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case.りっくん
今日の注意点は2つ。昨日、八千代に言われた、りっくんの理性を飛ばさない事。もうひとつは、僕が妬かない事。これに気をつけないと、少し面倒な事になる。
待ち合わせは午前10時。駅前でりっくんを待つ──筈だった。15分前に着くと既にりっくんが居て、綺麗なお姉さん達に声を掛けられていた。
「りっくん、また······」
僕はゲンナリして、少し離れた所で立ち尽くした。それに瞬時に気づく流石のりっくん。僕を探知するレーダーでも内蔵されているのだろうか。
「あっ! ゆいp····結人。おはよう。早かったね」
後ろ髪を引くお姉さん達を放置して、りっくんは僕に駆け寄ってくる。
外で大声で“ゆいぴ”と呼ぶのを禁止したのだが、ギリギリ守ってくれているようだ。と言うのも先日、コンビニで『ゆいぴ〜』と大声で呼ばれ、周囲の視線を一身に受け、とても恥ずかしかったからである。
けれど、これはこれで照れてしまう。“結人”と呼ばれ慣れないものだから、どうにも違和感しかない。
「おはよ。····お姉さん達はいいの?」
「も〜妬かないでよぉ。俺は、ゆいぴとデートしに来たんだから。あんなのに靡くわけないでしょ」
あんなのとは失礼な。僕は、あんな綺麗なお姉さんに声なんか掛けられた事ないのに。
だが確かに、少し前までなら笑顔で対応してたのに、今日は困った顔でいなしていた。
「····別に疑ってるわけじゃないもん。けど、ホントによく声掛けられるよね。海の時も行方不明になってたし」
「俺、このタッパなのに童顔だからかなぁ。お姉さん達に気に入られちゃうみたいで····」
「髭生やしてみる? カチカチのオールバックにしてみるとか」
「そんな俺、見たい?」
「僕は、どんなりっくんでも好きだよ? 慣れるまで笑うと思うけど」
「酷くない!?」
「あはは。冗談だよ。それで、今日は何処に連れて行ってもらえるんですか?」
「ん゙ん゙っ····先ずは、動物園行こっか」
咳払いで空気を一新すると、満面の笑みでそう言われた。
「動物園····? なんか、意外だね。りっくんの事だから、無駄にオシャレなデートコースだと思ってた。拍子抜けだよぉ」
「無駄にって····酷いなぁ。俺、動きやすい格好で来てねって言ったでしょ? まぁ、そんな可愛いオーバーオールで来るとは思わなかったけど」
「やっぱり、子供っぽかったかな····?」
「ううん。すっごい可愛い。今すぐ家に連れて帰りたい」
「さ〜、動物園行こっか」
電車に乗って、目的地を目指す。
「結構混んでるね」
「だねぇ。大丈夫? しんどくない?」
「大丈夫だよ。りっくんが庇ってくれてるんだから」
満員に近い乗車率だと、小さい僕はいつも潰されてしまう。だけど、今日はりっくんが壁になってくれているおかげで、潰されずに済んでいる。が、胸の高鳴りが尋常ではない。
りっくんも押され、首元が僕の顔に押し付けられている。甘い匂いが、快楽中枢を刺激する。
「りっくん、香水好きだよね」
「あ、苦手だった?」
「ううん。····好きだよ」
「あれ? ゆいぴ、なんかトロンてしてない? なんで?」
「えっと····ここでは言えない」
「えー、教えてよ」
すると、りっくんが僕に耳を擦り寄せてきた。仕方がないから、小声でポソポソと話した。
「あのね、だ、抱かれてる時にね、いつも良い匂いだなって思ってたの。んで、今ね、近いから思い出しちゃって····ちょっ!」
僕に密着していた下腹部が、お腹を突き上げるようにググッと押してきた。
「ごめん····勃っちゃった」
「なんでぇ····?」
「ゆいぴが耳元で可愛い事言うからぁ。動物園やめて、ホテル行こっか」
耳元で吐息混じりに、なんて事を言うんだ。万が一にも、周りに聞こえたらどうするつもりなのだろう。
「い、行くの····?」
「嘘だよ。今日はエッチはしないつもりだから」
「えっ、りっくんも!?」
「“も”って····昨日、場野とシなかったの?」
「うん。それは、いつでもできるからって」
「うわ。考える事一緒かよ····。えーっと、他の奴らはどう思ってんのか知らないけどね。俺は、いつもゆいぴの事好き放題にしてるからさ、今日は純粋に楽しんでもらうつもりだったんだよね」
「えへへ。僕、愛されてるね。····ごめんね。てっきり、みんなホテルに直行するんだと思ってたんだ。だから、朝ご飯控えたりしてたの····」
「んん〜っ、可愛いなぁ····。ホント、愛してるよ」
りっくんが耳元で囁いた。なんて意地悪なんだろう。
「なっ!?」
「ふはっ。じゃ〜、着いたら先ず、何か食べよっか」
「もう! 食べるっ」
完全に弄ばれている気がする。りっくんは、僕に弱いように見えるけど、なんだかんだ自分のペースに持っていくのが上手い。振り回されるのは、いつも僕の方だ。
駅に着くと、動物園の目の前にあるオシャレなカフェに入った。サンドウィッチが美味しいらしい。りっくんに勧められるまま食べたが、本当に美味しかった。
シャキッとしたレタスと、プリッとしたトマト、ふんわりとした薄焼き卵に濃いめの特製ソースが絡んで、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。これは絶品だ。
「今まで食べたサンドウィッチの中で、1番美味しかったよ。また食べたいな」
「何回でも連れて来てあげるよ。お腹いっぱいになった? そろそろ、動物園行こっか」
「うん! 僕、実はね、動物園すっごく好きなんだ」
「知ってるよ。だから来たんだよ」
「····なんで知ってるの?」
「何年幼馴染やってると思ってんの? 幼稚園の遠足で行ってから、毎年来てたでしょ?」
「なんで毎年来てるって知ってるの!?」
「おばさんがペットはダメって言うもんね〜。ゆいぴ、動物好きなのにね」
「怖いんだけど。何情報なの?」
「今年の春も来たでしょ? 赤ちゃんラッシュの時期に」
「ホントに待って。僕、1人で来たはずなんだけど」
「知ってるよ。おばさんに聞いたもん」
「な、なーんだ。あはは····てっきり、ストーカーされてたのかと思ったよ」
「まぁ、おばさんに聞かなくてもわかるけどね」
「あー······うん。りっくんは八千代と同じ匂いがするね。ストーカー気質って言うか、すっごく怖い」
「えへっ」
エグいほどの良い笑顔が眩しい。それが余計に怖い。情報源が母さんだけではないという事実が、僕を恐怖の渦へと突き落とす。
「そんなことよりさ、ゆいぴ、小さい動物好きだよね? ふれあいコーナーから行こうよ。リスとか小鳥とか居るよ」
「わぁ! 小動物好きっ! 早く行こう!」
動物は全般的に好きだけど、小動物は特に大好きだ。リスなんて、つぶらな瞳にふわふわの尻尾が堪らない。早く触れ合いたい。
りっくんは有無を言わさず、堂々と手を繋ぎ歩く。ダメって言おうとしたのに、黙ってと書いた笑顔で阻まれた。どうせ知り合いなんて居ないだろうし、ここまで来たら開き直るしかなさそうだ。
ふれあいコーナーに入ると、沢山のリスが出迎えてくれた。
「んわぁ! 可愛い····。見てみて、手に乗ってくれたよ!」
「ん゙っ····ホント可愛い。可愛すぎるね。どうしよ、鼻血でそう······」
「そんなに!? 大丈夫?」
「しゃ、写真撮らせて? そのままね。あっ、可愛い······」
「撮れた? リス、ずっと動いてたけど、ブレてない?」
「撮れた。バッチリ撮れた。今度、一眼レフ買ってからまた来ようね」
「りっくん、そんなにリス好きだったの?」
「······スキ」
「そうなんだ。りっくんも手に乗せてみる?」
「アッ、大丈夫。触るのはちょっと····」
「······? りっくん、さっき撮った写真見せて」
「え、なんで?」
「いいから、見せて」
奪い取ったスマホには、満面の笑みの僕と、ブレているうえに少し見切れたリスが写っていた。
「撮ってんの僕じゃん! 好きなの僕じゃん! これに鼻血出しそうって言ってたの!?」
「だって、可愛いのが可愛いの手に乗せちゃってぇ····相乗効果! 破壊力が凄かったんだもん」
「りっくん、マジで頭ヤバい人だよ? 落ち着いて。ふれあいコーナー、まだ初っ端だよ。あと何種類居ると思ってんの? 次でホントに鼻血噴かないでね?」
「頑張ります」
「後、写真はもうダメ」
「なんでぇ!?」
りっくんは絶望に叩き落とされたような顔をする。イケメンが台無しだ。それでも顔が良い事に、少しだけ腹が立つ。
「動物園に来たのに、なんでメインが見切れてんのさ。僕じゃなくて動物撮りなよ」
「俺は可愛いゆいぴを永久保存したいの!」
「大きな声でなんてこと言ってんの!? ちょ、ホントに静かにして」
「ごめ、でも本当に、写真は禁止にしないで? ちゃんと、動物も見切れないように撮るから」
「全然、話伝わってないね」
「伝わってるけど、俺の趣旨とズレてるだけだよ」
言ってやったぞ、と言わんばかりの微笑みをキメた。
「ドコにそんなキメ顔できる要素があったの? もう、好きにして····りっくんが楽しかったら何でもいいや」
「んー、ホントゆいぴ大好き。今日はいっぱい写真撮るからね。俺のフォルダ、ゆいぴで埋めるのが夢だから」
「と、撮らせないからね! そんな夢諦めてよ」
「大丈夫。俺、盗撮得意だから。もうフォルダの80%埋まってるけど、全部ゆいぴだしね」
「嘘でしょ!? 全部消してね!?」
「やだよ。俺の宝物だもん」
「もっと良い物にしなよ····」
「え。史上最高に良いモノだよ」
ダメだ。りっくんに、僕に関してまともな所なんて無かったんだ。特に、今日のりっくんは振り切っている。こうなったら、僕が諦めるしかない。
「ねぇ、りっくん。僕すっごいゆっくりしてるけど、このペースで回ってて大丈夫?」
「ん? 大丈夫だよ。今日は、ゆいぴに楽しんでほしいんだから。別に予定通りじゃなくても、たいした問題じゃないよ」
りっくんはそう言ってくれたが、僕はほんの少しペースを早めた。
それにしても、昔から知った仲だからか、他の皆とよりも、よく喋っている気がする。
気の利くりっくんは、そんな僕に飲み物を買ってくれた。こういう事をスマートにこなしてしまうのが、流石イケメンだと思う。
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