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結人の意地
12月に入り、寒さが少し厳しくなってきたある日の事だ。八千代とショッピングモールへ来ていた僕は、車で八千代に襲われている真っ最中。
もう時間が遅いし、人もほとんど居ない。だけど、まだ駐車場には車が点々と停まっている。それなのに、機嫌の悪い八千代はお構い無しに僕のナカを掻き回す。
「ごめ、なさい····やぁっ··ホントに、ね、ダメだよ、八千代。こんな所で····人が来ちゃ····んぁっ」
「うるせぇ。声出せねぇくらい奥エグんぞ」
「ひぅ····」
雄々しい八千代にキュンキュンが止まらない。それに、八千代がこうなってしまったのは、僕の所為だから強く抵抗できない····。
遡ること2時間前、りっくんと啓吾と課題の話をしている時、ふと気になって聞いてみたのが全ての始まりだった。
実習の話をしようとすると、どうにも話を逸らすし避けられているような気がしていた。上手くいかなかったのかなって思って、あの時は聞かないでおこうと思ったんだ。
だけど、やっぱり今になって言いたがらない理由が気になってきた。丁度、実習に関してのレポートだし、今しかないと思って聞いてみる。
「そういえばさ、2人とも言いたがらなかったから聞かなかったんだけどね、えっと····りっくんと啓吾は、実習どうだったの?」
「別にたいしたコトはなかったけど····聞いたら絶対妬くと思うんだよな~。それでも聞きたい?」
少し離れたところで聞いていた八千代が、焦らす啓吾にイラついてしまう。
「うぜぇな。お前がどこでどうなろうと知ったこっちゃねぇわ。さっさと吐け」
なぜだか、2人が何かをやらかした前提のようだ。啓吾は唇を尖らせて答える。
「結人は気にしちゃうんです~。まぁ、俺が悪さしたわけじゃないんだけどさ」
どうせ、女の子にモテたって話だろう。相手は幼稚園児だ。いくらなんでも妬かないよ。
と、僕は余裕を持って構えていた。
「あはは。ねぇ、妬かないから教えて?」
「言ったかんな? え~っと··俺ねぇ、女児にモテまくってたんだよね。摘んできた花とか砂で作ったケーキ持ってきてさ、5人くらいに告られた。あれは可愛いわ。お父さんがデレんの分かる」
たった数日で5人とは、予想よりも多い。けど、まだ許容範囲だ。だって、子供の行動力が凄い事は知ってるんだもん。
「そうだよね! 僕も瑠衣くんにプロポーズされた時は困っちゃったけどさ。子供って可愛くてきゅんきゅんしちゃうよね。やっぱり啓吾も子供好きだったん──」
呑気に自分の実習と重ねて懐かしんでいると、啓吾は僕の言葉を遮って、しれっと爆弾発言を投下した。
「あと、先生に連絡先教えられた。ママさんにも毎日囲まれちゃってさ。めっちゃ遠回しだけど誘われてたっぽいんだよね」
「えっ?」
「あ~··のさ、便乗しちゃうけど俺も先生たちから連絡先もらったんだよね。ママさんたちも勢い怖かったなぁ。連絡先なんてすぐに捨てたし、ゆいぴに誤解されたくなかったからあえて言わなかったんだけど····」
「えぇっ!?」
「なぁ結人、妬かないんだろ?」
困り眉で僕の反応を窺うりっくんとは反対に、啓吾はしたり顔で、僕の顎を指で持ち上げて言った。
「や····妬かないもん。妬いてないもん!」
僕はぷいっと顔を背け、ソファで寛いでいた八千代に駆け寄り、腕を抱えて立たせた。
「おい、なんなんだよ。そっちでやれって──」
「八千代、デートしよ」
「あ? ハッ··、いいぜ」
今度は八千代がしたり顔で啓吾たちを見る。
「ちょっ、なっ、えぇっ!? ゆいぴ、妬かないって言ったじゃん! ねぇぇぇデートなら俺としようよぉぉ」
「やだっ。て言うか妬いたんじゃないもん。アイス食べたいだけだもん! ちょっと買い物デート行くだけだもん。ねっ、八千代。早く行こ」
「フッ····しょーがねぇなぁ」
2人にドヤ顔を見せつけている八千代の手を引いて、僕はリビングを出た。
車に乗って数分。唇を尖らせたままの僕に、八千代は呆れた様子で言う。
「なぁ、いつまでキス待ちしてんだよ」
「むぅ······キス待ちなんかしてないもん」
そう言って、視線を窓の外へやる。すると、赤信号で停まった途端、僕の顎を持つなりグリンと回してキスをした八千代。
深く舌を絡めて、ちっとも息をさせてくれない。けれど、甘くて蕩けそうなほど気持ち良い。外から見られてないかな。なんて一瞬よぎるけど、見られてたっていいやと思える程度には頭がぼーっとしている。
信号が変わると唇を離した八千代。前方を見つめながら、僕を宥め始める。
「アイツらがモテんのなんか今更だろ。アイツらも相手してねぇだろうし、言ってもしょうがねぇだろ」
「別に、気にしてないもん」
嘘だ。しっかり妬いている。けど、妬かないって軽く言っちゃったから、妬いてるなんて言えないんだもん。
「っそ。ま、お前がデートに誘ってきたんは予想外の収穫だからいいけどな」
やたら機嫌の良い八千代。僕から誘うといつだってご機嫌なんだ。そんな八千代を見ていたら、少しだけ心が晴れる。
けど、まだ明るくお喋りする程は晴れていない。
しばらく沈黙が続く。僕が執拗くモヤモヤしている所為だ。
気を遣ってくれたのか、八千代がそれを静かに破る。
「お前がスルーしてたから聞かななかったけどよぅ····真尋のコト、結局どうなんだよ」
とても聞きづらそうに聞く八千代。本当は言わなきゃいけないことがある。それを察しているかのように、こんなタイミングで聞いてくるんだ。
「あ、あのね····実はあの日、起きたら真尋から連絡が来てたんだ」
「あ? 聞いてねぇぞ」
「えっと、ごめんね。内緒にするつもりとかじゃなかったんだけど、なんか言い出せなくて····」
「で、なんて?」
「······す、好きだよって····それだけ」
八千代は、大きな溜め息を吐いて呆れていた。僕だって、メッセージを見た時は開いた口が塞がらなかったよ。
真尋が何を考えているのかわからない。それは八千代たちも同じなのだろう。迫らないだとか困らせるような事はしないだなんて言っておきながら、定期的に想いは伝えてくる真尋。
いい加減慣れて流せるようになったけど、邪険にはできない僕の弱い所を突かれている気がするんだよね。本当にズル賢いと言うかなんと言うか、真尋だなぁって感じだ。
揃って呆れているうちに、ショッピングモールに着いた。
アイス屋さんでどれにするか選んでいると、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。冬真と猪瀬くんだ。
「お、今日は2人? てかこのクソ寒いのにアイスかよ。じゃぁ俺はねぇ~これ。おなしゃーっす」
なんて言って、僕よりも先に決めてしまった冬真。八千代にたかるつもりらしい。
「何当たり前に奢ってもらう気なんだよ」
猪瀬くんが慌てて冬真を止める。そんな2人を無視して、僕のが決まると注文をする八千代。サラッと冬真の分も頼んじゃった。
「で、お前はどれすんだよ。さっさと選べ」
「えっ、いいの?」
遠慮がちにシングルを選んだ猪瀬くん。八千代は勝手に追加して、盛り盛りのトリプルにしてしまった。
八千代のこういう所、好きだなぁ。と、僕が八千代に見惚れていると、冬真があるお願いをしてきた。
「あのさ、ちょっと結人に頼みたいことあんだけど、いい?」
「内容による」
即答する八千代。危険はないと前置きした冬真の話を聞くことにした。
内容は至って簡単。カフェでウェイトレスをするというものだ。冬真のバイト先で、明日欠員が出ていて困ってるんだとか。
「え、ウェイターじゃなくて?」
当然、気になるところ。聞けば、どうやら特殊なカフェらしい。
コンセプトカフェで店員は男性だけ。欠員というのが、男の娘メイドの人。それで、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
「駿は可愛いけどタッパ的に厳しいんだよね。小柄で可愛くなかったらダメだって店長がゴネててさ。客は女ばっかだし、危なくはないはずだからさ····頼めねぇ?」
またも即答しようと、コーヒーの紙コップから口を外す八千代。僕は、それより先に答える。
「いいよ」
「はぁ!?」
八千代が僕を睨む。けど、怖くないもん。
「こんな好条件なバイトないじゃない。僕だってバイトしてみたいし。それに、冬真たちにはいっぱいお世話になってるでしょ。僕で役に立てるんなら助けてあげたいんだ」
僕は、任せなさいと言わんばかりに、鼻を鳴らして引き受けた。明日の午前10時、駅前で待ち合わせる事にして、冬真は八千代がキレる前に猪瀬くんを連れてさっさと帰ってしまった。
怒った八千代は駐車場に着くや、荷物と僕を後部座席に放り込んでドアを閉めた。乱暴なキスでトロトロにされてしまった僕は、何度も『ごめんなさい』と謝る。
謝ったところで何も変わらない現状に苛立つ八千代。コートを運転席と助手席の間に掛けて目隠しを作り、僕を四つ這いにして犯し始めた。
こうして冒頭に至ったわけだ。
少し気が収まるまで僕を犯した八千代は、一言も話さないまま家まで車を走らせた。そして、僕と荷物を抱えて車から運んできた不機嫌全開な八千代は、荷物をキッチンに、僕をソファへ投げ置く。
皆は驚いて、八千代へ野次を飛ばす。それを無視して、八千代が事のあらましを皆に説明した。
「バイトぉぉ!?」
僕を守るように抱きかかえていたりっくんが、耳元で絶叫する。耳がキーンってしてて、その後何を言ったのかよく聞こえなかったけど、とりあえず満場一致で反対らしい。
たった一日、それも数時間、カフェで珈琲をテーブルに届けるだけって聞いてるんだけどな。
「もう引き受けちゃったから行くもん。止めたってムダだからね!」
抱えていたモヤモヤを、こんな形で発散するのはどうかと思う。だけど、冬真の助けになりたいと思う気持ちも嘘じゃない。
夜中まで犯されながらお説教と説得をされたけど、僕は意思を曲げなかった。こうなったら意地だ。
バイトをやり遂げれば、皆も少しは僕のことを認めてくれるだろう。いつまでも何もできないままじゃないんだって、バイトを難なく終えて証明してやるんだ。
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