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case.八千代

 いよいよ、2人きりデートを実行する日が来た。  なんだかんだ、2人きりでのデートは初めてだ。八千代と初めて行ったのは、僕はデートとは思ってなかったから除外するとして。改めてデートとなると、かなり緊張してしまう。  何を着て行けばいいんだろうかと悩み始めると、どうにも決めかねてしまった。おかげで昨日は夜中まで、1人でファッションショーを繰り広げた。  悩みに悩んだ末、八千代が前に可愛いと言ってくれた、白いモコモコのニットセーターとカーキのスキニーにした。  待ち合わせまで後1時間。凄く緊張してきた。時間を持て余したので、余裕をもって家を出たら20分も早く着いてしまった。 「あれ? 八千代、もう来てたの?」 「お前もな。やっぱ早く来たな」  前に、僕が早く来すぎてナンパされたから、今日は早めに来てくれていたらしい。もう、早くもキュンとさせられてしまったじゃないか。 「今日は何処に行くの?」 「お前、映画見たいのあるって言ってただろ。まずは、それ見に行くか」 「え、僕が見たいのアニメ映画だよ?」 「お前、1人だと行きにくいって言ってただろ。どうせ、まだ観てねぇんだろ?」 「うん。けど、男2人で行くのも····」 「あ? なんでだよ」 「内容が内容だからね····」 「なに?」 「び、BL」 「びーえる····? おぉっ。マジか」 「知らないで観に行くつもりだったの? 僕が観たいからって····あっはは。八千代らしいねぇ」 「んだよ。別に俺は気にしねぇけど。つーかお前、そういうの観んだな。そっち系じゃねぇつってなかったか?」 「BL観るからってそっち系とは限らないの! これはただの趣味嗜好であって、現実とは別の話なの。BLはファンタジーだから」 「····そういうもんなんか。よくわかんねぇけど、その割にそっち系の知識ねぇよな」 「ぼ、僕たちのは18禁でしょ!? 僕が観てるのは全年齢なの!」  思わず小声で叫んでしまった。 「ま、なんでもいいわ。映画どうすんだ? 行きにくいなら違うトコ行くか?」 「映画、観たいです」 「最初から素直になれよな。あとお前、今日は俺から絶対離れんな。便所も一緒な」 「え、なんで? 子供じゃないんだから····」 「バーカ。んな可愛らしいカッコで1人んなったら、絶対また声掛けられんだろうが」 「か、可愛くないもん!」 「はぁ? それ、こないだ俺が可愛いつってた服だろ。それ選んで着てくるとかマジで狙ってんだろ」 「狙····何を?」 「あー、もういい。今日はナシだからな。とりあえず行くぞ。手、繋ぐか?」 「う、ん? ダメだよ。外ではダメっ」  危なかった。普通に手を伸ばしてしまった。人前でそういう事はしないって言ったのは僕なのに、まんまと繋いでしまうところだった。 「お前、今普通に繋ごうとしただろ。俺は構わねぇけど?」 「僕が人前ではダメって言い出したんだからダメ。しないもん」 「じゃ、見えねぇトコならありって事だな」   「そういう····事になるの?」  あれ。感覚が麻痺してしまっているのか、人前でやっていいラインがわからなくなってきている。手を繋ぐのはダメ。肩を抱くのもダメ。くっついて歩くのは、ダメ? いつも、ほぼゼロ距離だから、離れて歩くと変な感じがする。 「ごちゃごちゃ考えてねぇで、お前が満足するようにしたらいいんだよ」  そう言って、いつも通りの近距離で歩き始めた。かろうじて、くっついてはいない。これを傍から見たら、僕たちの関係はどう映るのだろうか。  周囲の女性たちの視線に耐え、無事に映画を観ることができた。原作から読んでいて、アニメ化が決定した時は、転げ回って喜んだ。それはもう期待以上で、八千代が居るのを忘れて悶えた。 「ごめんね。僕1人で楽しんじゃって····」 「いや、お前見てたら面白かったわ。ずっと百面相してたもんな」 「え、してないよ」 「してたぞ。お前、普段から感情が全部顔に出んだよ」 「そうなの!? えぇ····気をつけなくちゃ····」   「ハハ。別にいいんじゃねぇ? 面白いしな。よし、飯行くぞ。何か食いたいもんあるか?」 「ん〜っとねぇ····」 「中華は嫌いか? 他にねぇならどうだ?」 「好き。すっごい好き!」 「じゃ、行くか」  僕たちは、少し遅めの昼食をとることにした。連れられたのは、街の中華屋さん。ではなく、高級中華料理店。高校生が入るような店じゃない。 「ちょ、ここ? え、ここ?」 「ん。はよ来い」 「えー····」  このデートでは、全て僕は奢られるというルールなので、ありがたいが申し訳ない。僕が4回分のデート代を出すのは辛いだろうからと、みんなで決めたらしいのだ。しかし、これはいくらなんでも····。 「ここ、俺が小さい時から家族でよく来てたんだよ。マジで美味いから、1回連れて来たかったんだ」 「そうなんだ。なんか、そういう所に連れてきてもらえるの嬉しいな」  遠慮なく食べろと言って、どんどん注文してくれた。おかげでお腹いっぱいだ。 「ホント、いつも美味そうに食うな」 「僕、大きくなりたくていっぱい食べるようにしてたんだけど、気づいたら食べる事自体が好きになってたんだよね。全然大きくならないけど」 「お前、体格の事すげぇ気にしてるよな。なんで?」 「····笑わない?」 「笑わねぇよ」 「父さんがね、小さい頃からあんまり家に居なくて、母さんと2人なのが多かったんだ。でね、僕が大きな犬に襲われた事があってね、母さんが助けてくれたの。けど、母さんが腕を噛まれて、結構大きい怪我しちゃって。その時、僕が守らなきゃって思ったのに、何もできなくて····。で、早く母さんより大きくなりたかったんだ」 「で、お母さんよりは大きくなったんか?」 「今? 母さんとそんなに変わらないんだよね。それが凄い悔しいやら情けないやらで。お父さんもあんまり大きくないから、遺伝なのかなぁって」 「そうか。ふーん····。なら、俺が守ってやるよ。お前も、お前の母さんも」 「なっ、に言ってんのさ。もう、ホントそういう事さらっと言うの何なの····」 「ふはっ、顔真っ赤だな」 「赤くないもん!」  嘘だ。耳まで熱くなっているのが自分でもわかる。けれど、八千代だって少し頬が赤らんでいるのを、僕は見逃さなかった。 「もう! で、次は何処行くの?」 「アクアリウム」 「あっ、新しく出来たとこ?」 「そ。お前、そういうトコ好きだろ?」 「好きぃ!」 「じゃ、行くか」  お店を出て電車で数駅行くと、新しく出来たアクアリウムがある。幻想的な雰囲気で、カップルに人気なんだそうだ。  電車では、桜華さんの武勇伝を聞いた。幾つもの武術を嗜み、今でも趣味で続けているから八千代より強いんだとか。  そして、大学生の間にモデルをしながら起業したんだそうだ。『敷かれたレールに乗るのは、親が倒れてからでいい』と、大学を卒業すると家を出たらしい。カッコよすぎないか?  そんな話を聞いていたら、あっという間に目的地に着いた。八千代が家族の事を話してくれるのが嬉しくて、聞いている間ずっと頬が緩んでいた。 「わぁ····見て、金魚が蓮の中で泳いでる! わぁ、あっちは水槽が浮いてるよ。凄いねぇ。きれー····」 「ん。綺麗だな」 「もう····。僕ばっかり見てないでちゃんと魚見てよ!」 「だってよぉ、いちいち全部に目ぇキラッキラさせてるお前見てる方が、水槽見てるよか綺麗なんだよ」 「も、もぉ! ホント八千代バカなの!? なんでそんな恥ずかしいこと平気で言うの!? 顔見れなくなるでしょ」  恥ずかしくて目を伏せていると、八千代が手を繋いできた。    「ちょ、ダメだよ。人がいるのに····」 「人少ねぇだろ。それに、こんだけ薄暗けりゃ大丈夫だろ。だいたいなぁ、魚見に来てんだから誰も俺らなんか見てねぇよ」  そう言うと、僕の手を引いて次の水槽へと進む。そこには人が居て、思わず手を離してしまった。  すると、八千代は僕の腰を抱き寄せた。騒ぐとかえって目立つので、下手に抵抗もできない。これは狡い手法だ。  結局、最後まで腰に手を回したままだった。途中からはもう、開き直って気にしなくなった。なんなら、見られたっていいや、バレたっていいやとさえ思った。  誰かに何かを言われたって、僕が八千代から離れる理由にはならないだろうから。  アクアリウムを出ると、外はすっかり暗くなっていた。恥ずかしげもなく、僕のお腹の虫が鳴く。 「お前、中華あんだけ食ったのに······すげぇな。よし、予定よりちょい早いけど、晩飯行くか」 「なんか、ごめんね······」 「なんで謝んだよ。お前がいっぱい食ってるとこ見んの、好きだつっただろ」  人通りが多くなると、八千代は腰に回していた手を離した。なんだか、酷く寂しい。 「どした? なんか大人しくなったな」 「や、えっと····何でもない」 「なんだよ。言えよ」 「ゔー······えっとね、手、離されたら急に寂しくなっちゃって····」 「····はぁ〜。お前なぁ。俺は構わねぇけど、お前が気にしてるみてぇだから、人多いトコではそういう事しねぇようにしてんのに」 「そう、だよね。ごめんね。我儘言って」 「ったく、ほれ」  八千代が腕を差し出した。 「ん? なに?」 「腕、組んでろよ。くっついて顔隠してりゃ、男同士だってわかんねぇよ」 「ん!? 顔隠してても男だってわかるでしょ!? もう寂しくないよ!」 「····嫌なんか?」 「そ、そうじゃなくてぇ······そんなにくっついたら、恥ずかしいでしょぉ」  八千代がグッと肩を抱き寄せた。早まる鼓動は上限を知らず、今にも爆発しそうだ。    「お前、心臓と赤面ヤバくねぇか? ····普段、もっとすげぇ事してんのにな」 「なんでわざわざ耳元でそういう事言うの!? 八千代のバーカ! もうくっつかないもん!」 「バカはお前だろうが。離すわけねぇだろ」  結局、力負けして、駅までそのまま歩いた。存外、普通のカップルに見えるらしく、不本意だが好奇の目で見られることはなかった。  夕飯は、これまた八千代のお勧めで、完全個室の焼肉屋さんだった。ここも到底、高校生が来るような店ではない。 「ここも、家族でよく来てたの?」 「いや、ここはお袋が経営してる店」 「······え。へぇ〜」 「今日はお袋居ねぇみてぇだけど。まぁだから、好きなだけ食えよ。ほら、次の焼けたぞ」 「うっ·····ありがと。····そんな事言ったら、ホントに凄く美味しいから遠慮できないよ?」  僕は、八千代が焼いてくれたお肉を頬張りながら言った。 「あっははは。おー、食え食え。今日はヤらねぇから、安心して腹いっぱい食えよ」 「え、今日はえっちしないの?」 「あ? ヤんのはいつでもできんだろ。今日はこんで終わりな」 「あれ? 待って、今のなんか、僕の方がやる気満々だったみたいじゃない?」 「お前は俺とシたくねぇの?」 「······シたくないわけじゃないけど」 「じゃ、また2人きりになれたら、そん時は1日抱いてやるよ」 「いっ、1日······ホントに死んじゃうよぉ」    八千代の発言にいちいちドキドキして胸がいっぱいになる。1日ずっと····なんてどうなっちゃうんだろう。  けれど、胸とお腹は別物だ。お言葉に甘え、お腹いっぱい頂いた。食べ終わると、電車で2駅の八千代の家に寄り、コンビニで買った季節限定のデザートを食べた。 「お前、あんだけ食ってよくデザート入んな」 「デザートは別腹だよ?」 「おぅ····すげぇな····」    そうして、少しイチャイチャしたものの、宣言通りえっちはせずに、バイクで家まで送ってもらった。久々に乗った八千代の後ろ。何度も乗っているのに、今日はとてもドキドキした。2人でデートってだけなのに不思議だ。 「明日は莉久とだろ? アイツの理性飛ばさねぇように気ぃつけろよ。じゃぁな」 「はは。気をつけるね。それじゃ八千代····お、おやすみ」 「ん、おやすみ」  周囲を確認して、そっと優しいキスをくれた。1日の終わりに、凄く幸せな気持ちに包まれる。  けど、なんだろう。おやすみと言うのが、恥ずかしいだなんて思わなかった。一緒に暮らせるようになったら、おやすみもおはようも言えるんだ。そう思うと、途端に気持ちが急いてしまった。

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