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王子♀急接近

 宣戦布告だなんて、されるほど好かれる理由が思い当たらない。けれど、嵩原(たかはら)()()から直接言われた啓吾を疑っても仕方がない。  皆は、予想外の(ライバル)の出現に戸惑っている。それと言うのも、相手が女子だから。それこそ、今更じゃないか。  僕は、今思うことを皆に聞いてもらおう。正座をして、深呼吸をして、この空気を切り裂くように言葉を放つ。僅かばかりの怒気を含んで。 「あのね、僕は皆以外選ばないよ。もう選べないんだよ? 皆以外を好きになったりできないの」  皆だって、そんな事はわかっている。けれど、皆は言葉を返せない。理由は相手が女の子で、僕を任せられそうなくらい頼りになる相手だという事。僕を手放す気なんてサラサラ無いくせに。  言葉に出す事は決してない。けれど、それが一般的で、母さんを安心させる事のできる道だと思っているのだろう。 「僕ね、前にタイプの女の子に告白されてすぐに断ったでしょ? これからもね、どんな子に何を言われても迷う事なんかないよ」  皆が僕と母さんを慮ってくれるなら、僕が言葉にして伝えなければ、きっと皆は一生この調子だろう。バカみたいに優しいんだから。バカみたいに、僕の事ばかり考えてくれるんだから。 「皆が··、僕と母さんの事考えてくれるのも分かるんだよ。それは凄く嬉しい。ありがと。けどね、いつもみたいに『絶対渡さない』って言って欲しいな····」  皆を見て、うっすらと笑みを見せる。これは強がりだ。本当は、嫉妬心剥き出しで騒いでほしい。  なのに、八千代ですら悪態をつかなかった。それは、()()()()()なのだ。迷いでも引け目でもなく、純粋に僕の可能性(幸せ)と母さんの心の安寧(望み)()ぎったのだろう。  だけど、そんなものはクソ喰らえだ。いつも強気な皆が、こうも大人しいと腹が立ってくる。 「ねぇ、僕が嵩原さんを選ぶって言ったらどうするの? 僕のこと諦めるの?」 「ぁんでお前が怒ってんだよ」 「当然でしょ!? いっつも引くぐらい強気なクセにさ? 相手が女の子で評判が良いからって、こんなに大人しいんだもん。なんかね、ムカつくの!」 「ははっ、結人から『ムカつく』って初めて聞いたかも」  啓吾が茶化すけれど、その瞳には光が戻った様に見える。他の皆も同様に、伏せていた目を上げた。 「俺はねぇ、ゆいぴを誰にも渡さないし、どんなにいい子が現れてもゆいぴを任せようなんて思わないよ」 「え····。だったら何で何も言ってくれないの?」 「だってゆいぴ、嵩原さんがどんな子か気になるんでしょ?」  気にならなくはない。性別を勘違いしていたくらい、よく知らない人だ。そんな人に、言い寄ってくる人を蹴ってまで好かれている理由が気になる。  皆、僕の心境を察してくれていたらしい。モヤモヤが残らないように、ちゃんと向き合うべきだと考えてくれていたようだ。 「『絶対渡さない』とか息巻くのは簡単だけどね。そんな子供みたいな事したって、事態は動くし解決はしないでしょ?」 「結人がもう迷わねぇのも分かってる。俺らは結人を手放す気なんか微塵もない。けど結人は優しいから、そういう(わだかま)りを抱えてんのは辛いんじゃねぇかと思うんだ」  感傷的になっていたのは、どうやら僕だけだったようだ。皆はもっと周りを見て、思ってた以上に僕の事だけを考えてくれていた。りっくんと朔は特に冷静で、大人な対応を見せる。一方の八千代と啓吾は、少々過激だった。 「んな(だり)ぃ事言ってる場合じゃねぇって。嵩原だろ? アイツ、かなり厄介だぞ」 「八千代、嵩原さんのこと知ってるの?」 「んぁ? まぁ····」  バツの悪そうな顔でそっぽを向く八千代。これは怪しい。 「嵩原さんって、確かお前らと中学一緒だよな?」  啓吾が核心的な所を突いてくる。これだ。きっと、中学時代に何かあったに違いない。  僕は、八千代を問い詰める。 「何があったの? えっと····身体の関係があったとか····?」  口に出すと、思ってた以上にダメージが降ってきた。 「なんでお前、泣きそうになってんだよ。ハァ····、アイツ男嫌いで有名だったからな。あんな見てくれで、可愛いもんが好きとかでよぉ····」  珍しく、八千代が言葉を濁したがっている。朔に聞こうにも、きっとよく知らないのだろう。僕と同じ姿勢で八千代の言葉を待っているくらいだからね。  それにしても、男嫌いなのにどうして僕を好いてくれているのだろう。疑問がぷくぷくと膨らんでゆく。 「なんだよ。ハッキリ言えよな」  痺れを切らせたりっくんが急かす。皆の視線を(はた)き落とすように、八千代は観念して口を開いた。 「アイツ、可愛いと思った女すぐ食うんだよ。高校ではあんま聞かねぇけど····。だからよぅ、結人の事も勘違いしてんじゃねぇか?」  そういう事か。八千代なりに、僕に気を遣ってくれていたのだろう。そうだ、僕は女の子じゃないやい。  すぐにでも嵩原さんに、僕は男だよって言いに行かなきゃ。 「じゃあ、嵩原さんの勘違いが解けたら僕の事好きじゃなくなるよね! 明日早速──」 「ここで残念なお知らせです」  啓吾が挙手をして言い放った。 「嵩原さん、結人の事ちゃんと男だって分かってるよ。俺もそれ思って言ったもん。『結人、あんな可愛いけど男だよ』って」  突っ込みたい所はあるが、今はグッと堪えよう。もう、とっくに諦めた事なのだから。 「そしたらさ、すっげぇ強気な顔して『知ってるよ』って言われちった。あれマジで超エロかった。俺じゃなかったらソッコー惚れてるわ」 「お前、バカなのか?」  思考が停滞していると、朔が呆れ顔で言ってくれた。で、結局どういう事なんだ。とにかく、男と認識したうえで僕は狙わている····って事だよね。  けど、宣戦布告と言っても、何をしてくるつもりなのだろう。これまで、男にしか狙われた事がなかったから、相手の出方に予想がつかない。 「僕、どうしたらいいの?」 「まぁ··、襲われる事はないだろうけど····」  りっくんが悩ましげに言うと、八千代が割って入って言う。 「いや、可能性はあんぞ。言っただろ、女食ってたって。あれ、学校でだぞ」  皆は絶句して、僕の貞操の危機を案じ始めた。  とどのつまり、嵩原さんはとても積極的らしい 。僕の童貞が奪われる危険だって孕んでいる。そういう事案らしいのだ。女の子相手なのに、情けないくらい怖いんだけど。  僕は何に注意すればいいのかも分からないまま、翌日もいつも通りの学校生活を送る。  いつもと違うのは、宣戦布告をした嵩原さんが僕を体育倉庫に閉じ込めてしまった事だ。どうしてこうなったのか、あっという間でよくわからなかった。  授業で使った教材を片しに、猪瀬くんと2人で倉庫へ来ていた。猪瀬くんが用を思い出して先に職員室へ向かう。僕は、すぐに追いかけると言って、倉庫の奥で戸棚に鍵を掛けていた。  鍵を掛けてふと顔を上げると、ガラスに映った僕の背後には嵩原さんが居た。絶叫しそうになったが、なんとか悲鳴を飲み込んだ。こんなの、完全にホラーだよ。  嵩原さんは『入り口、ちゃんと施錠してきたよ』と言って、振り向けない僕の肩に手を乗せた。やはり僕より少し背が高いけど、女の子なのだとわかるくらいスラッとした手。くすっと笑う声の高さ。女子にしては低いかもしれないけれど、それでも女性なのだと分かる。  どうしよう。本当に怖くて振り向けない。猪瀬くんが気づいて戻ってきてくれないだろうか。一刻も早く。 「初めまして····だよね。武居くん」 「は、初めまして····」  挨拶が始まってしまった。  そうだ、ちゃんと話せばいいんだ。けれど、声を絞り出すがどうにも震える。 「た、嵩原さん····だよね」 「うん。ボクの事、大畠くんから聞いた?」  ワザと耳元で話す嵩原さん。皆とは違う種類のセクシーな声。女の子に慣れがない所為か、心臓の高鳴りが激しい。 「えっと、聞いたよ。嵩原さん、僕たちの事知ってるんだよね?」 「知ってるよ。君の事、可愛いから狙ってたんだけど、いつの間にかイケメン集団にとられちゃっててビックリしたよ」  そう言いながら、手を腰に持っていく。後ろから抱き締めるように、僕の前で手を組んだ。逃げられないじゃないか。 「たたたっ、嵩原さん!? は、離れてほしいな····」 「武居くん、もしかしてボクの事コワイ? ふふっ、震えてる」 「そん、なことは··ないです」 「あはは。なんで急に敬語なの? んー、やっぱり可愛いなぁ」  どどど、どうしよう。本当に食われちゃう····。食われちゃう? って、何をされるのだろう。女の子とのえっちって、僕が食われちゃうの?

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