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怖いんじゃなくてカッコイイんだけどな
皆が待つ2番卓へドリンクを届ける。怒ってないといいんだけどな。
テーブルに着くと、りっくんが見るからにソワソワしていた。色々言いたそうにしているけど、どれから言おうかって顔で僕を見つめてくる。
「ゆいぴ、大丈夫だった? 帰ったら消毒してあげるからそのまま帰っておいでね」
迷った結果、飛び出した言葉がこれだもんな。りっくんらしいや。
「大丈夫だけど、制服だから返さないとだよ、りっくん」
りっくんは『そっか〜』と項垂れてしまった。本気で言ってたんだろうな。そう思うと、心臓がキュッてなるくらい可愛い。
そんなりっくんに、コスプレなら家にいくらかあるだろうと言って宥める朔。どうやら、メイド服だけでも数種類あるらしい。
そんなにあるんだね。そっか、今夜はそれを着せられるのかな······。
「それにしても、あの店長カッコよかったな。あれなら安心して結人を預けられる」
そう言って、りっくんと一緒にドリンクを配ってくれる朔。僕は両手でしっかりとトレーを持って支える。
「つっても今日だけだかんな。····チッ、やっぱ危ねぇじゃねぇかよ」
八千代は相変わらず不機嫌なまま。僕の顔を見て、また不機嫌そうに唇を尖らせた。
「ちゃんとわかってるよ。ごめんね」
「ゆいぴが謝ることないんだよ。悪いのは下衆モブなんだから!」
不逞の輩をモブと呼ぶりっくん。困り眉だけど、かなりお怒りみたいだ。怒ったりっくんは相変わらず口の悪さが出る。
「場野くんしつこ〜い。せっかく結人が頑張ってんだから応援してやれよな」
「あ゙ぁ゙?」
「場野はガキだからしょうがないだろ。結人、俺は応援してるからな。この後も怪我しないように頑張れよ」
素敵な王子スマイルを炸裂する朔。周囲から小さな歓声が聞こえた。
「テメェら····」
どうして皆、いつも八千代を煽るのだろう。暴れることはないだろうけど、凄く機嫌が悪くなるのに。
これでもかってくらい眉間に皺を寄せている八千代を見ると、思わず抱き締めたくなる。できない今、もどかしさで足をバタバタさせたくなっちゃうんだよね。
それはそうと、朔に言わなきゃいけないことがあったんだ。思い出した僕は、空になったトレーで顔を半分ほど隠して言う。
「あ、あのね、朔がくれたアドバイスのおかげでね、ちゃんとメイドさんになりきって頑張れてるよ。ホントにありがと♡」
朔は真面目にアドバイスしてくれたんだもん。下着の所為で触られたかもしれないという事だけは、口が裂けても言えない。
僕は、熱くなった顔を見られまいと俯いて隠す。けれど、はにかむ朔の股間へ視線を落としてしまい、あるモノの出現に目を丸くして驚いた。
「ね、ねぇ、朔。こんな所でおちんちん大きくしちゃダメだよ」
僕は慌てて朔に耳打ちする。
「わりぃ。けど····下着、アレ履いてるんだって思ったら余計に可愛く見えちまったんだからしょうだねぇだろ。フッ··、早く抱きてぇな」
テーブルに肘をつき僕の髪を耳へ掛けながら、柔らかい王子スマイルでとんでもないことを言う朔。いつもより低めのトーンで静かにやらしいことを言うものだから、お尻がキュンとしてしまう。
そう言えば、僕がレースの下着なことは朔しか知らないはずだよね。ということは、今の発言はマズいんじゃないかな。
あぁ、嫌な予感がするなぁ····。
「ねぇ、アレって何? ちょっと朔、ゆいぴに何履かせたの?」
朔に詰め寄るりっくん。騒ぐのだけは本当に勘弁してほしいんだけどな。
「えっとね、りっくん落ち着いて? たいした事じゃないから····ってちょっと!?」
りっくんは、ストローのゴミをこれみよがしにワザと落とし、拾うフリをしてスカートの中を覗き込む。さっき自分が“下衆モブ”と蔑んだ相手と同じ事をしてるんだけど、わかってるのかな。
「あっはは! 莉久····お前さぁ、さっきディスってた奴と同じコトしてんじゃん。ウケる〜」
「う、煩いバカ啓吾! ゆいぴの安全確保のために正確な情報が要るだろ。でも教えてくれないんだから見るしかないじゃん」
「バカかよ。普通に捲りゃいいだろうが」
そう言って、八千代が朔の前に身を乗り出してスカートをぴらっと捲った。
「やっ、八千代のばかぁぁ!」
僕はスカートをバッと押さえデシャップへ駆け込んだ。見られたかな? 見られたよね?
えっちのときに見られるのとは、全然違う恥ずかしさが込み上げた。
デシャップでは冬真と海星くんが僕を迎えてくれて、事情を聞くと慰めてくれた。
「嫉妬深い彼氏を持つと大変だね」
接客を終えて戻った良太くんが、一部始終を見たと言って労ってくれる。
「ぱ、パンツも見られちゃったよぉ! なんであんな所でスカート捲るの!? 八千代のばかぁ!」
僕は冬真の服にしがみついて文句を言う。すると、3人が僕の背後を見上げて固まってしまった。
「バカで悪かったな」
振り返ると、八千代がキッチンの出入り口を塞ぎ、襲い掛かる熊みたいに僕の背後に立っていた。
「ひぇっ····」
息を呑んで僕も固まる。けれど、八千代の顔を見ると怒っているわけはないとわかった。バツが悪そうに、照れくさそうな顔をしているんだもの。
スカートを捲った事を皆に責められ、わざわざ謝りに来たらしい。いつものように『悪かったな』と、謝られている気がしないぶっきらぼうな謝り方に、僕はふふっと笑ってしまった。
そして、八千代は僕の頭をふわっと撫で、スタッフの皆さんに向けて言う。
「コイツ、ドジばっかだと思うけど一生懸命働くんで、よろしくお願いします」
そう言って、軽く頭を下げて席へ戻っていった。僕は、撫でられた所を両手で覆い、八千代が席に着くまで見蕩れていた。
「何アレ、彼氏クソかっこいいじゃん」
海星くんがポカンとしたまま言う。
「アレはどう頑張っても勝てそうにないね、俺も海星も」
「アイツらに勝つとか無理だよ。つか良太もやる気だったんだ」
まったく冬真は、どの口が言ってるんだか。
「やる気ってほどではなかったんだけどね。ちょっと揶揄おうかなってくらいに思ってたんだけど····危なそうだからやめておくよ」
「は? お前のその手癖の悪ささ、いい加減にしないと俺マジで──」
ムスッとした海星くんの唇に、人差し指を当てて黙らせた良太くん。笑顔で反論を始める。
「煩いよ、海星。僕のする事に文句言わない約束でしょ? そういう海星だって、悪さばっかりするんだからお あ い こ だよね」
ニコッと笑った良太くんは高圧的で、ほんのり怒っているようだった。この2人の関係って····と、気になるけど深入りはしないでおこう。
冬真は呆れた様子で『仕事しようぜ』と嘆く。まだまだ大忙しなのだ。くっちゃべっている暇はない。
ドジをしないよう気をつけながら、僕は必死でお仕事に励んだ。
16時になり件の智夏くんが出勤したので、僕は役目を終えてあがる。
「遅くなってごめんね。用事が長引いちゃってさ。あれ? もしかして君がボクの代わりに入ってくれた子? わぁ、可愛いね〜」
マシンガンの様に言葉を並べていくけれど、雰囲気はとてもおっとりした子で、僕なんかメじゃないくらい可愛い。僕より数センチだけ背が高くて、普段から趣味で女装をしている、所謂オトコの娘というやつだ。
軽く自己紹介をしたら、LINEのIDを交換しようと言われてあっという間にお友達になってしまった。脅威のコミュ力に、僕は言われるがままだった。
「僕のコトはちーって呼んでね。そうだ、今度一緒に服見に行かない? 趣味の合う子がいなくてさ、結人くんみたいな可愛い子と一緒に行けたらすっごく楽しそうだなって。ねぇ、ダメ?」
きゅるんと甘える仕草があまりに可愛くて、男の子だとわかっていてもキュントとしてしまう。
「うっ····だ、ダメじゃ──」
「ダーメ。結人、流されんなよ。ちー、コイツは別にオトコの娘じゃねぇの。あと、めっちゃ怖い彼氏いるからソイツらの許可ないとマジで危ないよ。それと、こう見えて結人のが年上だから」
「「え? えぇっ!?」」
声が揃ってしまった。てっきり、皆同い年だと思ってたんだけど、ちーくんはまだ高校生らしい。
ちーくんは、色々知ると慌てて謝ってくれた。本当にいい子みたいだ。
皆に紹介して、今度遊びに行ってもいいか聞いてみよう。
僕は店長さんたちに挨拶をして、迎えに来たというかずっと待ってくれていた皆と一緒に帰宅した。
ハプニングだらけだったけど楽しくて、貴重な経験ができたと僕は満足している。もしもまた頼まれたらやってみたいな。なんて、心配しすぎて胃が痛い皆には言えないや。
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