385 / 389

起死回生のブザー

 時折、僕の中に浮かぶ懐かしい名前。記憶にはない人物だけど、思い出さなくちゃいけない気がする。  タイヨウさんにりっくんを重ねた意味もわからない。それに、まだ大切な何かを忘れているようでモヤモヤが残っている。  霞んだままの思考が、時々晴れて鮮明に思い出す。知らない家の温かい空気。僕を囲む優しい人たち。その中に、りっくんも居るみたい。  ぼんやりと夢を見てるみたいな感覚で、それらはきっと、僕にとってかけがえのないモノなんだと感じる。八千代と朔、知らないはずのその名前を呼ぶだけで、凄く愛おしい気持ちが込み上げるんだもん。  けれど、僕が今置かれている現実は、()くしてしまった夢の様に優しくないんだ。  喉の奥を、おちんちんで無理矢理こじ開けられる。喉が焼けそうに痛い。 「おい、あんま喉突っ込みすぎんな。こっちが奥入んねぇだろ」  スバルさんが、僕の腰を掴み思い切り奥を抉って言う。力任せな突き上げ方に、奥が少し痛んだ。 「わりぃわりぃ。けどさぁ、ゆいとくんの口ちっちゃくて可愛いじゃん? こじ開けんのすげぇ気持ちくねぇ?」 「ははっ、ゆいとくん気に入ったとか言ってたんだから大事にしてやれよ。ンっと、お前もドSだよな〜」  僕を嬲って笑っているこの人達に、非力な僕じゃ力で抗う事もできない。悔しい、情けない、腹が立つ、だけど、それよりも悲しい。僕が傷つくと、僕よりも悲しむ人たちが居るのだと感じる。  そして、僕を宝物の様に扱う人が居る事を、意地悪で愛情に満ちた甘いこの行為を、僕は知っている。えっちは、欲をぶつけるだけの野蛮な行為じゃない。こんなにツラくて苦しいものじゃないんだ。  愛情を交わし合って、際限なく心からお互いを求めてしまう。本能で愛をぶつけ合う、激しくて甘い行為なんだ。  まだ全部を思い出したわけじゃない。けれど、あと少しなんだと思う。僕は、僕の中に蘇りつつある幸福な記憶を信じて守りたい。    もう、この人達の好き勝手にはさせてやらないんだから。無力な僕にできる事、今はたった一つだけ。  意を決して、タイヨウさんのおちんちんに歯を立ててやった。 「いっって!! コイツ、噛みやがった!」  タイヨウさんは、僕に向かって拳を振り上げる。だけど、僕は臆せず立ち向かう。もう、僕は弱くないんだ。 「ドSって、いうのは··もっと、愛情があるんだよ。こんな、自分本位なえっちなんて、全然気持ちくない。皆のえっちは、もっと幸せで、凄く気持ちぃんだ。お前らみんな、えっち下手くそじゃないか!」  わなわなと激昂したタイヨウさんの拳が振り下ろされた。僕の頬に重い痛みが乗っかる。  それでも、僕は引き下がらない。ここで負けたら、ぼんやりと感じる大切な誰かへの、僕の思いが負けるって事なんだよ、たぶん。  僕は、スバルさんの胸を蹴って、何度も『抜け!』と叫んだ。怒りに任せて足首をグッと掴み、力任せにおちんちんを出し入れするスバルさん。 「ぅ゙··あ゙ぁ゙っ····き、気持ちく、ない····こんなの、えっちじゃないもん! 僕は、お前らの物じゃないんだ!」 「るっせぇ! お前は今日から俺が飼うんだよ!」  タイヨウさんは、僕の髪を鷲掴んで喉奥へおちんちん捩じ込ませる。僕が抵抗できないほど、がぽがぽと乱暴に喉奥を犯す。  息ができない。吐く間もない。スバルさんも便乗して、僕の奥を思い切り突き上げる。お腹の奥にズンと重い痛みを感じる。  心が向かないセックスに、僕はもう快感を拾えない。ただただ、気持ち悪いだけの行為。僕が求めるのは、こんなのじゃない。 「りっくん····」  りっくんの名前が勝手に零れ出る。僕の大切な人はりっくんなの? ねぇ、八千代と朔って誰?  もう少しで思い出せそうなのに、何かが足りなくてぼんやりしたまま。りっくんに会いたいという気持ちだけが、どんどん加速してゆく。  心が折れないよう、必死に瞼を持ち上げている。こんなの、気絶しちゃったほうが絶対に楽だ。けど、何がなんでも負けたくない。  心はそう叫んでも、身体は限界らしい。身体を突き抜けるような痛みと気持ち悪さで、今にも意識が飛びそうだ。  そう思った時、部屋の隅っこで何かが鳴った。全員、その音に驚きビクッと跳ねる。  耳を劈く高音が、僕の脳を揺らす様に刺激する。頭が痛くなりギュッと目を瞑ると、ぶわわわわっと記憶が流れ込んできた。  僕のポケットに入っていた防犯ブザー。それが、爆音で鳴り始めた。そうだ、朔に持たされた超小型の煩いやつ! 「なっ、なんの音だよこれ!? てかうっるせぇ!」 「なぁ、ゆいとくん(コイツ)の服からじゃね? これ··、防犯ブザー?」 「いや防犯ブザーってこんな音デカくねぇだろ!」 「なんでもいいか早く止めろよ! 耳(いて)ぇって!」  リョーキさんが、防犯ブザーを取り出し踏み潰してしまった。けど、もう大丈夫だ。 「ったく、こんなオモチャ持たされるとかマジでガキかよ」 「僕が、弱っちぃから····」 「は?」  拾い上げた粉々の防犯ブザーを手に、リョーキさんが威圧感全開で僕を見下ろす。凄く怖いけど、僕も負けじと睨み返す。 「半径10メール以内、だよ」  GPSが上手く拾えない時、半径10メートル以内で起動させると爆音が鳴る。きっと、倒れた時とかにぶつけて故障して、GPSが機能しなかったのだろう。  そして、これが鳴ったという事は、皆が近くに居るんだ。 「あ? なんだって?」 「皆がすぐそこまで来てる」 「何ワケ分かんねぇコト言ってんだよ!」  余裕を見せる僕に、男達が焦燥感を見せ始める。あと数秒で、きっと扉がブチ破られるだろう。僕は、伏せて丸くなり事に備える。  あぁ、口の中が鉄の味しかしなくて不味い。こんな僕の姿を見たら、皆ビックリしちゃうだろうな。キレてこの人たちのこと仕留めちゃいそうだから止めなくちゃ。  僕の心を満たす大切なモノを思い出した。僕は、もう絶対に負けない。  苛立ちのピークを迎えたリョーキさんが、僕の脇腹を蹴った。それでも、僕は体勢を崩さないよう構える。 「なんだよコイツ、急に──」  余裕をかまして動じない僕に、リョーキさんが焦燥した様子で数歩下がった時。ガキィッとドガッて音が同時に聞こえた。蝶番を壁ごといったのだろう。間違いなく八千代だ。  飛んできた重そうな扉がリョーキさんに命中する。入口と反対側の壁まで吹っ飛んだ。どんな威力だよ。  残った3人は、それを呆然と見て固まっている。その隙に僕は起き上がって、ありったけの力を込めて叫ぶ。 「八千代ぉっ!!」  飛び込んできた八千代と朔。2人とも、一瞬で僕の様子を確認すると、青ざめた直後激昂して容赦のない攻撃を繰り出す。残る3人を軽々と蹴り倒してしまった。 「ゆいぴ!!」  ひと足遅れて駆け込んできたりっくん。青ざめた顔で僕を見つめて立ち尽くす。 「りっくん····ごめん··ね····」  安心した僕は、ふわっと力が抜けて倒れ込む。  りっくんが駆け寄ってきて、僕の身体を優しく力強く受け止めてくれた。りっくんの手が震えてる。おそらく、僕の身体も。けど、(あった)かくて気持ち良い。 「りっくん··、八千代と朔、止めて····あのままじゃ、ホントに殺しちゃう」 「ごめんね、ゆいぴ。アレは止めらんない。ムリだよ」  そう言って、りっくんは僕の耳を手で覆い、僕が何も見ないように顔を胸へ引き寄せ(うず)めてしまった。  凄く濃い汗の匂い。鼓動がとても速い。どれほど僕を心配して駆け回ってくれたのか、手に取るように伝わってくる。  そんなりっくんには申し訳ないけれど、僕は何としても2人を止めなくちゃいけないんだ。  僕は、りっくんの手を掴んで下ろそうと試みる。けど、すっごい力でビクともしない。 「りっくん····ね、離して」 「ダメ。こんなの、ゆいぴには見せらんない」  耳と手に少しだけ隙間を開けて優しく言うりっくん。  胸がザワザワして焦りを感じる。男達はどうなったのだろう。まだ生きているのだろうか。  不安でポロポロと涙が溢れてくる。そして、もう一度りっくんにお願いしようとした時、突然、部屋がドタバタと騒がしくなった。

ともだちにシェアしよう!