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非現実の中の日常
「へっっぷち····」
くしゃみをして目が覚めた。狭い。どういう経緯かは思い出せないけれど、僕は今、りっくんの胸に頭を抱えられている。腰には、僕をガッチリ抱き枕にしている朔が。
シャワーの終盤で、八千代の小言を子守唄に眠ってしまった僕を、寝袋に詰めるのが面倒だったらしくこの状態になったらしい。
僕のくしゃみ程度では起きない、りっくんと朔。むにゃむにゃと寝惚けながら、僕を力強く抱き締める。
「んぅ····」
僕が呻くと、八千代がりっくんを引き剥がしてくれた。僕の非力じゃ、どうしようもなかったから凄くありがたい。
「大丈夫か?」
「んはっ····だ、大丈夫。んふふ、おはよ」
「ん、はよ。朝からクソ可愛いな。来い」
八千代に呼ばれ、一瞬で身体中の血が沸き立つ。けれど、まだ動けない。
「ひゃい··♡ あ、でもね、朔にも捕まってるの」
「おぅ、任せろ」
そう言って、朔の腕を剥がそうとする八千代。だけど、パワー特SS級の朔は、眠っていても決して僕を離さない。八千代が諦めるくらい、しっかりと抱き締められていた。
「そう言えばさ、僕の家に泊まりに来た時もこんな感じだったよ。絶対離してくれなかったんだ」
「コイツ、結人に抱きついてる時いつもこうだろ。お前が窒息しねぇかヒヤヒヤしてんだよ、コッチは」
「え、そうなの? んへへ、ありがと」
「はぁ··、もうこんままでいいわ」
何がこのままでいいのかは分からないけど、八千代はりっくんを転がして退けると、僕の隣を奪い取った。
僕の顔の横に肘をついて、覆い被さる八千代。伸びた髪をハーフアップにしているから、いつもみたいに顔を隠す髪がなくてよく見える。カッコ良すぎて目を開けてられないや。
そして、いきなり喉奥を犯すように深く、それでいて甘くトロけるようなキスをくれる。
「ふ··んぇ゙····」
「ン··息しろ」
「む、むり ··んぅっ····」
八千代は、夢中で僕を貪って離してくれない。うっすら目を開けると、八千代が眉間に皺を寄せて鋭い目で僕を見ている。
(もうなんなの!? カッコよすぎるよ!)
バクバクする心臓。お尻がきゅんきゅんして、おちんちんが熱くなってきた。さらに、寝惚けているのか朔が僕のTシャツを捲り上げ、脇腹を噛んで吸ってくるんだもん。もう止まらない。
このままえっちに····なんて思っていたら、きゅるるるっと鳴く空気を読まない僕のお腹。雰囲気がぶち壊された。
そっと唇を離して、眉間に皺を寄せたまま困り顔の僕を見つめる八千代。でもこれ、絶対笑うのを堪 えてるよね。
「腹減ったんか。はぁ····ンっとお前の腹、雰囲気ぶち壊すん得意な」
溜め息を吐かせてしまった。笑いを堪えてるのではなく、呆れさせてしまったのだろうか。
「ご、ごめんね。で、でもね、昨日全部吐かされて、ずっとお腹空っぽだったんだもん。しょうがないでしょ····」
「あぁ、しょーがねぇな。そこも可愛いと思っちまうんだからよ、どうしようもねぇわ。吐かせたん俺らだしな」
そう言って微笑んだ八千代は、僕の頭を撫でて朝食の準備をしにテントを出て行った。
残された僕は、何とか朔の腕から逃れようと奮闘する。けれど、朔の腕は一向に動かせないし、朔が起きる気配もない。
キスでもできれば、一発で起きてくれるんだけどな。
困り果てた僕は、他の誰かが起きないか呼び掛けてみる。真っ先に起きてくれたのは、冬真の腕の中で身動きが取れない猪瀬くんだった。
お互い『動けないね』って笑って、猪瀬くんが足元に居た啓吾を蹴り起こした。
「んぅ゙っ!? んっだよ··ッテェなぁ!」
「ごめん、啓吾。でもお前、蹴らないと起きないだろ?」
「だからって腹蹴んなよ····」
元サッカー部の猪瀬くんだものね。軽いつもりでも、啓吾にとってはそこそこ強い蹴りが入ったらしい。啓吾は、お腹を押さえて唇を尖らせている。
「あはは。ごめんってぇ」
「ごめじゃねぇよ。お前マジでさぁ──」
僕は、クレームの止まない啓吾を懸命に呼ぶ。
「啓吾、ねぇ啓吾、助けてぇ。朔が起きてくれないの。僕じゃ腕動かせなくってぇ」
僕は、ふんぬっと踏ん張って、朔の腕を腕を持ち上げようと試みる。が、どうにもならないのだと啓吾に見せた。
「なーに可愛いことしてんだよ。んも〜、俺に任せなさいって〜」
啓吾は『イテテ··』とお腹を擦りながら起き上がり、力いっぱい朔の腕を持ち上げた。
だけど、無意識の抵抗を見せる朔。本当に寝ているのか疑ってしまうくらい、僕を抱き締める腕に力が入っている。
「ちょっ、おい朔、お前マジで寝てんの? 力強すぎんだけど!」
啓吾が、意地になりもう一度朔の腕を引っ張り上げる。が、ビクともしない。
「あ、そーだ。さっくんさぁ、ンなに強く抱き締めたら結人苦しいってよ」
と、朔の耳元で啓吾が囁く。すると、朔の目がパチッと開き起き上がった。
「わりぃ! 結人、大丈夫か? 千切れてねぇか?」
「あははっ、凄いや、それで起きるんだね。大丈夫だよ、朔。おはよう」
「お··はよ」
寝惚けて混乱している朔に、経緯を説明する。朔は何度も『わりぃ』と言って、膝へ乗せた僕に沢山キスをして目を覚ました。
この騒がしい中でも気持ち良さそうに眠っている、りっくんと冬真。冬真は夕べ、はしゃぎ過ぎてとても疲れていたらしい。僕が寝たすぐ後に、猪瀬くんを抱えて眠ったんだそうだ。
皆はいつも通り、僕を抱き枕にする権利を賭けて勝負していたみたい。そんな事してないで、早く寝ればいいのに。
啓吾は八千代を手伝いに行き、残った僕たちで寝坊助たちを起こす。
「りっくん、ねぇりっくん、起きて。ねぇってば····、もう! りっくんが起きてくれないと、僕寂しいんだけど」
これを言うと、大抵すぐに起きるんだけど、1日中ベッタリで離れてくれなくなるから、あんまり使いたくない手なんだよね。けど、起きないんだから仕方ない。
案の定、一瞬で目を覚ましたりっくん。飛び起きて僕を抱き締める。
「寂しい思いさせてごめんね、ゆいぴ。俺、もう絶対ゆいぴから離れないよ」
こんな朝を何度迎えたことだろう。僕は無になって、りっくんを抱き返し背中をポンポンして宥める。
「それで起きんの凄いよね。なんか武居、ちゃんと手懐けてるって感じだね」
「そ、そうかなぁ····。手懐けてるだなんて、思ったことないや」
でも確かに、八千代と朔を相手にしてると、猛獣使いにでもなった気がしなくもない。
ていうかこれ、誰かにも言われた気がするんだけど、気の所為かな。
「そう? 傍 から見たら猛獣使いだよ? つか俺もやってみよ」
猪瀬くんは冬真にギュッと抱きつき、頬を擦り寄せて言った。
「冬真、いい加減起きてよ。早く起きて、おはようのキス··シて?」
「なに、朝っぱらから犯してほしいの?」
これまた、冬真も目覚めが良い。起きるなり、ガバッと猪瀬くんに覆いかぶさり、濃厚なおはようのキスを見せつけてくれる。
うちでお泊まり会をした時と同じような朝を迎えて、妙な安心感に包まれた。キャンプというイベントの中で、非日常の連続だったんだもの。こういう慣れ親しんだ空気に、なんだか凄く癒される。
そうこうしていると、朝ご飯ができたと啓吾が呼びに来てくれた。
こんがり焼いたベーコンに目玉焼きを乗せたトーストと、焼き野菜の残りで作ったコールスロー。お手製のヨーグルトは、持ってくるのを忘れたとキャンピングカーの冷蔵庫を漁りながら啓吾が喚いていた。
湖のほとりにテーブルと椅子を広げ、優雅でのんびりとした朝を過ごす。
りっくんと猪瀬くんが飲み物を運んできてくれた。僕以外はコーヒー。皆、紙コップのコーヒーを飲んでいるだけなのに、映画のワンシーンみたいに見えるんだよね。
見た目も中身もお子ちゃまな僕には、りっくんがココアを入れてくれた。それを両手で持って啜る。なんの絵にもならない。ほら、いつも通りだ。
こうして穏やかな朝を迎え、僕たちのキャンプ2日目が始まった。今日は、湖から流れ出ている川で釣りをする予定。餌も魚も触れないから、僕はまた投げるだけになりそうだ。けど、今回の僕はひと味違う。
まだ皆には言ってないんだけど、今日はどっちかだけでも克服しようと思って来たんだよね。頑張るぞ!
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