には小さな花の飾りが散りばめられている。  おかしい。結局、可愛いが消えていない。 「八千代、これどういう事? 僕も、細部までかっこいいのがいい····」 「お前はそれでいいんだよ」  そう言う八千代の甚平は、漆黒に浮かぶ昇龍の刺繍入り。直視できないほど、イケメンに拍車をかけているツーブロマッシュの赤茶髪は、伸びたからかお団子に纏めている。  本当に似合いすぎていて、もう一度言うが直視できない。  そして、飾りのついたかんざしを挿しているのだが、シンプルな藍色の珠に小さな蝶がとまっている。それはまさしく、僕の推しのイメージカラーとモチーフ。  知っているはずなのに、何故、僕につけてくれないのだろう。 「ははっ····見すぎな。お前、これ好きだろ。推し? ってヤツのなんだろ?」 「そうだよ。なんで八千代が着けてんの? もしかして、八千代も好きなの!?」 「んあ? んなわけねぇだろ。デザインは好きだけどな。これ着けてたら、お前がこっち見るだろ?」  八千代がしたり顔でニヤけている。なんだか、物凄く腹立たしい。けど、八千代の企みにまんまとハマってしまうのだ。  きっと、チラチラどころか凝視してしまう。何故なら、まだじっくりと見れていないからである。できる事なら、今すぐ引っこ抜いて手に取って見たい。 「ははっ。顔が正直過ぎんだよ。コレ、祭り終わったらお前にやるつもりなんだけど、欲しいか?」 「うぇっ、ほ、欲しいっ! えっ、ホントにいいの!? それすっごく高くて、お小遣いで買えなかったから諦めてたんだ。わぁ~、ホントに嬉しい」  僕が喜ぶと、比例して八千代も喜んでくれる。それを知っている僕は、ほんの少し僅かに若干だけ大袈裟に喜んでみせる。 「そろそろ行くか。アイツら、堤防で待ってんだろ?」 「うん。そう言えばさっき、早くおいでって連絡来てたんだった」 「····まぁ、のんびり行こうや」 「あんまり遅くなったら、また煩いよ? ······歩いていくの? てっきり、バイクで行くんだと思ってた」 「なんだよ。お前、乗りてぇの?」 (八千代の後ろなら乗りたい。なんて言うのは、なんだか悔しいな····) 「別に、そんな事は····」 「今日は歩くぞ。そんな距離ねぇし、アイツらも居るしな。何より、髪セットしたからメット被れねぇだろ」 (意外と八千代って、ちゃんと周りに合わせて行動できるんだよね。自己中なヤンキーだと思ってたから、ギャップが凄いよ····) 「そう····だよね」 「ふはっ。わっかりやすいな、お前は。バイクはまた今度な」 「うん。楽しみっ····あっ、違っ······」  ハッとした。心がホカホカして、我ながら良い笑顔を晒したと思う。 「お前····祭り終わったら、また俺ん家な」 「ダメだよ。帰らないと」 「······やだ」 「駄々っ子か。····でも、いつもごめんね。門限って訳じゃないんだけど、母さんに心配かけたくなくて····」 「気にすんなって。そんなんわかってんだし、それでもお前と居てぇのは俺の勝手だろ。お前が気にする事じゃねぇんだよ」 「····うん。ありがと」  顔が熱くなって、思わず俯いてしまった。八千代の言葉は、ひとつひとつが僕を想い遣ってくれている。そういうところが····きっと僕はもう、ちゃんと八千代の事が好きだ。えっちをしている時だけの、一時的な気持ちではないと、今ならはっきり言える。 「お前なぁ、顔が正直なんだよ。俺の事、好きって顔してるわ」  八千代は照れ隠しなのか、僕の手を引いて歩き始めた。そんな事とは露知らぬ僕は、また心を見透かされたと思い焦った。 「えっ! ホントに? 顔に出ちゃってた!?」  八千代が立ち止まり、首がねじ切れそうな勢いで振り返る。嗚呼、やってしまった。瞬時に、そう直感した。 「マジか。マジで俺の事好きか? ヤッてる時だけかと思って、真に受けねぇようにしてたんだけど····」 「違っ····わない。うん。八千代の事、好き····だよ」  八千代は何も言わず僕を引き寄せ、力一杯抱き締めた。冗談だったのかカマをかけられたのか、まんまとかかった僕が愛おしいのか。こんな僕の勝手な想いに、本気で舞い上がってくれる八千代を、愛おしいと思ってしまった。 「い、痛いよ。····あの、ここ外なんだけど」 「悪ぃ。1分だけ。いや、30秒でいいから、黙って抱かれてろ」  この時、僕を抱き締めた八千代の真意を、僕は知らなかった。まさか、赤面を隠す為だったなんて。  深呼吸をして、心を落ち着けているようだ。僕は、律儀に1分を数えて待ち、そっと押し離した。 「そろそろ行こうよ。りっくんと啓吾が待ってるよ」 「待てよ」  逃げるように離れようとした僕の腕を掴み、八千代は何かを言いかけて口ごもった。 「······好きなんは、俺だけじゃねぇんだろ。わかってるけど、それでも嬉しいんだよ。····から、シラフん時も、もうちょい素直になれよ」 「····素直に?」 「お前、俺には特に嫌味っつーか、変に距離置いてんだろ。ヤってる時だけなんだよ。お前が俺に素直になんの」  意識してそうしていたわけじゃない。けれど、言われてみれば確かに、僕の態度はそうだったのかもしれない。まだ、ゴリゴリの不良だった頃に抱いた警戒心を、解ききれていなかった気がする。 「素直····って、言いたい事は結構言ってると思うんだけど」 「言いたい事····なぁ。文句はハッキリ言うよな。そうじゃねぇんだよ。もっとこう、甘やかしてぇっつーか、イチャつきてぇっつーか····」 (もごもごしている八千代は、なんだか可愛いな。そうか。こういうのも、もっと言ってみたらいいのかな?) 「八千代、可愛いね」 「はぁ?」 「普段あんなに粗暴なのに、そうやってもごもごしてるの可愛いよ。ギャップ萌えだね」 「可愛いんはお前だろうが。あー····もういい、行くぞ」 「待ってよぉ! 置いてかないでよぉ」  八千代はスタスタと先を行く。しかし、付かず離れずな距離を保っている。根は優しいのに、素直じゃないのは八千代の方だ。 「はぁー····、やっぱ今まで通りでいいわ。お前、恥ずい事平気で言うのな。耐えらんねぇ」  刈り上げられた後頭部をザリザリ掻きながら、困った顔で八千代はそう言った。  僕は、小走りで駆け寄り、袖をきゅっと指で摘んだ。この時間をこそばゆく思ったのは、僕も八千代も同じだったようだ。  堤防に着くと、りっくんと啓吾が大層ご立腹だった。 「おっせぇよ!」 「何してたの? ねぇ、ゆいぴとナニしてたの!?」 「何って、着付けとかしてもらったよ。ほら、見てみて! 編み込み、凄くない!? これ全部、八千代がやってくれたんだよ」  僕は、くるっと一周回って見せた。 「ふぐぅっ····結人可愛い!」 「んあぁぁ~、ゆいぴ可愛いぃぃ!」  2人は同時に悶えだした。悶え方が、尋常じゃなく煩い。一斉に周囲の視線を集めてしまう。めちゃくちゃ恥ずかしい。 「ちょ、ちょっと、恥ずかしいからやめてよ····」 「お前が調子乗って、くるくる回ってるからだろ。アホ2人は放っといて、さっさと行こうぜ」  八千代は、僕の肩を抱いて歩き始めた。後ろから啓吾が叫ぶ。 「待たせといて先行くとか、勝手すぎんだろっ! 俺らも行くから待てよ~」 「ほら啓吾、置いてくよ」 「莉久まで!? 置いてくなよ~」  さぁ、いよいよ。楽しみにしていた夏祭りだ。 「今日、花火あるんだよね!? 楽しみだな~。花火なんて見るの、小学生の時以来だよ」 「だって結人、誘っても来なかったもんね」 「ゆいぴは啓吾と違って、フラフラ遊び回らないんだよ」 「これから毎年、一緒に来ればいいだろ。今までがどうとか、どうでもいいわ」 「····うん。毎年、皆で来たい」  僕は、目を輝かせて言ってしまった。八千代の口は、僕を喜ばせるのが上手い。 「俺は、お前と2人で来たいんだけど」  八千代は意図して、僕の耳朶をふにふにしながら僕にだけ聞こえるよう耳元で囁いた。りっくんと啓吾はそれを察してか、同じような事を言う為に、僕の耳を順に占領した。 「今度は2人で来ようね、ゆいぴ」 「祭りデート、俺と2人でもしような」  まだ、祭りをひと欠片も楽しんでいないのに、僕の精神はクタクタだった。だって、ドキドキさせられっぱなしなんだもの。  さぁ、気を取り直して、全力で楽しむぞ!

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