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カップルが行けばドコでもデートなんだね
「なぁ、朔さぁん····。これってさ、ただのデートじゃねぇ?」
「せっかく京都まで来てんだ。そんくらい良いだろ。て言うかこれな、予定組んでる時に莉久がアドバイスしてくれたんだ」
「アイツ、マジではなっから俺らと回る気だったんだな。巧妙に仕組まれたデートじゃん」
なんて、京都に向かうバスの中で行程表を見た啓吾が言ったものだから、変に意識してしまう。
まず祇園にやってきた僕たちは、りっくんおすすめのスイーツを食べて回る。無論、バスが着くなり、りっくんはさり気なく合流したのだ。
朝食でお腹いっぱいになったのに、甘味は別腹なようで····。単純な僕は、あれこれ夢中で食べるうちに、デートだとかそんな事は頭から抜けていた。
味の展開が豊富な大きいシュークリームや見た目も楽しめる可愛い和菓子、初めて存在を知った生麩なんて物も。どれも美味しくて、ペロッとたいらげてしまった。
啓吾はデートと言ったが、僕の為に食べ歩くだけのどこがデートなのだろう。なんて、みたらし団子を頬張りながら思い出して、なんだか可笑しくなった。
僕たちは休憩がてら、最後に買った抹茶ソフトを河原で食べていた。
「お前、このクソ寒いのによくソフト食えんな」
「うぁ····。川沿いめっちゃ寒いんだけど。ゆいぴ、風邪ひかないでね?」
「そんなに寒いか? お前らも食えばよかったのに。美味いよ?」
「一口食べる? ホントに美味しいよ」
僕はりっくんに、スプーンに盛ったソフトをあーんしてあげた。寒いのが苦手なりっくんだが、僕からのあーんを拒めずに渋々口を開けた。
「あ、ホントに美味しい。けど、一口でいいや。て言うか一口が大きいよ····。また夏に食べに来ようね」
「あはは。そうだねぇ」
「あっ、ちょっ、バカ場野! 一口デカ過ぎだろ!? あぁぁ〜! 半分も食いやがったー!!」
八千代は啓吾のソフトにかぶりついたらしく、ごっそり減っていた。
「ん。マジでうめぇな。あー寒っ····後で温かいもん買ってやるから喚くな」
「えー、しゃーねぇな〜」
「あははっ。啓吾、単純〜」
「単純でいいもーん」
啓吾と八千代のやり取りが子供っぽくて可愛い。見ているとこっちまで楽しくなる。
「おい。嵐山行くんだったら、そろそろ向かわねぇと」
はしゃぐ僕たちを見かねた朔に促され、電車で数十分かけ嵐山へ向かう。
迷子にならず嵐山に着いた僕たちは、まずお茶をした。オシャレなカフェのテラスで、優雅にホットコーヒーを飲む彼氏たち。絵になるなぁなんて思ったけど、よく見たら八千代とりっくんは震えていた。一見スマートに見えるが、その実凍えて縮こまっているだけなのだ。
「んはは。八千代もりっくんも、寒いなら中の席にすれば良かったのに」
「だって、ゆいぴがテラス席オシャレ〜とか言うから····」
「え、僕の為に? もう、バカだなぁ。2人が風邪ひく方がヤだよ」
「つぅか、そんなに寒いか? お前ら、もっと厚着してきたら良かったんじゃないか? 結人見てみろ。ダルマみたいだぞ」
朔がもっともな意見を投げつける。が、ダルマとは甚だ失礼だ。
「こ、これは皆が着ろって言うから····。重いんだよ?」
厚くて重量感のあるダッフルコートにもっこもこのマフラー、ニット帽に手袋まで。風避けが四方に立つのにこの重装備なのだ。
「寒かったらどうすんだ。暑かったら脱ぎゃいいだろ」
「じゃ、帽子はりっくんね、八千代はマフラー。僕、暑いから引き取ってね」
「帽子やだ。セット崩れちゃうよ」
「そっか。それじゃ、手袋····小さくない?」
「ギリ大丈夫。ありがと」
寒がりな2人が可愛く見えてしまう僕の目は、もしかするとおかしいのだろうか。いや、装備を分けただけで嬉しそうにしているのだ。愛おしさが溢れたって至極当然だと思う。
カフェを出た後は、お漬物屋さんで試食をしながらお土産を選んだ。おばあちゃん達にお漬物を色々買い漁っていたら、塩分に気をつけろと八千代に注意されてしまった。本当にしっかりしてるなぁ、なんて感心してしまう。
沢山のお土産を皆が分担して持ってくれているおかげで、僕だけが手ぶらで散歩をしていた。特に何を話すわけでもなく、冬を纏った異郷の地を散策する。川の流れる音が耳に心地良く、穏やかな時間が流れてゆく。
「京都の橋って、なんかおっきいよね。雰囲気とか好きだなぁ」
橋の手摺に寄り掛かって下を覗き、川を眺めながら言った。すると、後ろからしっかりと腰を抱いてくれた八千代に、心配そうに言われた。
「お前、泳げねぇんだろ。危ねぇからあんま覗き込むなよ」
「そんなに子供じゃないよぉ。ほら、啓吾の方が落ちそうだよ? 啓吾、肘滑ったら危ないよ。気をつけてね?」
手摺に片肘をついて寄り掛かり、りっくんと喋っていた啓吾に注意を促した。
「ん。気ぃつけるね。あんがと〜。結人も気ぃつけてね〜」
「アイツが落ちようが知ったこっちゃねぇわ」
「酷っ。なぁ、ずっと気になってたんだけどさ、渡月橋ってカップルで渡ると別れるって話なかった?」
「「えっ!?」」
僕と朔は、ギョッとして啓吾の顔を見た。そんな事を今更言われても、もう半分以上も渡ったのだが。
「知ってるよ。だから来たんだけど」
と、りっくんがそれに答える。朔にアドバイスしたのは、自分も一緒に回るつもりだったからだろうと啓吾が推測していた。それでここをコースに入れたのだとすると、だ。
「え····りっくん、僕と別れたいの? 僕の事、好きじゃなくなっちゃった?」
焦りと不安で涙が込み上げてくる。
「えぇっ!? 違う違う! 違うよ? そんな訳ないでしょ!? 絶対別れないって逆ジンクスかけに来たの。そういう意気込みって言うか、決意を固めにって言うか····」
「莉久さ、変なとこチャレンジャーだよな。そんなしょうもないジンクスに、無断で俺ら巻き込むなよな」
「え〜、なんかごめん。女子がさ、逆ジンクスがどうのって騒いでるの聞いちゃって····。それよりさ、渡月橋渡る時って振り返っちゃダメなんじゃなかった?」
「え、何それ。ホラー? どんだけジンクスあんだよ」
「いや、バカになるとかって聞いた事あるんだけど。啓吾、それ以上バカになったらヤバいよ」
「お前、ホンッット失礼だな。補習を回避できる俺は、もうバカじゃないんですぅ」
「なんかそれ違うらしいぞ。なんかのお参りの後に振り返ると、授かった知識が戻るとかなんとかって長々と書いてる」
朔がつらつらと説明してくれた。スマホでサクッと調べたらしい。
「へぇ〜。そうなんだ。スマホ便利だね····。あぁっ! じゃぁお参りしてないから大丈夫だね。啓吾、良かったねぇ」
「え、結人まで? ヘコむんだけどぉ!!」
「お前らバカじゃねぇ? ジンクスとかアホか。んなもんに振り回されてたまるかよ」
なんて騒いでいると、橋の向こうから冬真くんの班が来た。こっちに手を振っているようだ。
「武居〜! 啓吾〜!」
近づいてくると、大声で名前を呼ばれた。周囲に人が少ないとはいえ、ちょっとした再会を果たしたようで気恥ずかしい。
「お〜、冬真。お前らもこっち来てたんだ」
啓吾が手を振り返して応える。
「あれ? 鬼頭って····クラス違くね?」
「仲良しグループで回ることにしたの。悪い?」
「悪いっつぅか····ダメだろ。先生に怒られねぇの?」
「バレなきゃいいんでしょ? 最悪、迷子だって言うよ」
「あっはは。どんだけ仲良しグループ好きなんだよ。ってアレか。武居が居るからか」
「····そうだけど。なんで?」
「え? お前、武居の世話係なんだろ?」
「何それ。初耳なんだけど」
「文化祭でお前らが、武居を甘々で世話してたって噂聞いたんだけど。違うの?」
「なんか、ちょっと違う····けど、まぁいっか。そんな感じ」
「テキトーだなぁ。で、その武居はなんで場野に腰抱かれてんの? サイズ感的にかな····傍から見たらカップルだよ」
「なぁ冬真、班の奴らに置いてかれてんぞ? いいの?」
長々と話している冬真くんを置いて、班の人達が先に進んでいた。それを、啓吾が指差して言った。
冬真くんは、慌てて自分の班のもとへと走って行った。
「おい、カップルだって言ってたぞ。場野、言動には気をつけろよ。結人が照れて、外での接触一切禁止にしてきたらどうしてくれんだ」
「放っときゃいいだろ。どうせ触ったら喜ぶんだからよぉ」
「何それぇ····。もう喜ばないもん」
「始まったよ····。場野ぉ、反抗期どうにかしろよな」
「ハンッ。簡単だろ」
八千代が、僕の腰をグイッと引き寄せて、耳元で甘く囁く。
「お前、俺らに触られんの死ぬほど好きだろ? 外で触らせねぇとか言ったら、お前の気持ち良いトコもう触ってやんねぇからな」
「ひぅっ、言わない。言わないからぁ····」
「ははっ。チョロいな」
「ズルいよぉ····」
「お前、それでいいのか? ちょっとチョロ過ぎるぞ」
朔に呆れられてしまった。が、都合がいいからだろう、それ以上は何も言われなかった。
僕たちは他にも散策して、再び渡月橋に戻ってきた。落ちてきた太陽が世界を朱く染めてゆく。そんな、幻想的な瞬間を眺めていた。
「ねぇ、朔。そろそろ今日の旅館に向かわないとダメじゃないの?」
「もう少しだけなら大丈夫だ。····夕陽、綺麗だな。結人と見たかったんだ。な、莉久」
「うん。ゆいぴ、こういうの好きかなって思って。食べてばっかりで、観光らしいとこ行ってないでしょ? だからさ、最後くらいはって思ってたんだ。どう?」
「凄くキレー····。えへへ。ホントにデートって感じだね。けどホント、食べてばっかりでごめんね? 皆、僕の所為で行きたい所に行けなかったんじゃないの?」
「別に、行きたいトコつっても特にねぇしなぁ。結人が幸せそうに食ってるとこ見てんの、すげぇ楽しかったよ。俺まで幸せになったもん」
「そうそう。俺らはゆいぴが幸せそうだったら、それ見てるだけで幸せなんだから。むしろ、ゆいぴは他に行きたい所なかったの? 大丈夫?」
「僕もコレってとこはなかったかなぁ。皆と一緒に回れたら、たぶん何処でもいいんだよ。えへへ····実はねぇ、りっくんも一緒に回れたのすんっごく嬉しかったんだぁ」
「俺、マジで抜けてきて良かった。もしバレて怒られても悔いは無いよ。マジで」
そう言いながら、りっくんは僕をギュゥッと抱き締めた。
「おい、莉久落ち着けよ。こんなトコで結人抱き締めんな。誰かに見られたら──」
「ごめん朔。3秒だけ」
「もう、仕方ないなぁ」
僕はそっと抱き返した。だって、色々と覚悟のうえで、僕と居る為に頑張ってくれたのだろうから、これくらいはしたっていいと思ったんだ。
まさか、たった数秒のハグを見られているとは思わないじゃないか。
「よし、旅館行こっか」
「お前、1人で満足してんじゃねぇよ」
りっくんは八千代に、腰に軽く蹴りを入れられた。軽くと言ってもフラつく程度の威力。なかなか痛そうだ。きっと、りっくんとだけハグしたのが余程悔しかったのだろう。
この出来事が、後に僕たちをスリリングな一夜に導くとは、この時誰も予想していなかった。
旅館に着く頃には、辺りはもう真っ暗だった。予定時刻にはギリギリ間に合ったが、りっくんの合流を誤魔化すには間が悪かったようだ。
りっくんは予定通り、自分の班とはぐれたから偶然会った僕たちと共に行動していたと言い張った。が、どう頑張っても信じてもらえなかった。この便利な時代に、スマホを活用して迷子になれるものかと言われていた。スマホで地図を見れない僕みたいな機械音痴だって居るのに····。
りっくんは先生からお説教をくらい、班長の朔がそれに巻き込まれた。
お説教もそこそこに、夕飯を終え自由時間を謳歌していた。目下の問題は、今日の部屋にはお風呂が無い事だ。まだ痕が薄らと残っているのに、どうしようかと頭を抱えていた。
「隠しながら入るしかなくねぇ? 2班ずつだから、上手くいきゃ大丈夫だろ」
なんて、啓吾は軽々しく言ったが、気掛かりなのは冬真くんの班と一緒という事なのだ。さっき、カップルみたいだと指摘されたのが気になる。勘づかれてはいないだろうか。
そして、たいした対策案も出ないまま、入浴時間がやってきてしまった。
僕は、なるべく背中を見られないように気をつけながら動く。不審に思われてもいけない。
八千代たちが上手く壁になってくれたので、ハラハラしながらもどうにか乗り切ることができた。
部屋に戻る途中、朔は班長の集まりがあるからと行ってしまった。りっくんは、先生の監視が続いていて、部屋を出られない状態らしい。今夜、忍び込んでくるのは難しいかもしれない。
朔と分かれ3人で部屋に向かっていたのだが、啓吾と八千代は部屋には戻らず、僕を非常口に引っ張ってきた。何をするつもりなのだろうか。
「なぁ結人ぉ、莉久だけ外で抱き締めんのずりぃよ」
「俺らも、人目気にしねぇでお前から抱き締めてほしいんだけど」
まだ根に持っていたのか。まさかこんな所に連れてこられて、2人から詰問されるとは思わなかった。
「あれは····勢いって言うか、知り合いも居なかったし、りっくんが感極まってて断れなかったって言うか····」
「へぇ〜····。ま、俺らも外でイチャつきたいだけなんだけどね。ここ、あんま人来なさそうだしさ。ちょっとだけイチャついてから部屋戻ろうぜ?」
部屋に続く廊下からは、壁があって死角になっている。非常時でも無ければ、こんな所に来るのは僕たちくらいだろう。
「えぇ····。でも、もし人が来たらどうするの?」
「うちの学校の奴じゃなかったら、見せつけてやればいいんじゃね?」
「学校の奴だったら、一発入れて口封じだな」
女子だったらどうするつもりなのだろう。と、そういう問題ではない。どうして、わざわざ人目につく可能性のある所でイチャつきたがるのだろう。
「部屋じゃダメなの? 見られたいの?」
「見せたいの。俺らがどんだけ愛し合ってんのか見せつけたい。自慢したい。結人の可愛さ自慢して、俺らのだから指一本触れんじゃねぇぞって言いてぇ」
啓吾は僕の顔を包み込み、耳にほぼゼロ距離で話しかける。ハグよりイチャつけていると思う。
「も、もう充分だよ。僕、腰抜けちゃう····」
「俺がまだだろ。お前はなんで人に見られんの嫌なんだよ」
八千代が後ろから抱き締めて、啓吾と反対の耳に囁く。
「らってぇ、恥ずかしいし、見られたらバレちゃうでしょぉ····。それに、見せつけたいって、んぅっ····よくわかんないよぉ」
「周知されたらいつでも可愛がれるし、触りたい時に触れるんだぜ? 良くない?」
それはわかる。人前でも、皆との距離感が分からなくなることがある。触れたいのを我慢しなければならないことは多い。最近では、どこまでが友達の距離なのか分からなくなってきている自覚はある。
「いつでも、触れ合ったり見つめ合ったりできるのはね、いいと思うんだよ。でも、恥ずかしいし、親にバレるのはまだダメでしょ?」
「そうだな。バレる前に、ちゃんと俺らから挨拶に行きたいもんなぁ。そりゃぁ、バレちゃマズイねぇ」
「んじゃ、バレなきゃいいんだろ? ちょっとだけ、俺らとも外で····な?」
「んはぁ····八千代····ドコ触ってんの? ダメだよぉ····」
八千代がズボン越しに、穴をふにふにしてくる。啓吾は前からおちんちんをさすっている。勿論、ズボン越しでだが。
「んっ、やぁ······。ねぇ、部屋に戻って続きしよ?」
「続きって、お前らどこまでヤってんの?」
聞き覚えのある声。僕たちは身を強ばらせて声の主に目を向ける。
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