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皆の背中が大きいんだよ
八千代とりっくんの寒がりが日に日に悪化している12月も半ば。僕は啓吾と2人で買い物に来ている。
「どれがいいかなぁ」
「あ、それとか好きそうじゃねぇ?」
「ホントだ! 流石だね、啓吾」
「だろぉ? へへっ、んじゃあとは色選んじゃって」
「うん!」
来たる日に向けてプレゼントを選ぶ。今年はマフラーにするんだ。だって、可哀想なくらい毎日震えてるんだもん。
両端に飾りの付いていないシンプルな形で、黒と青のグラデーションが綺麗だったからそれにした。クールな八千代に似合うだろう。
思いのほか、早くイイ物が見つかったので啓吾とカフェに寄った。新作のラテを飲みたいんだけど、2種類あってどっちにしようか迷う。
「うーん····」
「新作じゃねぇの?」
「そうなんだけど、どっちにしようか迷ってて····」
「あ〜、なるほど。んじゃ両方頼めば?」
「それだとお小遣いがなぁ····」
「そっかそっかぁ」
腕を組んで納得していた啓吾が、財布と睨めっこする僕の頭をグリグリ撫でる。慰めてくれているのだろうか。
僕は、八千代と朔から毎月お小遣いを貰っている。引っ越した翌月、合わせたら重役の月給みたいな額をくれようとした2人に、僕は少額でいいんだとお説教をしたのが懐かしいや。
そもそも、僕が自分で稼がなきゃいけないんだ。けど、バイトをさせてもらえない代わりに、家のことをした報酬としていくらか貰うという折衷案に至った。それだって、僕にできるのは皆の仕事を増やさないことで、未だに皆のお手伝い程度しかできていない。それもこれも僕がドジなばっかりに····。
そういえば、これについて3日間話し合ったっけ。お互い譲らないから、すごく時間がかかったんだよね。
そして、そのお小遣いは皆へのプレゼントを買うために貯金している。クリスマスだってあるんだから、新作を両方飲むなんて贅沢、してる場合じゃないんだ。
「じゃぁ結人こっちな。俺こっち〜。半分こしようぜ」
「いいの!?」
啓吾はあまり奢るということはしない。バイトで稼いだお金は、必要分を除いて全額家に入れているようなのだ。りっくんも同じく。
金銭感覚の近い啓吾やりっくんと買い物に来ると、こうして分けっこをすることが多い。これが八千代と朔なら、飲み食いし放題コースになっていただろう。
僕のお腹は満足するんだけど、やっぱり申し訳なさが勝つんだよね。2人はいい加減慣れろって言うけど、まだまだ慣れる気はしない。
「ったり前だろ。俺も両方飲んでみたかったし」
ニカッと眩しい笑みをひとつ、啓吾は僕に向けてくれる。それを見た周囲の人は、やはり色めき立つ。
大学生になって、大人になって、落ち着きを得ると同時に色気も増した啓吾。4人の中で誰よりも子供っぽかったはずなのに、僕を置いてどんどん大人になっていく。
そんな中で、こういう無邪気さの残る笑顔に安心する。
「啓吾、あっちの席空いてるよ」
「おー、マジだ。そんじゃ俺受け取って持ってくからさ、結人は席取っててよ」
「わかった」
啓吾をカウンターに残し、僕は指示された通り空いている席で座って待つ。
時々僕を確認しては、ひらひら手を振ってくれる。あれは女よけなんだと、同じ手を使うりっくんが教えてくれた。僕の安全確認もできて一石二鳥なんだって。モテ男はこういう手法も持ち合わせてるんだね。
暫くして、啓吾がラテを持ってきてくれた。なぜだかトレーにはおやつが乗っている。
「何か追加したの?」
「美味そうな桃のケーキと苺のケーキあったから買っちった♡ これも半分こずつしようぜ」
飲み食いし放題じゃないけれど、こうやって僕のお腹を喜ばせてくれるんだよね。結局、啓吾とりっくんも甘々なんだから。
これを愛だと割り切って、こういう時は素直に喜ぶの最善なんだ。だって僕が喜べば、皆も笑顔になってくれるんだもの。気を遣いすぎるのもよくないんだよね。
「やったー♡ ありがと、啓吾」
ケーキが楽しみな気持ちと啓吾へ感謝を込めて、僕は満面の笑みでお礼を言った。啓吾は、満足そうな顔で「どういたしまして」と言う。
ケーキを食べ終えると、啓吾は一息つき感慨に耽って言葉を落とす。
「いよいよ来週解禁なんだよな。俺の誕生日から半年以上よ? マジで長かった〜」
「そうだね。でも、言い出したの啓吾だよ?」
「····そうだっけ?」
「あはは、そうだよ」
そう、僕たちには、ある日まで禁止にしていたことがある。それが間もなく解禁されるのだ。
僕だって楽しみにしている。当日は、琴華さんのお店で焼肉パーティをする予定だ。今からお腹を空かせておきたいくらいだよ。
そして、あっという間に12月23日がきた。八千代の誕生日前日だ。
例の如く、お誕生日様が中心となって好き放題に犯される。けれど、日付が変わる直前には一度解放され、プレゼント渡す暇を与えられるのだ。
僕はヘロヘロでベッドから転げ落ち、隠していたプレゼントを取りに行く。
「お前なぁ、転がり落ちんのやめろつってんだろ」
「だ、だって、立てないから····って、八千代がいっぱいするから、足に力入んないだよ? 八千代せいだもん」
「ゆいぴが毎回転げ落ちるからクッション設置したんだけど、どう? 落ち心地は」
「痛くなかった! これだったら自分で取りに行けるよ。ありがと、りっくん」
「ン゙ッフ、えっちなニコニコ笑顔が眩しくて可愛いぃぃぃ♡」
りっくんが悶えている。自分を抱き締めてぐねぐねしてるのは面白いけど、やっぱり気持ち悪いしちょっと煩いや。
啓吾は、不満そうに頭の後ろで手を組みブーブー言い始める。
「あんなヨロヨロで落ちなくてもさぁ、言ってくれたら取んのにな。毎回ヒヤヒヤすんだけど」
「それはそうだな。けど、結人は取って渡すところまで自分でやりたいんだろ。可愛いじゃねぇか」
それぞれに思うことはあるらしいが、あくまで僕の気持ちを尊重してくれる。本当に優しいんだから。
と、それは置いておいて。僕はプレゼントを持って八千代のもとへヨタヨタ戻る。
「八千代、誕生日おめでとう。やっと同い年だ♡」
「ん、さんきゅな。同い年····か。俺らん中じゃガキツートップが最速誕生日だもんな。ウケるわ」
プレゼントの包みを開封しながら言う八千代。穏やかな笑顔で、なんて売り言葉を零すんだ。
「え、喧嘩売ってるの? 僕だってもう大人なんだから····ね······」
高校生の頃から変わっていない自分と、どんどん変わっていく皆の背中がよぎって視線を落とした。
「どした? マジにヘコんだんか? おい、結人?」
「うん。マジにヘコんだ。中身も見た目も、僕だけ成長してないなって」
「またそれかよ〜。確かに外見はあんま変わんねぇけどさ、中身めっちゃ成長してるくない?」
「どこが?」
啓吾の軽口に、少しムッとして言葉を返す。すると、啓吾は真面目な顔で答えてくれた。
「すっげぇ強くなってんじゃん。自覚ねぇから俺らん中じゃ1番折れやすいけど、結人が一番メンタル強ぇかんね?」
「そうそ。ゆいぴって意外と昔からメンタルお化けなんだよね」
「つぅかよぅ····」
八千代が僕を引き寄せて押し倒した。そして、下腹部に熱く大きな手を乗せる。
「こんナカは俺ら専用に変わってんだろ?」
「俺のを全部飲み込めるもんな。結人にしかできねぇみたいだぞ」
優しく微笑む朔が、おちんちんを扱いて見せつけてくる。
「それって成長なの?」
「成長かは分かんねぇけど、お前が俺らの為に変わったトコなんじゃねぇの? そんだけじゃ嫌か?」
「嫌じゃない····けど、僕ももっと皆に追いつきたいよ」
僕はいつだって皆の背中を見つめているだけ。それじゃ対等だなんて言えない。
「お前は····っとにめんどくせぇな」
八千代の言葉に身が強ばる。やっぱり、僕って面倒臭いよね。
「お前がどうやったら納得すんのか知んねぇけどな、お前がいなかったら俺はこんなまともな生活できてねぇんだよ、100パーな。こいつらもそうだろ」
八千代が親指で皆を指して言う。皆はその言葉に続いて、僕を宥めてくれる。
「だな。俺はまともに人と関われねぇままだっただろうな」
「俺はずっとあの家で····ま、イライラしてたんだろうな〜」
「俺なんて最悪ゆいぴ監禁して犯罪者コースだったかもだよ?」
「莉久のはシャレになんねぇっつの」
啓吾がりっくんの背中をパシパシ叩いて笑う。
いつも同じことを繰り返しては、こうして慰めてもらう。もう何度目だろう。いつだって変わらず、皆の想いは空気に乗って伝わってくる。
変わるものもあれば変わらないものもある。それは分かっている。けれど、皆に置いていかれているような気がして、焦りばかりが募っていく。ここ最近は特に。
俯く僕の顎を、指でクイと持ち上げる八千代。僕を見つめる瞳は、何よりも愛おしいものを見るように輝いて見えた。
言葉を選んでいるような沈黙が妙に心地良いのは、八千代のこの優しい瞳の所為だろう。
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