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急いでるんだから

「あらら、ぐっすりなのね。皆、今日は本当にありがとうございました」  匠真くんを抱えて、ペコっとお辞儀をするつむちゃん。 「小さい頃の結人そっくりらしいんで、俺らも楽しかったです。俺らでよかったら、またいつでも預かります」  丁寧にお辞儀を返す八千代。高校生の頃、先生にオラついてた面影はもうどこにもないや。 「あらあら、心強いわぁ」  僕は、今日一日匠真くんが楽しそうだった事を伝えた。そして、買い物をして帰りたいから行くねと言ったら、つむちゃんは不思議そうな顔をして聞いてきた。 「ねぇ····もしかして、これレンタカーじゃないの? じまさか、そのチャイルドシートってわざわざ買ってくれたの!?」 「はい。5歳ってチャイルドシートの着用義務ありますよね?」  さも当然と言いたげな朔。たとえ義務であっても、つむちゃんが言いたいのはそういう事じゃないと思うんだけどな。  今朝、僕は迎えに来てくれる途中だったりっくんへ、匠真くんを預かる事になったと伝えた。それをりっくんから知らされた朔は、ショッピングモールへ寄りチャイルドシートを装備してから迎えに来てくれたのだ。  今日乗っていたのは、冬真たちと遊びに行く時の為、朔が買って先日届いた8人乗りの車。真尋と匠真くんを乗せながら、早速役に立ったと笑顔を見せていた朔。チャイルドシートを選ぶ時も、朔は嬉しそうに目を輝かせていたのだろうと想像できる。  自分のした事が、誰かのためになるのが嬉しいのだろう。それは僕も同じだからよくわかるんだ。  驚き反応に困っているつむちゃんへ、いつもの事だからと僕が説明する。終始、満足そうな笑みを浮かべている朔。そんな朔を見て、つむちゃんは考えるのをやめたらしい。  僕がそろそろ行くねと言うと、つむちゃんは真尋に早く車から降りるよう促す。   「俺、今日帰んないよ。結にぃたちにお泊り誘われてんの」 「え?」  僕は驚き真尋の顔を見る。僕たちがいつ誘ったというのだろう。いや、誘うわけがないじゃないか。  だけど、僕たちが反応を見せる前に、強かな真尋は自ら車のドアを閉めてしまった。つむちゃんの返事すら聞かないんだから。  閉めきられた車内で、文句を浴びせる啓吾とりっくん。けれど、真尋は聞く耳持たずで大事そうに荷物を抱えている。匠真くんのモノだと思っていた大きな荷物は、どうやら真尋のお泊りセットだったようだ。  啓吾とりっくんが喚く中、真尋は勝手に窓を開けてつむちゃんへ笑顔を見せる。 「結にぃたちの新居、行くの楽しみにしてたんだ。帰ったら感想教えるね。じゃ!」  言いたい事だけを言って、またつむちゃんが返事する前に窓を閉めてしまった真尋。本気で泊まりに来るつもりなのだろうか。  再び閉めきられた車内では、またも啓吾とりっくんが喚いきだした。今度は八千代も参戦する。 「誰が泊まれつったよ。テキトー言ってんじゃねぇぞ。降りろ。帰れ」 「え~? そしたら母さんが変に思うんじゃない? もう遅いよ」  僕の身内であるつむちゃんからの印象を悪くしたくないのだろう。皆は押し黙ってしまった。  八千代は窓を開け、つむちゃんに『お預かりします』と言って会釈をした。愛想良く笑顔を浮かべたまま窓を閉めた直後、エンジンを掛ける音に負けないくらいの大きな舌打ちが聞こえた。見ると鬼の形相で歯を食いしばっている。 「や、八千代、ごめんね?」 「お前が謝る事じゃねぇだろ。真尋の図々しさのが上手だったっつぅだけの話だわ」 「でも····」 「そーそっ。真尋の図々しさは相変わらずだよねぇ。俺だったら遠慮しちゃうからマネできないよ」  八千代とりっくんの嫌味が止まない中、全てスルーして僕に話しかけてくる真尋。本当にメンタルが強いなと、朔が呆れつつも感心している。 「で、今回は何企んでるんだ? また俺らに交じってヤリたいとかだったら、今すぐここで降ろすぞ」  やっぱり、朔も怒っていたんだ。 「結にぃが嫌がる事はシないって、前に言ったでしょ」 「あんな口約束、誰も信用してないっつの」  啓吾が意地悪を言う。皆も同意見らしい。  そんな皆に、夕べあった事なんてとてもじゃないけど言えないや。そう思っていたのに。   「ま、昨日ちょっとだけ頂いちゃったけど」 「「「「はぁ!?」」」」  皆が声を揃える。八千代なんて、急ブレーキを踏んでしまった。 「んわぁっ」 「ちょっと! 危ないじゃんか!」  真尋が八千代に文句を言う。けれど、八千代は気にも留めず、僕の真後ろに座っていた真尋の胸倉を掴んだ。 「ヤッたんか?」 「こーっわ····挿れてはないよ」  八千代を煽るように答えた真尋。本当の事を言えばいいのに、何を考えているんだか。 「待って、八千代。えっちはシてないの、ホントだよ」  僕は、八千代の腕に手を添えて言う。 「ンなら、何シたんだよ」 「えっと····」 「ドコまで頂かれちゃったの? 結人、自分で言えるよな?」  啓吾が、最後部座席から前の座席に肘を掛けて言う。 「言えないなら、強引に口割らせちゃうよ」  僕か真尋、どっちに口を割らせるのか怖くて聞けない。皆が手荒な事をしてしまう前に、本当の事を言わなくちゃだよね。 「あ、あのね····」  僕は約束の事だけ伏せて、他を洗いざらい話した。と言っても、痣にキスをされた事だけなんだけどね。 「あっ····」  そう思ったけど、おはようのキスがよぎって咄嗟に唇を隠してしまった。 「キスされたの?」  目敏い啓吾が聞いてくる。 「さ、されちゃった····」  おはようのキスはスキンシップだとのたまう真尋。それを聞いた朔が、真尋をジトッと睨んで言う。 「そうか。なら明日の朝、起きたら俺ら全員とおはようのキスだな。キスだけで泣くくらいイかせて腰砕いてやろうか?」    朔がこんな冗談を言うなんで意外だ。余程怒っているのだろう。 「やだよ、気持ち悪い。結にぃ意外とキスなんてシたくないし触れ合うのもムリなんだけど」  と、本気で返す真尋。  真尋は、もしかしなくてもりっくんより重症だ。僕への想いを他の女の子で誤魔化そうとしていたりっくんと違って、真尋は僕以外で誤魔化す事ができないんだ。  真面目と言うか不器用と言うか、ここまで拗らせていると将来が心配になる。僕たちの中に入れなかったら、真尋はどうするつもりなのだろう。  いや、真尋はそんな心配なんて微塵もしてないんだよね。だって、いつかは僕たちの中に混じるか、僕を奪ってしまうつもりでいるんだから。  諦めないのは勝手だけど、中途半端な期待だけはさせないようにしたい。なんていう、僕の思いやりは結局、真尋に届かなかったわけだけど。 「ね、喧嘩は家帰ってからやんない? そろそろ買い出し行かないと、マジで間に合わないよ」  りっくんが、一旦この場を収めようと提案してくれる。そうだ、確かに時間が押しているんだった。  なんたって、今日は楽しみにしていた映画の放送日。ハムスターが主役らしい。だから、蕎麦とマロと一緒に観る予定なんだ。  急ぎ早に買い物を済ませ、夕飯にピザを買って帰宅する。時刻は19時47分。ギリギリ間に合った。  僕たちは、ちゃっちゃと準備をしてテレビの前に並ぶ。 「ねぇ、映画見る為に急いでたの?」 「そうだよ。あ、始まるからしぃー」 「んぐぅ··可愛いなぁもう····」  僕はポップコーンを抱き締め、啓吾の膝へ収まり映画に集中する。  けれど、始まって暫くしてから気がづいた。主役はハムスターではなくネズミだったのだ。  映画が終わり、僕は蕎麦を手に乗せて話しかける。マロは暴れん坊だから、ケージから出してあげられない。 「ごめんね、蕎麦、マロ。ハムスターじゃなくてネズミさんのお話だったよ」  背後で笑いをこらえている皆には、後でお説教だ。そう思った矢先、八千代が飲んでいたコーラをダンッとテーブルに置いて言う。   「ぅし、ンじゃケンカ再開といくか。真尋、覚悟はできてんだろうな」  不良の血が騒ぐのだろうか。とてもワクワクした顔をしている八千代。なんだか懐かしい。  僕は、蕎麦とマロを所定の場所に戻しがてら、その場から逃げ出した。

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