387 / 389
撤退撤退
山道を猛スピードで駆け巡ったキャンピングカーは、少し離れた所に乗り捨ててきたらしい。新車なのに····。
そこへ向かう間、りっくんがこれまでの経緯を説明してくれた。
棒の様な物で殴られ、気絶してしまった八千代と僕。男たちは、僕を抱えて去ろうとしていた。
そこへ、異変を察知した朔が出てきて、すぐさま僕を追うため駆け出す。が、追いつく間際、強力なスタンガンで不意打ちを食らい朔まで気を失ってしまった。
朔がテントから飛び出してきたのは覚えてるんだけど、きっとその直後、僕は完全に気を失ってしまったのだろう。朔が追ってきてくれたのだって、あまりハッキリ覚えていない。
八千代と顔面から落ちた朔の手当てをしてくれたのは、猪瀬くんと冬真。朔の頬にある傷は、その時のものなのだろう。かすり傷程度だと言って、朔は頬を僕に見せないよう隠した。
問題は八千代だ。後頭部がぱっくり割れていて、なかなか血が止まらなかったらしい。傷自体は数センチ程度らしいが、頭だから出血が多かったのだろうと、猪瀬くんが言っていた。
そもそも、2人をテントに運ぶだけで苦労したそうだ。そりゃそうだよね、僕たちの中でずば抜けて大きいんだもん。
それから、2人が動けるようになるまで1時間ほど掛かり、目を覚ました八千代が僕の名前を叫んだらしい。たった1時間で動けるようになったんだから、むしろ凄いよね。
朔と八千代の回復を待つ間に、りっくんと啓吾が捜索の目星を立て凜人さんたちに救援を要請した。2人の手際の良さに、冬真と猪瀬くんは感嘆していたらしい。
覚醒した野生児2人は、無理を押して僕の搜索を始める。八千代はキャンピングカーで山中を暴走させた。ホテル付近に着いてからは、全速力で駆け回る野生児たち。それはもう、りっくんを置き去りにする程の勢いで。
そこから、僕を見つけるのに1時間以上もかかったと、朔は不甲斐なさを感じていた。
いやいや、いくらなんでも早すぎるよ。警察もびっくりのスピードだ。そう言ったけど、全然フォローにならなかったみたい。
建物から出た時にチラッと見たんだけど、僕が拉致られていたのは、かなり廃れた汚いラブホテルだったみたい。中は小綺麗だったけど、僕たち以外に客は居ないようだった。拉致監禁にはもってこいの場所だ。
キャンプ場から10kmくらい離れた場所にあるらしい。付近まではGPSで追えたのだが、ホテルから数十メートルの辺りで電波が途切れたのだとか。
それで、緊急の起動スイッチを連打しながら探し回っていた八千代と朔。2人のスピードになんとかついて行けたのはりっくんだけで、啓吾たちは凜人さんを案内する役に回った。
啓吾から連絡を受けた凜人さんたちは、尋常じゃないスピードで駆けつけてくれたみたい。だって、家からキャンプ場まで車で3時間くらいかかったんだもん。計算が合わないんだよね。
不思議に思って、凜人さんたちはどうやって短時間で来たのかと聞いたら、啓吾が遠い目をしながら『ヘリから飛び降りてきた』と、冗談みたいな事を言った。もう、言及するのはやめておこう。
皆の話を聞き終え、今度は僕が目覚めてからの事を話す。記憶が混濁していた事も、された事も全部。
話し始めて皆の表情が暗くなってきた時、夜の冷えた風が頬を撫でた。僕は、啓吾にお姫様抱っこをされたまま、プルッとしてキュッと身体が強ばってしまう。
「結人、寒い?」
僕の額に、頬を擦り寄せて聞く啓吾。僕の体温を確かめるかのように、ぎゅぅっと抱き締めてくれる。
「ううん、大丈夫」
啓吾は『そっか』と言いい、僕の目を真っ直ぐ見つめてニコッと笑う。でも、僕はすぐに逸らしてしまった。
そんな僕に、何も言わず何も聞かない啓吾。僕を心配した啓吾は、りっくんに毛布をかぶせるよう頼んでくれた。
僕を毛布で包み、満足気な啓吾。身体に残る感覚と記憶の所為で、僕が視線を合わせられない事に皆気づいているらしい。
「つぅかさ〜、さっきの結人、めっちゃカッコ良かったよ。あんな風に場野と朔止めれんの、マジで結人だけだかんね。やっぱすげーね、結人は」
皆の表情が険しい中、啓吾はいつも通りの飄々とした口調で話しかけてくれる。そして、僕を安心させる笑顔で、優しい言葉をくれるんだ。
啓吾の優しさに触れ、感極まった僕は毛布からにょきっと手を生やし、啓吾の首に腕を回して抱きつく。
「うぉっ··、結人?」
「啓吾 ぉ····啓吾 、啓吾····」
「はいはーい、啓吾くんだよ〜。大丈夫、ここに居るよ」
僕を受け止めてくれる啓吾。優しく包み込んでくれる啓吾。優しさで溢れている啓吾。
啓吾だけ、最後までどうにも思い出せなかったのが悔しかった。僕の愛情が足りていないのかな、なんて思ったりもした。
けど、そりゃそうだよね。彼らに、啓吾と重なる眩 さなんてなかったんだもん。
都合のいい解釈かもしれない。だけど、そう思うと啓吾の尊さが一層身に染みたんだ。
それを説明すると、啓吾は照れて笑った。
「げほっげほっ····お水ある?」
沢山喋ったからだろう、喉の痛みが増してきた。
「なぁ、さっきから思ってたんだけどさ、結人の声変じゃね? 喉痛い?」
啓吾の脇からひょこっと覗き込んできた冬真が、僕の前髪をさらっと指で流して言った。凄く心配してくれたのだろう。困り眉毛が物語っている。
そうだ。冬真と猪瀬くんを、とんでもない事に巻き込んでしまったんだ。けど、今謝ったら逆に怒られそうな気がする····。後でちゃんとお礼を言おう。
「ちょっと痛い。ズキズキって言うか、イガイガって言うか····」
僕は、少し掠れてきた声で答える。
「喉、無理やり開かれたんだろうね。可哀想に····。声が戻るまでは喉使わないから我慢ね」
冬真を押し退けて隣に来たりっくんが、僕の頬を指で撫でで言った。啓吾は僕に負担を掛けないよう、振動を最小限に押さえてゆっくり歩いてくれている。
日頃、皆がどれだけ僕を大切に扱ってくれているのか、好き放題に愛でる激しさの中に溢れる愛情がある事を改めて知る。まぁ、さっき散々思い知ったところなんだけどね。
僕は、覚えている事の続きをゆっくりぽつりぽつりと話した。りっくんに喉を心配されたけど、大丈夫だと言って聞いてもらう。
皆は何も言わず、時々、表情を歪めて込み上げる怒りを噛み殺し、最後まで黙って聞いてくれた。
話し終え、重い沈黙が続く。僕はそれを破り、八千代と朔に身体は大丈夫なのかと尋ねた。八千代は『あぁ』とだけ答え、僕を見ようとしない。
「俺は酷い怪我してねぇから大丈夫だ。場野の頭は、ちゃんと病院行ったほうがいいな。結人も、このまま病院行くから診てもらえ」
僕と八千代は、頭を強く殴られているのだ。当然の判断だろう。
朔の運転で、僕たちは場野家の息がかかった病院へ向かう。
あそこなら、ありのままの状況と症状を伝えても大丈夫なのだ。これまでも、何度かお世話になった事がある。
検査が終わり、八千代と僕は念のため一晩入院する事になった。
後の話は明日にして、今日はゆっくり身体を休めろと朔に言われた僕と八千代。八千代は、入院なんてと朔に言っていたが、僕を1人にしない為でもあると言われて納得していた。
朔たちはこれから、凜人さんたちと合流したりするのかな。と、気にはなったけれど、朔が聞くなって雰囲気を出していたから聞けなかった。
八千代と2人きり。皆が帰ってからというもの、さっきよりも重い沈黙が続く。
無言を貫く八千代に、何を話そうかと僕は戸惑っていた。するち、突然すくっと立ち上がり、思い詰めた表情で僕の前に立ったと思ったら、スッと手を上げる。
そして、緩い緩い平手打ちを食らった。
「今回はお前にも腹立ってんだよ」
突然の出来事に、僕は頬を押さえ唖然として八千代を見つめる。
「あん時『逃げろ』つったよな。なに俺なんか庇ってんだよ」
「だ、だって··、八千代を置いて逃げるなんて····」
宝物を置いて逃げるバカが、ドコに居るって言うんだ。そこまで言ってやりたかったけど、声が震えて上手く喋れない。
「自分 を犠牲にしてんじゃねぇってハナシしてんだよ」
「··っ、そんなのお互い様でしょ! 八千代だって、こんな酷い怪我、してるのに··暴れ回って····。僕、怒ってるんだからねっ」
反論しながら、色んな感情が込み上げてきてじんわりと涙が滲む。
「うるせぇ。ンな怪我たいしたことねぇわ。いつもお前のが傷ついてんだろ。のに··、なんだよあのトドメ。ぬりぃわ!」
「どうせ、僕は八千代たちみたいに強くないもん! でも、僕だって戦えるんだから··──んわぁっ」
僕の頭と肩をギュッと抱き締め、八千代はとても小さな声で言葉を落とす。
「バカかよ。お前はこ っ ち 側 来んじゃねぇよ」
「や、八千代だって··、僕の事になるとなりふり構わなくなるの、ホント、ダメだからね····」
僕は、八千代を抱き返してぐしぐしと泣いた。
ともだちにシェアしよう!