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“自由”が家訓なのかな
僕たちは今、瀬古家のプールに浮かんでいる。陽射しが眩しい。満さんなんて、プールサイドで優雅にトロピカルジュースを飲んでいる。
どうしてこうなったか? ほのぼのしすぎて既に記憶が薄れつつあるけれど。そう、あれは遡ること数時間前······。
夏休みに入って数日、今日は約束の土曜日。今朝、八千代と朔以外は緊張で表情筋が死んでいた。
凜人さんに迎えに来てもらって車で30分程。着いたのは、映画や写真でしか見ないような豪邸だった。八千代の純和風な実家とは真逆の、ヨーロッパ風でレトロな雰囲気の洋館だ。
お庭はローズガーデン? 小さな噴水がある。朔が、お母さんの趣味だと言っていた。きっと、凄く可愛らしいお母さんなのだろう。
凜人さんに案内され玄関を開けると、執事さんが10人ほど並んでいて挨拶された。何これ。何かの撮影なのかな?
僕は啓吾とりっくんと顔を見合わせ、八千代の家に行った時の緊張感を思い出す。非現実的な空間に足がすくみ、1歩も入れないでいた。
啓吾なんて、八千代の家に行った時はワクワクしていたくせに、今日は圧倒されているようで驚くほど静かだ。朔がそれを察し、執事さん達を下がらせてくれた。
「す、凄いね。映画の中みたいだよ····」
「そうなのか? 凄いかはわかんんねぇけど、人を呼ぶのは初めてだからお前らの反応見てるのは面白いな」
なんだか嬉しそうな朔には悪いが、極端なレベルの差を感じてしまう。こんな調子で、親御さんとまともに話せるのだろうか。僕は勿論のこと、りっくんと啓吾も不安そうだった。
応接間に通された僕たちは、ふわっふわの煌 びやかなソファに座って待つ。紅茶とお茶菓子を出してもらったが、八千代以外は手をつけられないでいる。何から何までゴージャスで落ち着かない。
「八千代、すっごいリラックスしてるけど緊張とかしないの?」
「んぁ? 別に。来たことはねぇけど、全く知らねぇわけじゃねぇしな。お前らが緊張しすぎなだけだろ。菓子でも食って落ち着けよ」
そう言って、僕の口に押し込んできたクッキーは、目をギュッと瞑ってしまうほど美味しかった。
ほどなくして、朔のご両親と満 さん、そしてもう1人若い男の人が部屋に入ってきた。僕たちは、慌てて立ち上がり挨拶をする。
お母さんが微笑み『緊張しなくていいから、どうぞ座ってね』と優しく言ってくれた。お人形の様な、想像通りのめちゃくちゃ可愛らしいお母さんだ。
僕たちは互いに自己紹介をしていき、いよいよ見知らぬ男の人の番。きっと、朔の言ってたもう1人のお兄さんだ。
「これは翔 。満が言ってたロクでもない次男だ。居ないものと思ってればいい」
と、朔がとんでもない紹介をかましてくれた。
「いやいやいやいや。朔さぁ、兄ちゃんだよ? その紹介はいくらなんでもじゃないかい? あとさ、名前くらい自分で言えるよ?」
「アンタ、自分の名前言えたんだ。て言うかねぇ、この場に居れるだけでもありがたいと思いなさいよ。喋らなくていいんだからね」
満さんが作った笑顔を貼り付けて言う。余程嫌いなのだろうと直感した。満さんの好きそうな、朔そっくりのイケメンなのに。
「満、結人の前でそういうのやめろって言っただろ」
「あら、ごめんなさいね。でも朔、アンタの紹介も酷かったわよ?」
「そうか? ありのままを紹介したほうがいいかと思ってな」
「あの····朔、翔さんとは仲悪いの?」
「別に悪くはないぞ。うちの中でゴミ扱いされてるだけだ。嫌いとかそういう感情もねぇ」
八千代の千鶴さんへの対応より酷いじゃないか。挨拶の前哨 にしては重すぎる。
しかし、そんな空気をお母さんが一掃してくれた。手をパンと合わせ、にこやかに注意する。
「ほらほら、あなた達がそんなだと皆さん気を遣っちゃうでしょ。ねぇ? ギスギスしないのぉ」
お母さんが言うと、満さんと翔さんが座り直してシャンとした。朔は僕の隣に座り、事の経緯を話し始めた。と言っても、僕の母さんにしたのと同じような、一気に詰め込んだものだ。
これはまた、補助の説明が要るパターンのやつ。と思ったのだが、事情を知っているお父さんと満さんはともかく、お母さんと翔さんにまで通じたようだ。
「お前、静かだと思ってたけど1番ぶっ飛んでんじゃん」
翔さんがお菓子を食べながら、揶揄うように言った。満さんもお菓子を摘まみながら続けて言う。
「結人くんの事知ったらねぇ、しょうがないなって思うわよ。それに、アンタが思ってる以上にこの子達、全員ぶっ飛んでるから」
「何だよそれ。コイツら大丈夫なの?」
「どの口が言ってるんだ。お前より、この子達のほうが立派だぞ。朔、お父さんは応援してるよ。結人くんも、ね」
お父さんが初めて口を開いた。とても力強い瞳で僕を見つめる。けれど、威厳があって寡黙なのかと思っていたら、一言目がこれだ。これが世界規模の大会社のトップで、朔のお父さん。なんだか、妙にしっくりきてしまった。
僕は、どう反応すればいいのかわからず戸惑う。朔は、無視して悠長に紅茶を啜っている。朔に激甘だとは聞いていたが、これはまた見覚えのある甘やかし方だ。
「あ、ありがとうございます····。えっと、僕が言うのもアレなんですけど、いいんですか?」
「何がかな?」
「えぇ〜っと······、僕、跡取り産めないです。そもそも男でこんな関係性で····なんで許してもらえたんですか?」
朔が電話で説明しただけで受け入れてもらえたというのが、そもそも不思議な話だったのだ。常識的に考えれば、有り得ない話だろう。
「はっはっはっ! 跡取りなんて朔が継いでくれるだけで充分だよ」
「はぁ······。そういうものなんですか?」
「それよりもだ。朔が好きになった子を、私たちがとやかく言う権利はないからねぇ。関係性と言っても······結人くんが1人を選べるなら選べばいいと思うが、できないなら仕方がないんじゃないのかい?」
度量が桁違いで、僕のキャパが追いついていない。朔もご家族も、皆その通りだって顔でしれっとしている。あれ? 僕が変なのかな?
「ね〜ぇ、挨拶なんて堅苦しいのはもう終わりにしましょうよ。私達、あなた達の事は朔と満から聞いててよく知ってるのよぉ」
「そ、そうなんですか····」
満さんはともかく、朔が話しているなんて意外だった。それはともかく、僕たちは瀬古家についての情報を殆どと言っていいほど知らない。だが、お母さんにはそんな事は関わりないらしい。
「もうね、家族みたいなものじゃない? それよりもねぇ、お庭に出てみない? この間ね、私プール作ったのよぉ。今日暑いし、ね?」
このお母さんのマイペース過ぎる提案のおかげで、僕たちは今、優雅にプールに浮かんでいるのだ。
言われるがまま、水着まで借りてプールに入った僕たちも僕たちだ。だが、あまりの心地良さについ和んでしまった。
「このプールってお母さんがデザインしたんすか? すっげぇオシャレっすねぇ」
直径10mはありそうな円形のプール。プールサイドはスカイブルーのタイル張りで、ローズガーデンを一望できるようフェンスは無い。無くても外部からは見えない。なんてったって、敷地をぐるっと囲む塀が高いんだもの。
プールの底には、優雅に泳いでいる海洋生物の絵が描かれている。けれど、プールに入ってしまうと絵は見えない。不思議だ。
「あら、ありがとぅ。そうよぉ。デザインしてぇ、全部1人で作ったの。だから2週間もかかっちゃった」
僕たちは絶句した。聞けば、この庭も全てお母さんが一人で手がけ、自ら管理しているらしい。お母さんは一体何者なのだろうか。
凄く失礼だが、僕の母さん並にぽやっとして見える。けれど、中身は180度くらい違うようだ。スペックが桁違いに良い。さらに、痛い所への啄き方が啓吾のそれと同じ勢いだった。
プールにどうぞと言われた時に、焦った1番の原因。できれば突っ込まれたくなかった事だ。それを、お母さんはゆるっとサラリと聞く。
「結人くんは、なんでウェットスーツなの?」
昨日息子さんにつけられたキスマークと噛み跡で、全身痣だらけになっているからですなんて言えない。僕は返答に困る。
「結人は日焼けすると火傷みたいになるんだ。だから俺が着せた」
朔がサラッと嘘をつく。悪い子だ。
「あら、それは大変ねぇ。なら、あんまり長時間遊ぶのはダメね。そうだ、お夕飯は食べて帰るでしょ? 凜人のご飯、皆好きよねぇ?」
僕たちに有無を言わさず、夕飯を食べて帰ることになった。思いのほか、お父さんよりもお母さんの圧が凄い気がする。
夕飯を待つ間、朔の部屋に案内してもらった。ここを出る前のままらしく、以前言っていたグランドピアノがある。部屋にピアノがあるんだぁなんて、もう誰もツッコまない。
僕たちはソファに座って聴く体勢に入る。でんと座る八千代とは対照的に、僕は畏まって座った。
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