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ハプニングだらけのバイト
「そんじゃ改めまして。俺は中田 海星 ね」
初めに反応を見せてくれた、執事の格好をしている黒髪ウルフの人だ。モデルさんみたいにスラッとしていてカッコイイ。
僕の手をサラッと握り、軽く──割としっかりめに握手を交わした。その手を離してもらえないまま、もう1人のイケメンさんが自己紹介をしてくれる。
「俺は田中 良太 。よろしくね」
良太くんは淡いピンク色のツーブロマッシュで、おっとりしてそうだけど少し早口な人。優しそうな雰囲気で浴衣が凄く似合っている。なんだか、桜の花みたいに綺麗な美人さんだ。
でも、田中くんと中田くんだなんて間違えちゃいそうだな。なんて不安に思っていたら、良太くんがそっと僕に近づいてきた。
前屈みになって顔を覗き込み、目線を合わせて話しかけてくれる。本当にお花の香りがして、ちょっとだけドキッとしてしまった。
「田中と中田、ややこしいよね。海星と良太でいいよ。あと、敬語もなしで。僕たちみんな、同い年だから」
ふわっと優しく微笑んで、僕の手をそっと取り、握手をしてくれた。両手にイケメンさんだ。
「いつまで手握ってんだよ。仕事教えっから離せっつの」
冬真は、後ろから僕の肩を持って引き寄せた。その拍子に2人の手を離してしまう。
「なんだよ冬真、ヤキモチ?」
「違うっつの。言っとっけど結人、既婚者だかんね」
「「えぇ!?」」
驚く海星くんと良太くん。僕は慌てて、冬真の言葉足らずな説明に補足する。
けど、それはそれで驚かせてしまったようだ。
「え〜、聞いてるだけだとビッ····」
ビッチと言いかけた海星くんの口を、良太くんが平手打ちする勢いで塞いだ。
「そりゃ、こんなに可愛かったらそうなっても不思議じゃないよね。わかるなぁ····結人くんって、1回ハマったら抜け出せなくなりそうだもんね」
そう言って僕に微笑みかける良太くん。背筋をゾワッと駆け抜けた危険信号に、僕は首を傾げた。全然悪い人には見えないのにな。
「はーい、自己紹介お終いね。結人、仕事教えっからこっちおいで」
僕の肩を抱いてキッチンへ案内してくれる冬真。僕は、良太くんのことが気になって振り返る。
すると、良太くんはヒラヒラ手を振ってくれた。僕の勘違いだったのかもしれないな。そう思い、僕は仕事に集中することにした。
ドリンクとフードメニューのレシピに加えて、それぞれに応じたセリフを覚えなくちゃいけない。
(わぁ····メニューやキャラごとにセリフが違うんだ。覚えられるかな····)
ちゃんとキャラになりきって言う難しさもあって、目が回りそうなくらいテンパってしまう。
「結人、間違っても大丈夫だから緊張しなくていいよ」
お客さんの大半は常連さんだから、僕が新人だって事に気づいてくれるだろうと言う冬真。だけど、新人だからってミスを連発して許されるというものでもない。
僕は、助っ人として役目を果たせるよう頑張らなくちゃいけないんだ。そう意気込んでいると、海星くんが来て『サポートするからもっとリラックスしてね』と声をかけてくれた。
優しい人ばかりで緊張がほぐれてきたんだから、お仕事のほうも上手くいくはず。僕は、ドジだけはしないようにと気合いを入れ直した。
開店すると、一気にお客さんが流れ込んでくる。一瞬で満席になってしまった。それだけで僕はパニックになってしまう。
「結人くん、こっちのドリンク1番卓ね。セリフ、大丈夫?」
優しく聞いてくれる良太くん。心配そうに僕を見ているけど、僕はその倍くらい自分が心配だ。
「ひゃ、ひゃい!」
「言ってみて」
「えっと····お嬢様、お待たせしました。爽やか甘酸っぱい、パインとメロンのソーダです。底のパインシロップ、僕が混ぜ混ぜしましょうか?」
「よし、可愛いよ。それじゃ行ってらっしゃい」
初めてのご奉仕はやっぱり緊張する。僕は、震える手でドリンクを置き、震える声で噛みながらセリフを言った。
可愛いと言ってくれたお客さんが天使に見えたよ。
続いて2番卓へドリンクを運ぶ。トレーに4つもドリンクを乗せているから、こぼさないように丁寧に慌てないように慎重にゆっくり歩く。
2番卓に着き、お客さんの顔を見る余裕もなくセリフを言った。すると──
「お嬢様じゃないんだけどな〜」
聞き慣れた声。バッと顔を上げて確認する。
「けっ、啓吾!? わわっ!」
驚いてバランスを崩してしまった。
「わっ、あっぶな〜····」
通路側に座っている朔とりっくんが、咄嗟に支えてくれて事なきを得た。
「な、なんで来ちゃったの? 1人で大丈夫だって言ったでしょ。もう! ほら、すっごく見られてるよ。目立つんだから来ないでよぉ····」
僕は小声で皆を問い詰める。
「俺たちが来たら····嫌だった?」
ドリンクを配り終えたりっくんが、しょぼんとした顔で僕を見上げて言う。本当に狡いんだから。
「んぐっ····い、嫌とかじゃなくってぇ······」
「よかった♡ 邪魔はしないからさ、俺たちのことは気にしないでお仕事頑張ってね、ゆいぴ♡」
ぐぬぬって顔を抑えきれず、僕は踵を返して足早にキッチンへ戻った。
「やっぱアイツら来てんね。結人も大変だな〜」
「え、なになに? 彼氏来てんの?」
興味津々に聞く海星くん。冬真が『アレ』と言って指をさす。
「うーっわ、レベルたっか。え〜アレは勝てそうにないわ〜」
「勝つ気だったの?」
ぬらっと海星くんの背後に立つ良太くん。
「ひぇっ····そそっ、そんなわけないじゃん! ほら、えっと、言葉のアヤみたいな?」
「へぇ、そう。でも、そうだね。アレはハイレベルすぎて太刀打ちできそうにないね」
2人が何の話をしているのかはよく分からない。冬真が気にしなくていいというので、僕はひたすら商品をお客さんのもとへ運び続けた。
「お、お待たせしました」
「あれ? ちーくんじゃないんだ」
こう言われるのは何度目だろう。ちーくんとは、僕が代わりをしているこの店の看板メイドこと、智夏 くんのことらしい。
「えっと、今日はお休みなので、僕が変わりにご奉仕させていただきますね。お嬢様方、ごゆっくりどうぞ」
お客さんは本当に女性ばかり。冬真たちはお客さんをたくさんドキドキさせていて凄いや。
僕なんて、まだドリンクをこぼさないように運ぶだけで精一杯なのに。そもそも僕がお客さんをドキドキさせることなんてできるのかな。
そんな事を考えていると、冬真がキッチンから僕を呼んだ。
「なに?」
「これ4番卓なんだけど、客がちょっとめんどくてさ。ヤバいと思ったら無視していいから戻っといでね」
この店では、テーブルの番号によって担当が決まっている。メイドの僕は1番卓から5番卓まで。そこがメイド希望専用の席なのだ。
そして、4番卓のお客さんというが2人組のおじさん。智夏くんも手を焼いている、出禁ギリギリのお客さんらしい。
「ヤバいって、どうヤバいの?」
「明らかエロい目で見てくんの。触ったりはしてこねぇと思うから、アイツらが暴れることもないと思うんだけど······」
冬真は、皆が鎮座している2番卓をチラリと見て言った。
「わかった。行ってくるね」
緊張と不安を抱え、僕は震える手でドリンクとパフェを運ぶ。
「お待たせしました」
セリフを言ってドリンクとパフェを置く。倒さないように気をつけて置いていると、お客さん同士でアイコンタクトを撮っているような気がした。変な空気が気になったけど、正直それどころじゃない。
パフェには、目の前でチョコソースをかけるパフォーマンスつきなんだ。失敗しないように気をつけなくちゃ。
と、張り切ってかけようとしたら、お客さんの1人が紙ナプキンを落としてしまった。
「あっ····」
「あぁ、ごめんね。自分で拾うから大丈夫だよ。チョコソース、たっぷりでお願いします」
そう言って、お客さんは通路側に身を乗り出して自ら拾う。
(う、わぁー····スカートの中、見られてるっぽいな。なんかヤだな····わわっ、スカートに肩引っかかっちゃってるよぉ。どうしよ、捲れちゃう····)
その光景を見ていたりっくんが、ガタッと物音を立てた。僕は慌てて目配せをして、大丈夫じゃないけど大丈夫だよと伝える。
「うわわわわっ! パンティ、女の子パンティ! はわ〜♡ しかしぷっくりおちんちんで男子だと判明!!」
「え?」
とても小声なうえに超早口で、僕にはそう聞こえた。耳を疑うような内容に僕がキョトンとしていると、その人は起き上がる時さりげなくスカートの中に触れた。僕の太腿を、すぅっと撫でたんだ。
「ひぁぁっ!? やぁっ····」
ぞわっとしてトレーを落としてしまった。と同時に、りっくんが立ち上がる。
これはかなりマズい状況だ。
けれど、それを見ていた店長が颯爽と現れた。そして、問題のお客さんをあっという間に追い出し、店先で大声を張り上げて出禁宣言をした。
店長のおかげで、りっくんたちが暴れることもなく、店内は拍手喝采で盛り上がっていた。どうやら、かなり嫌われ者のお客さんだったらしい。
僕は店長にお礼を言う。スタッフを守るのが仕事だからと、カッコイイことを言う店長。さっきと同一人物なのだろうかと疑問が浮かぶ。
さらに、お騒がせしたから他のお客さんにお詫びのドリンクを配るよう言われた。やっぱり別人なのかもしれない。そう思ってしまうくらいカッコイイや。
そして、順番にドリンクを配っていくと、お客さんたちから励ましの言葉をもらった。すごく心が温まる。
最後に皆が待つテーブルへドリンクを届けたのだが、ここが1番厄介なことを僕は失念していた。
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