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騎士の登場
大きな影に覆われた僕たちは、その主を確かめるべくふっと見上げた。そして、予想外の顔を捉え揃って驚く。
「お前ら何揉めてんだ」
影の正体は朔だった。どこにいても騒がしい僕たちを見て呆れている。自分も周囲を騒がせているなんて、これっぽっちも自覚はないみたいだ。
それよりも、今日は来れないと言っていたのに、いったいどうしたのだろう。
「朔!」
色々疑問は浮かぶけれど、不意に会えた喜びが勝って思わず大きな声を出してしまった。慌てて手で口を覆い隠し、声のボリュームを落として尋ねる。
「どうしたの? お仕事じゃなかったの? もしかして何かあった?」
「結人、落ち着け。ふっ····俺に会えてそんなに嬉しいのか?」
はにかむ顔を隠すかのように、口元へ手をやる朔。不意打ちにはしゃぐ僕がおかしいのだろう。
「う、嬉しいよ」
朔の赤らんだ頬につられ、照れくさくなって視線を落とす。すると、朔は僕の顎を軽く持ち上げた。
だんだん顔が近づいてくる。キスされるのかと思い、キュッと目を瞑った。
「俺も、結人に会えて嬉しい。お前に早く会いたくて、急いで仕事片付けてきたんだ」
耳へ息を吹きかけるように囁く朔。少し冷えた手からは予想できないくらい吐息が熱い。
瞬時に意識が耳へ集中する。変な声を出さないようにしなきゃ····。
「そっ、そっか、そうなんだ。んへへっ、なら頑張ってくれたお礼しなきゃだね!」
まさか、こんな所でキスなんてしないよね。勘違いした自分が恥ずかしくて、わたわたと挙動不審に答えた。
勘違いを悟られないよう取り繕ったつもりで、恐る恐る視線を朔に戻す。そしたら結局キスされた。
「んんっ!?」
「わーお」
「「朔!?」」
嵩原さんが驚嘆し、啓吾とりっくんが怒気を含んで叫んだ。口を塞がれていなければ僕も叫びたいところだ。
甘いキスはほんの一瞬で、それでも僕は朔の熱い唇に蕩けてしまった。
「へぁぁ····」
「お、大丈夫か?」
膝がガクンと落ちそうになった僕を、咄嗟に朔が支えてくれた。大丈夫だけど大丈夫じゃないや。
「キ、キスしたぁ····」
僕は朔を見上げ、唇に触れて現実を確かめるように言った。
「キスしてほしかったんじゃねぇのか? 目瞑っただろ? それにお礼な。これで充分だ」
バレていた恥ずかしさと、同級生たちに甘い朔を見られてしまった焦りが込み上げる。何もかも上手くいっていない気がして、いたたまれなくなった僕は「ばかぁ」と悪口を投げた。
「瀬古くんは相変わらず天然炸裂してるんだね。なんだか懐かしいよ」
「誰だお前····って··あぁ、嵩原か。わりぃ、一瞬誰か分からなかった。髪伸ばしたんだな」
そう、再会した嵩原さんは黒髪ロングの超絶美女になっていたのだ。嵩原さんの学部は別棟だから構内ですれ違うことすらない。同じ学校なのに卒業以来というわけだ。
元々かなりの美人さんだけど、ボーイッシュぽさが抜けただけでかなり様変わりするものだ。服装は相変わらずで、カッコ良さに磨きがかかっているけれど。
僕たちはそれに触れる暇もなかったわけだけど、改めて見るとモデルさんみたいで隣にいるのが不思議に思えてくる。
「気にしなくていいよ。瀬古くんだって背が伸びてるしガタイもよくなっちゃって、王子っていうより騎士団長みたいで見違えたよ」
「騎士団長····あぁ。俺は王子っていうより結人 を守る騎士のつもりだから、あながち間違いじゃねぇな」
まったく朔は、堂々となんてことを言ってくれてるんだか。そばで聞き耳を立てていた女の子たちがキャーキャー言ってるよ。
「驚いたな····瀬古くん、笑顔で冗談が言えるようになったんだね」
「ん? 別に冗談なんか言ってねぇぞ」
これだもん。あんな恥ずかしいセリフを、本気でさらっと言っちゃうのが朔の凄いところ。僕を赤面させる達人だ。
つられて女の子たちも頬を赤らめちゃってるじゃないか。
「あはは、なんだか本当に懐かしいな。ここに場野くんがいれば····おっと、これ言っちゃダメだったかな?」
僕の表情が曇ってしまったのだろう。だって、僕が一番思っていたことを言われてしまったんだもの。寂しさが込み上げた。
八千代がこういう場を好まないのは分かってる。けど、僕はやっぱり皆一緒じゃなきゃ寂しい。なんて、我儘がすぎるよね。
しんみりした空気になってしまい、嵩原さんが懸命に僕を慰めようとしている。嵩原さんが悪いわけじゃないんだけど、一度顔を覗かせてしまった寂しさは八千代に会うまで拭えない。
なんて落ち込む僕に、香上くんが飲み物を持ってきてくれた。
「今日はいっぱい飲んで楽しもうぜ? 武居がヘコんでっとアイツらも楽しめねぇだろ」
そう言われてハッとする。そうだ、折角来たんだから楽しまなくちゃ、連れてきてくれた啓吾とりっくんにも申し訳ないや。
僕は香上くんからグラスを受け取り、皆が止める間もなくフルーツテイストの甘いお酒を一気に飲み干した。
「ぷはぁ····これ美味ちぃねぇ。香上くん、おかぁり!」
「いい飲みっぷりじゃん。武居って酔うけどいけるクチじゃね?」
「だから手に負えねぇんだよ! マジでこれ以上飲ませんな。莉久、水貰ってきて」
「はい、これどーぞ」
一手先をいく嵩原さんが水を持ってきてくれた。
「ありがと ぉ」
水を受け取りゴクゴク飲む。視界がグラッと揺らいだけれど、すぐに落ち着いた。次の瞬間、ぶわわっと胃から熱くなるのを感じた。
「このお水 、桃の味すぅね。美味ちぃ」
「え、桃? ちょっと嵩原さん何飲ませたの?」
りっくんが僕から水を取り上げて飲んでしまう。飲んだ瞬間、りっくんは嵩原さんをギロッと睨んで言った。
「これお酒じゃん。嵩原さん、何考えてんの?」
「武居くんって、飲んだらエロくなるタイプでしょ。見たいな〜と思って。えへ」
かわい子ぶって笑ってみせる嵩原さんは、キャラじゃないくらい可愛い。
「りっくん、啓吾、嵩原さん可愛いから怒らないであげて。僕、えっちににゃらないように頑張ぅから」
「もう既にエロいんだよ····」
りっくんがテーブルに拳を押し付けて言う。啓吾は呆れて自分のお酒を注文してるし、朔は僕の隣で悪酔いしない飲み方を語ってくれている。
甘いお酒を次々飲ませてくる香上くん。耳元で『エロい武居可愛い』だとか『ワンチャン狙っていい?』とか、えっちな声で聞いてくるのだけはやめてほしいな。
それを聞いて怒った皆が、もうダメだやめろって止めるんだけど、僕は美味しい料理とお酒に手が止まらない。
僕が甘えると、皆は止めきれないのを知ってるんだ。八千代がいればこうはいかないんだけどね。悪い子な僕は、それを利用してここぞとばかりにお酒を楽しんだ。
それから1時間近く経った頃、そろそろお開きにしようと香上くんが幹事として挨拶をした。このあとは二次会組と帰宅組に分かれる。
お店を出たところで二次会へ行こうか迷っていると、酔っ払った女子が数人、りっくんと啓吾に群がり二次会へ行こうと誘ってきた。
「ダメらよ! りっくんと啓吾は僕のらから連れてかないれね」
僕は2人の腕を引いて牽制する。2人がいつも通り僕を盾に、嬉々として女子を退けたのは言うまでもなく。今日ばっかりは気分がいいや。
彼女たちにああ言ったものの、僕も二次会に行ってみたい。けど、あんなふうに2人が絡まれるのは嫌だ。なにより朔は疲れてるだろうし、また香上くんが絡んできたら揉めちゃうんだろうな。
それに、あんまり遅くなったら八千代がヤキモチ······じゃなくて心配しちゃうだろうし。よし、今回はこのまま帰るのが得策だろう。
と、皆に伝えようとした。すると、朔が何か思い出したようでハッとした顔をして振り返った。
「そういえば場野が迎えに来てくれるらしいぞ。わりぃ、言うの忘れてた」
それを聞いた周囲の女子たちは、八千代をひと目見ようと帰宅組まで動かなくなっていた。僕の八千代なのに。
(なんだろうな······同窓会に来てからずっと、ヤキモチみたいなモヤモヤがぐるぐるしてるんだよね。楽しいはずなんだけどなぁ)
胃の辺りをギュッと握って、自分の器の小ささに落胆する。そして、隣にいたりっくん腕に抱きつき、ボソッと呟いた。
「皆は僕のなのに····モテちゃうのはしょうがないんだけど、やっぱりヤダなぁ」
これを聞いたりっくんが、僕を近くの壁に追い込んでキスしてきた。すっごく激しいやつ。
啓吾と朔が止めるけど、りっくんの舌は止まらない。ふわふわが止まらなくなって、僕はりっくんの背中に手を回す。
周囲の悲鳴が遠くに聞こえる。後で怒られるんだろうな。でも、場所も人目もお構いなしに激しく求められるのが嬉しくてたまらない。それに加えて、えっちの時みたいな本気のキスが気持ち良すぎて拒めないや。
足に力が入らなくなって膝から落ちかけたら、りっくんがちゃんと受け止めてくれた。腰を抱き寄せ、キスはやめないまま吐息を絡める。
「ゆいぴ 、好き ····」
何を言ってるのか分からないけど、興奮したりっくんの顔にアテられて好きが込み上げる。
りっくんも酔ってるのかな。自制が効かないみたいだ。
「おい、いい加減にしろって····あっ」
りっくんの肩を引いて制止した啓吾。直後に何かを発見したみたいで、ピタッと固まってしまった。
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