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カッコイイ僕は嫌かな

 今日は朝から八千代が荒れていた。準備室のソファにどんと座り、僕を膝の上に乗せ、ひたすら頭を撫でられている。  それと言うのも、昨日の日曜日、千鶴さんを連れて実家に行ったらしいのだ。結論から言うと、お父さんに許してもらえなかったらしい。  で、千鶴さんがお父さんと一悶着あって入院したんだとか。お父さんが怖すぎる。 「明日には退院するけどな。飛んできた壺が頭に直撃して意識飛んだから、まぁ一応な」 「「「えぇー······」」」  僕と啓吾、りっくんは絶句した。朔は何故か笑っている。 「千鶴くんも親父さんも、相変わらずだな」 「昔からこんな感じなんだ。あれ? 朔と八千代って昔から仲良かったの?」 「いや、殆ど喋ったことねぇけど、小中一緒でお互い学校では有名人だったからな。お互いのことは情報として知ってる感じだ」 「そうなんだ。なんか不思議だねぇ。僕たちが今こうして一緒に居るの」 「そうだな。(えにし)ってやつ感じるな」 「朔は風流な言葉使うねぇ。なんか、言動が上品なんだよ」  啓吾がほっこりとして言った。確かに、そう思う事はある。けれど、僕たちの前ではぶっ飛んだ言動も多いので、あまりに上品さが目立たない。  僕の中では皆そうなんだ。容姿も言動もイケメンだし、最高の彼氏たち。なのに、僕に関してはただの変態。とても残念イケメンたちなのだ。それを知っているのは、僕だけなんだけど。 「てかさ、そしたらどうなんの? 兄ちゃんがダメだったんなら、やっぱ場野が継ぐ感じなん?」 「んや、昨日はお袋が居なかったから、ダメ元って感じで顔見せに行っただけ。お袋が居たら、ほぼ100%大丈夫だと思う」 「八千代のお母さん、怖いの?」 「怖いっつーか、親父がお袋のイエスマンなんだよ。アホみてぇに惚れてっから」 「「あ~」」  啓吾とりっくんが声を揃えた。何に納得したのだろう。 「なんだよ」 「いや、だって。場野の結人への態度見てたらわかるでしょ」 「場野、お父さん似なんだろうね」 「は? 俺がイエスマンだってことか?」 「マジか。自覚ないの? 場野も重症だねぇ。結人にノーって言ったことないだろ?」 「······あるだろ」 「はーい、これ絶対ないわ~。な、結人」 「うーん····記憶にないなぁ」  八千代が不満そうな顔をしている。けれど、本当に記憶にないのだから仕方ない。八千代だけじゃなく、皆に甘やかされている自覚はある。それに甘えっぱなしにならないように、僕だって頼りになる男だってところを見せたい。と、思っていたのに。 「ねぇねぇ、そんな事よりさ、ゆいぴとのデート。そろそろしない? ごたついて出来なかったじゃん?」 「そうだな。俺ん家の方は一旦落ち着いたしなぁ。良いんじゃね?」 「じゃ、今週末と、来週末でしよっか。結人は予定大丈夫?」 「うん。僕、みんな以外との予定って基本的に無いから、いつでも大丈夫だよ?」 「俺らもそうなんだけどねっ」  啓吾が顔を覆って照れている。何故だろう。 「朔は? 最近忙しそうだったけど。ゆいぴ、めっちゃ心配してたよ」 「俺も少し落ち着いたから、しばらくは大丈夫だ。心配かけて悪かったな。ちょっと寝不足だっただけだ」 「そうなんだ。本当に、無理はしないでね? 倒れちゃったら僕、泣くからね?」 「ははっ。結人を泣かせるわけにはいかねぇな」 「じゃ~、まずは場野か。順番、結人に言ってなかったよな? 場野、莉久、朔、俺の順番な」 「わかった。僕は····ん? 僕は何したらいいの?」 「結人はエスコートされててね。何もしなくていいよ」 「えっ!? 僕も何かしたいよぉ」  かっこいい所を見てもらいたいと思った矢先にこれだもん。僕だって、さらっとかっこいい事して、惚れ直したとか言われてみたい。 「俺らが結人に喜んでもらいたくて企画したんだよ? 結人が何かしてくれたら企画倒れじゃん」 「そういう企画だったの? 知らなかったんだけど····。うぅー、僕だって皆にかっこいいトコ見せたいのに····」 「お前はどう頑張っても可愛い担当だろ」  八千代に、頭を撫でていた手で髪をくしゃっとされた。 「僕が可愛くなかったら、皆、僕の事好きならなかった? かっこいい僕は嫌?」 「難しいこと言うねぇ。まぁ、結局結人だから好きになっただろうけどね。可愛いのはさ、見た目も中身もそうなんだけど、そこはオマケみたいなもんなんだよね。考え方とか優しさとかって、可愛いもかっこいいも関係ないじゃん? 全部ひっくるめての結人が好きなんだから、可愛くなくても、もう好きすぎてどうしようだよ」 「な、何それ····待って、啓吾のバカっ。恥ずかしいよぉ」  最後まで顔を見て聞けなかった。僕のほっぺをふにふにしていた八千代の手で、僕は顔を覆って隠した。 「なんで俺の手で隠れんだよ」 「だって、手おっきいから····」 「結人の手は可愛いサイズだからな」 「そう言う朔も、手おっきいよね。ん? 啓吾とりっくんも大きいよね?」 「結人が小さいだけだ。多分そういうのって、身長と比例するんだろ」  僕は、口をハクハクさせるだけで言葉が出なかった。朔に悪気が無いのはわかっているが、コンプレックスを言葉にされると辛いものがある。啓吾の軽口とは違う、言葉の重みだ。 「わりぃ。気にしてるんだよな? けど、俺は小さい結人が好きだぞ? 大きくても関係ねぇけど」 「そう。なんか、ありがとね。僕、走ったり筋トレもしたけど、筋肉つかないし背もほとんど伸びないし。皆まだ伸びてるでしょ? センチ単位で。僕、ミリ単位なんだよね。もう、大きくなれないのかなぁ」 「これからの成長はわかんねぇけど、今のところ高身長でマッチョの結人は想像できねぇな」 「確かに、そんな結人は想像できねぇな。何にしても、お前はお前だ。見てくれが今のままでも変わっても、俺はお前が好きだ。そんだけじゃ不満か?」 「皆、ホントに言動がイケメン過ぎるよぉ····」 「ゆいぴに喜んでもらえてるんなら良かったよ。ゆいぴ、イケメン大好きでしょ?」 「おー、コイツの推しもイケメンだもんな。最初はアレにちょっと妬いたわ」 「え、ゲーセンでめっちゃ取ってくれてたのに?」 「あれは····お前の喜びそうな事してやりたかっただけで、正直かなり不本意だった」 「結人は面食いなんだな。俺、結人に顔が良いって言われた時、初めてこの顔で生まれて良かったって思ったんだ。今まで容姿なんて気にしたことなかったからな」  朔が、何かを噛み締めながら言う。 「女顔だってよく言われてたからかな。推しに関してはイケメンに憧れがあるんだと思う。皆の事は顔で選んだわけじゃないし、たまたまイケメンだっただけだよ」  自分で言って、なかなかに贅沢な事だと思った。こんなの、世の女子に知られたら刺されそうだな。 「お、そろそろ昼休み終わるな。戻るか」 「そうだ待って。ゆいぴ、あれから香上はどうなの?」 「あぁ、香上くんね。めちゃくちゃ大人しいよ。指一本触れてこない。それどころか喋らないの。気まずいから、今すぐにでも席替えしたいよ」 「そうなんだ。良かった。また何かあったら、すぐに教えてね? 俺だけクラス違うから、心配なんだよ」 「大丈夫だよ。過激なセキュリティが3人もクラスに居るから」 「ははっ。任せなさいって、莉久。俺らの前で二度と結人に触れさせねぇから」 「もー、ホントゆいぴの事頼むよ? 今度何かあったらお前らも許さねぇから」 「ここにも過激なの居んじゃん。結人のセキュリティは万全だな」  笑い事じゃないんだけど。体育祭の後、酷い怪我をしていた香上くんが僕を避けるようになった。聞けば、りっくんと啓吾もボコったらしい。問題にならなかったのが不思議なくらいだ。 「結人のセキュリティは俺一人でも余裕だわ。つーか、マジで戻んぞ」  八千代が立ち上がった。僕を抱いたまま。 「八千代、降ろして? なんで僕、抱っこされてんの?」 「お、わりぃ。つい····」 「場野、めっちゃイラついてたもんね。結人で癒された?」 「おー、だいぶな」  僕はストレス発散グッズだったのだろうか。まぁ、八千代がスッキリしたのなら、なんでもいいや。  さて、今は週末のデートが楽しみだ。

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