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騒々しい人たち
堂々と胸を張っている嵩原さん。その瞳はまっすぐ香上くんを見つめていた。手は僕の肩にあるけど。
王子の不意打ちに、僕だけでなく香上くんも呆然としている。けれど、啓吾とりっくんは驚いていないようだ。
「ちょっと、いつまでゆいぴに触ってんの?」
りっくんが嵩原さんの手を払う。嵩原さんは一瞬、不満そうに眉を潜めた。だけど、軽い口調で『ごめんごめん』と言ってすぐに笑顔を戻す。
なんだか、見てはいけない顔を見てしまったような気がして、僕はパッと目を逸らした。
「あのさ、これどういうことなの?」
精一杯、声を絞り出して聞けたのがこれ。聞きたいことはまとまらないままだけど、とにかく状況を理解したかったんだ。
聞けば、啓吾が嵩原さんと事前に連絡をとって、護衛の助っ人を頼んでいたんだとか。啓吾が嵩原さんと連絡先を交換していたことすら僕は知らなかった。それには少しモヤモヤするけど、きっと僕の安全のためだろうから何も言えないや。
「でも、なんで嵩原さんに····」
僕がりっくんの肩に隠れたままなのが気に入らないのか、嵩原さんは僕の隣へ置いた椅子に鎮座した。その風格は、王子というよりまるで王様だ。
「ボクに頼むくらいだからね、君の彼たちが本気で君を守りに入ったってことなんじゃないかな?」
彼女はどこまで僕たちのことを知っているのだろう。気になるけれど、香上くんの前で聞くわけにはいかない。
だから、言葉を濁している様子の嵩原さんに、僕は一つだけ聞いた。
「嵩原さんも 、何か怒ってる?」
「うん、まぁね。だけど武居くんにじゃないのは確かだよ」
にんまりとした笑顔。その怒りの矛先が誰へ向いているのか、とてもじゃないが聞けなかった。
「なぁおい、俺蚊帳の外なんですけど」
香上くんがお酒のグラスを回し、カランカランと氷を鳴らしている。随分と手持ち無沙汰なようだ。
「あはは、何を言うのかと思えば······君はずっと蚊帳の外でしょ」
喧嘩腰の嵩原さんは香上くんを煽るように言った。どうしてこう、僕の周りは血気盛んな人が多いのだろう。
「いちいちムカつく言い方してくんなぁ」
「事実でしょ? 君、そんなに悪い人じゃないけど良い人でもないもんね。武居くんの味方してたのは気を惹きたいから、ってとこかな」
「ちげぇよ」
イラつきを隠しもせず、舌打ちとともに返す香上くん。嵩原さんはテーブルに肘をつき、様子を伺うようにひと呼吸おいた。そして確信を得たような顔で、強気な香上くんを責め続ける。
「あぁ、そうか。周囲より近いところにいて隙を狙ってワンチャン····とか思ってたんだ」
「······ちげぇし」
強気な姿勢だった香上くんの声量が一気に落ちた。手は居心地が悪そうに空のグラスを弄んでいる。
「図星かぁ。懲りない上に単純すぎていっそ可愛いね」
「テメェ····」
どんどんヒートアップしていく。それをりっくんが止めた。
「ちょっと。ゆいぴが怖がってるからやめなよ」
それが止める理由なのか····とはツッコまない。いつもの事だもんね。
2人は一触即発な空気を残したまま、停戦を宣言して静かになった。とりあえず、ピリピリした空気をどうにかしてほしいんだけどな。
企みが明るみに出たことで、開き直って僕にアプローチをかけてくる香上くん。遠慮がなくなったというか、堂々と下心をぶつけてくる。
呆れた3人が僕を庇って香上くんに口撃するから、僕たちのテーブルだけかなり騒々しい。元々目立ってるのに、余計悪目立ちしちゃってるよ。
「ね、ねぇ····もういいんじゃないかな? 1対3だなんて、香上くんが可哀想すぎるよ」
しかも、相手がこの3人なのだ。だんだん不憫に思えてきた。
「ゆいぴ、香上の味方すんの? ヤダ」
「ヤダって何!?」
りっくんの我儘が可愛い。なんて言ってる場合じゃないや。
香上くんが今度飲み会を開くから来いだなんて言い出し、3人はそれに猛反発している。堂々巡りな会話に飽きてきたし、お腹も満たされてないから食べ物を取りに行こうと、バレないようにコソッと席を立った。
すると、僕の腕をガシッと掴む手が2本。りっくんと嵩原さんだ。
「ちょっとゆいぴ、どこ行くの?」
「えっと、まだお腹空いてるから食べるものを····」
「そっか、そうだよね、ごめんね。じゃぁ一緒に行こっか。お願いだからゆいぴ、絶対に1人で行動しないで」
「わかった····けど、なんで嵩原さんも来るの?」
「ボクもお腹空いてるし、ここで彼と喋ってるより武居くんと一緒にいるほうが楽しいからだよ」
相変わらずドストレートに気持ちをぶつけてくる。照れるなというほうが難しいよね。
「そ、そっか。なら一緒に····」
「俺も行く」
そう言って席を立ったのは香上くんだ。続いて啓吾も立ち上がり、結局全員で行くことに。
総出で動くと目立って仕方ないんだけどな····。
案の定、何を食べるか迷ってるだけで絵になる彼らは注目の的。嵩原さんが男子と連れ立っている珍しさもあるようで、いっそう注目を浴びている。
りっくんと啓吾は言わずもがな、一挙手一投足が女子に騒がれる。そんな2人が僕に構いっぱなしだから、やっぱり女の子たちは面白くないみたいだ。ちらほら心無い声が聞こえてくる。
けれど、2人はお構い無しにイチャついてくるから、敵意を見せ始めている女子たちに余計睨まれてしまう。それに対処するのが嵩原さん役目で、女子の意識を攫いに行く。
「ねぇ、キミたちのオススメ教えてくれる?」
今の今まで2人に夢中だった女子が、たった一言で嵩原さんに夢中。凄いや。
「お前らさ、嵩原さんいいように使いすぎじゃね?」
「なんのこと?」
りっくんがとぼけた様子で聞き返す。
「嵩原さんが注意引いて、お前らが堂々とイチャつけるようにする。ってのが魂胆っつぅか本来の目的なんじゃねぇの?」
「んぇ!? そうなの?」
「それが狙いっていうか、実は副産物的なものなんだよね。あれって嵩原さんの趣味でもあるし、俺たちは何も強要してないから」
「それにさぁ、ぶっちゃけ嵩原さんいなくても俺らだけで守れるし。嵩原さんはあくまで保険。まさか絡んでくるとは思わなかったからビックリしたけどな」
「ね。俺ら接触する予定なかったし。てか絶対ゆいぴに絡むだろうから来てほしくなかったのが本音かな」
啓吾とりっくんは、僕の好物をよりすぐる片手間に説明してくれた。背後に嵩原さんがいるとも知らずに。
「まぁ、そうなんだけどさ。こうもハッキリ言われると腹が立っちゃうなぁ」
慌てて振り向く2人。
「あはは。慌てなくても、こんなことで武居くんの警護を投げ出したりしないよ。それに、君たちの言うことも8割事実だしね」
女の子たちの敵意を削いできた嵩原さんは、安心していいよと僕の腰に手を回す。これが嫌なんだと言わんばかりに、りっくんは僕を奪い返した。
「あ、あのさ、ここで揉めるのはやめようね?」
僕がオドオドしていると、またも周囲から悲鳴に近い声があがった。今度は一体何なのだろう。啓吾が何かやらかしたのかな。
そう思って啓吾に視線をやる。けれど、啓吾はウキウキしながら食べ物を選んでいるだけだ。可愛いけれど悲鳴があがるほどのことではない。
ならばこの近づいてくる悲鳴は何なのだろう。僕はキョロキョロと原因になりとそうなものを探す。だけど、りっくんと嵩原さんで周囲がよく見えない。
悲鳴が僕たちのすぐ側まで近づいてきて、ようやく2人が「うるさいなぁ」と周囲に意識を向けた。すると、大きな影が僕たちを覆った。
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