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強ゴリラのモチベ
匠真くんのリクエストで動物園に来た僕たち。入場チケットを買うため、朔と啓吾、真尋が多くの親子に交じって並んでいる。超がつくイケメン3人への注目度は凄いけど、注目され慣れているからなのか気にしていないみたいだ。
僕は匠真くんとしっかり手を繋ぎ、入園ゲート前で大人しく待っている。待っている間に、りっくんが目の前にあるカフェでサンドウィッチを買ってきてくれた。前に食べた美味しいやつだ。朝ごはんを食べそこねてお腹が空いてたから、めちゃくちゃありがたい。
僕が夢中で頬張っていると、匠真くんが僕の服をちょんちょんと引いた。
「ゆいくん、見て」
「ん?」
「ぞうさん」
壁に描かれているリアルな像を指さして言う匠真くん。
「ホントだ。ぞうさん、おっきぃね」
「ゆいぴが言うとチン····アソコに響いちゃうよ」
「言い直したところでだよ、りっくん。今日はそういうの絶対ダメだからね!」
「わ、わかってるよ~。あ、匠真くんあっち、キリンさんもいるよ~」
白々しく匠真くんに話を振るりっくん。僕が食べている間、匠真くんの話し相手をしてくれていた。
そこへ、八千代が合流した。駐車場が混んでいたから、1人残って空き待ちをしてくれていたのだ。そんな八千代へ、匠真くんが目を輝かせて言う。
「ゴリラの人! 強 いゴリラの人ぉ」
「あ?」
十中八九りっくんが吹き込んだんだ。まったく、余計な揉め事の種を撒くんだから。それはさて置き、八千代が5歳児相手に凄んでしまった。こんな威圧的な八千代に、匠真くんが耐えられるはずがない。
今にも泣きだしそうな匠真くん。僕とりっくんが慌てて対処しようとしたら、八千代が匠真くんをひょいっと抱き上げた。
「ふぇぇ····」
「うほ」
「ふぇ? ゴリラさん?」
「おう。強 ぇゴリラさんな」
涙の引っ込んだ匠真くんは、一転してキャッキャと喜んでいる。子供をあやしている八千代の姿なんて、琴華さんたちが見たら涙ぐんで喜びそうだな。
なんて、感慨深いなと思っていたんだけど、高い高いをしたままりっくんへ蹴りを入れている所は見せられないや。
そうこうしていたら、3人がチケットを買って戻ってきた。すると、匠真くんを肩車して歩き始めた八千代。僕たちは、それを見て呆然と立ち尽くす。
「おい、何やってんだよさっさと行くぞ」
八千代に急かされ後を追う。
「場野ってさ、あんなだけど面倒見はめっちゃいいよな」
「見た目とのギャップえぐいよね。ゆいぴのこともさ、献身的にお世話してるの初めて見た時脳バグったもん」
「場野は良いお父さんになりそうだな」
見慣れない八千代の姿に、皆も驚きを隠せないらしい。
(良いお父さん····か····)
僕は、ほんの少しだけ気落ちした。けれど、これは考えないと決めた事。すぐに顔を上げて前を見る。
「結人、来い」
振り向いた八千代が手を差し出している。僕は、その手を掴みに走った。
「こうやって歩いてたら親子みたいだね」
心を覆いかけていた黒い影。僕は自らそれを払うつもりで口にした。
「だな。1回くらいは悪くねぇな、こういうのも」
「1回だけ?」
「経験できたら充分だわ。毎日これじゃ、お前に構ってやれねぇだろ」
「んへへ、そうだね」
八千代へ笑顔を向けると、反対側の手をりっくんに奪われた。早くもヤキモチ発動だ。
「はたから見たら完璧親子なんですけど! 俺もお父さんやる」
「ハッ、匠真 が俺から離れねぇんじゃしょうがねぇよな」
八千代の髪を、痛くないのかなってくらいがっしりと掴んでいる匠真くん。手綱のように握り、八千代をあっちこっちへと誘導している。
「八千代 くん、あっち! かばさん!」
いつも物静かな匠真くんがはしゃいでいる。て言うか、今『八千代 くん』って言ったよね。まさか、5歳児にキレたりしないとは思うけど、僕たちは恐々と八千代の反応を窺う。
「八千代じゃねぇ、場野」
「ば····? わかった····ばにょきゅん」
一抹の不安を胸に見守っていた僕たちは、耐えきれず一斉に吹き出した。何の事やらわかっていない匠真くんは、早くかばソーンへ行きたいと急かす。けれど、皆は弄りたくて仕方がないみたいだ。
ぞろぞろと歩みを進めながら、それぞれに八千代へヤジを飛ばす。
「5歳児には『場野』って言いにくいんじゃない? ねぇ、ばにょきゅん」
「結人に似てんだから結人に呼ばれてるみたいなもんじゃねぇの? 心狭いよなぁ、ばにょきゅんは」
「うちの匠真がごめんねぇ、ばにょきゅん」
皆、クスクスと笑いながら言いたい放題だ。トドメに朔がやらかす。
「お前ら、後でどうなっても知らねぇぞ。ばにょが匠真くん降ろしたら──····あ」
素で言い間違えた朔。ゆらっと振り返った八千代は、恐ろしい鬼の形相をしていた。
「テメェら、後で覚悟しとけよ」
ドスを利かせる八千代。だが、 頭上では匠真くんが髪を握ってキョトンとしている。おかげで全然怖くない。むしろ可愛いと思ってしまうのは、流石に僕だけだろうか。
結局、匠真くんはお昼ご飯を食べるまで、八千代の肩から降りることはなかった。
「えらく懐かれたな」
「あぁ····まぁ、ガキっつぅのは強ぇ奴に惹かれんじゃねぇの?」
と、ドヤ顔で言う八千代。
「ゴリラだもんね、ばにょきゅんは」
「ゴリラは強いもんなぁ。ばにょきゅんさっすが~」
懲懲りずに揶揄うりっくんと啓吾。いつもより強めのげんこつを食らっていた。
昼食を食べ終えると、真尋が匠真くんをトイレに連れて行った。僕はデザートを食べながら待っていたんだけど、ある事を思い出す。2人は迷子の常習犯なのだ。
「真尋たち、遅くない?」
「そう言えばそうだね。俺、見てくるよ」
そう言って、りっくんが様子を見に行ってくれた。
なかなか戻らないりっくん。心配になって電話を掛けてみようかとスマホを取り出した時、園内放送のチャイムが鳴った。
──ピーンポーンパーンポーン
音階が上がっていくのと一緒に、心拍数も上がる気がした。
『迷子のお知らせをいたします──』
子供の年齢や服装が伝えられる。完全に匠真くんと一致しているじゃないか。
「なぁ、今のって匠真くんじゃね?」
「「だな」」
八千代と朔は勢いよく立ち上がる。早速、匠真くんを捜しに行くつもりらしい。
「ね、待って。りっくんと連絡とったほうが良くない?」
僕がそう言った直後、真尋の首根っこを捕まえたりっくんが戻ってきた。
「真尋 がゆいぴの盗撮した写真見返してる間に、匠真くん居なくなったんだって」
簡潔な説明でありがたい。真尋へのお説教は後回しにして、まずは匠真くんを捜さなくちゃ。
僕たちは三手に分かれて捜索を開始する。僕は八千代と近い場所から。
「えっと一番近いのは····」
匠真くんが好きなキリンだ。可能性は高い。僕と八千代は急ぎ足で向かう。けれど、そこに匠真くんの姿はなかった。他も見て回るが見当たらない。
途中、りっくんと朔に会ったけど2人も状況は同じ。反対周りで捜している啓吾にも、電話をして確かめてみた。けれど、やはり見つかっていない。僕たちの焦りは大きくなる一方だ。
とその時、八千代が声をあげた。
「居た」
走り出す八千代。人が居ないことを確認すると、低い柵を飛び越えていち早く匠真くんのもとに辿り着いた。
「お前、こんなトコで何やってんだよ」
「あ、ばにょくん! あのね、まーくん居なくなっちゃったから探してたの。でも見つかんなくてね、どこかわかんなくなっちゃって····ここなら、ばにょくん居るかなって思ってね、あっち見てたんだよ」
まーくんとは真尋のこと。匠真くんからすれば、迷子なのは真尋のほうなんだね。
そして、追いついた僕たちは、匠真くんが指した先を見て笑いをこらえるのに必死だった。だって、そこに居たのはゴリラだったんだもの。
遅れて駆けつけた啓吾と真尋なんて我慢せず笑うものだから、2人とも八千代に思いきりお尻を蹴られていた。
ひと騒動あったけれど、楽しかった動物園を後にして帰路につく。八千代が家まで送ると言うので、僕はつむちゃんに連絡をした。
ぶっきらぼうな八千代だけど、匠真くんを可愛いと思ったのだろう。僕に似ているからなのか、それは定かでないけれど。
車に乗った途端、眠ってしまった匠真くん。よっぽど疲れたのだろう。
「皆、今日はありがとね。匠真くんも楽しんでくれたみたいで良かった」
「こっちこそありがとうだよ。小さい頃のゆいぴ見てるみたいでさ、俺ホントに幸せだったから」
「莉久がそう言うから、俺も可愛いと思うようになった。今度は俺が父親役やりてぇな」
「俺もぉ! 結局ばにょきゅんにべったりだったもんな~」
「テメェ、まだ言うか」
八千代が運転しているからと、またおちょくる啓吾。本当に学習しないんだから。
家に着くとつむちゃんが前で待っていた。わざわざ、八千代が匠真くんを降ろしてつむちゃんへ引き渡す。名残惜しいのか、八千代は眠っている匠真くんの額をサラッと指で撫でた。
その横顔が、僕へ向けられるものに似ていて少しだけ妬けた。なんて、なんとなく悔しいから絶対に言わないけどね。
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