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鬼の到来
「やべぇ····今日マジの鬼すぎじゃ?」
と、啓吾がポソッと呟いた。
呟きを置いたまま固まってしまった啓吾の視線の先、周囲のざわめきがそこに集中する。そして、そこから聞こえてきたのは怒りに満ちた愛おしい声だった。
「チッ····莉久、テメェ何しとんだコラ」
八千代だ。もう迎えに来てくれたんだ。般若みたいな顔してる特大の力強い舌打ちと過去最高に低い声ですっごく怒ってるけど、青筋を立ててキレてる八千代もカッコ良くてキュンキュンしちゃう。
周囲のざわめきも八千代の声も聞こえていないのか、全てを無視するりっくん。僕に夢中なりっくんを、八千代は強引にひっぺがしてしまった。
一瞬残念そうな顔を覗かせたりっくんだが、すぐにムッと唇を尖らせ突風のように八千代へ文句を放つ。けれど、お構い無しにりっくんを啓吾へ投げ渡す八千代。
乱暴はダメだよって言おうと思ったんだけど、会えた喜びが溢れちゃってフラフラな足で八千代に飛びついた。
「八千代 ぉ♡」
「うぉっ······あ゙? 酒くせぇなお前」
「んへへぇ〜♡ 今日はねぇ、お酒いーっぱい飲めたんだよぉ」
「ぁんでコイツ酔わせてんだよ。チッ··ったく、これだからお前らだけに任せらんねぇんだっつの」
「それに関しては本当にすまねぇ。全部香上が悪いんだ」
「えぇっ、俺だけぇ!? 嵩原さんもじゃん!」
慌てふためく香上くんに名前を出された嵩原さんは、素知らぬ顔でそっと僕たちから距離をとった。
事情を聞いた八千代は相当お怒りな様子で、僕を担ぐと香上くんについて来いと言い放った。幹事だから行けないと言う香上くんに、八千代は圧をかけて従わせようとする。
どこへ行く気か知らないけれど、僕はまだ楽しい時間を終わらせたくない。
「やだっ! 八千代、降ろしてぇぇ!」
八千代の背中をポコポコ叩いて抵抗する。僕があんまりに煩いから、八千代はすぐに立ち止まって渋々降ろしてくれた。
「あのね、僕ね、二次会も行きたい」
「あ゙?」
僕を見下ろす目が怖い。だけど、言いたいことはちゃんと言わなくちゃだもんね。
「折角来たんだから最後まで楽しみたいんだ。冬真と猪瀬くんも二次会から参加するって言ってたし······あ、そうだ! 八千代も一緒に行こうよ」
「俺ァ行かねぇつってんだろ」
「でも、八千代がいないと僕····寂しい····ふぇ····」
八千代がいなかった寂しさを思い出したら涙が込み上げてきた。お酒のせいなのかな、いつも以上に感情がコントロールできない。
「はぁ?!」
「だめ?」
八千代を見上げて聞いてみる。全力で甘えて、八千代が大好きな上目遣いで。狡いのは承知で、持てるものは全て使ってお強請りをする。
「だっ······ダァーッくそっ! わーったよ、行きゃいいんだろ。行ってやっから泣くな」
やけくそ気味な八千代は、言葉の強さとは裏腹に優しく涙を拭ってくれた。
啓吾たちにクスクス笑われながら、僕の手を引いて二次会の会場となるカラオケへ向かう不機嫌な八千代。この機嫌の悪さだと帰ったらお仕置されちゃいそうだな。でもいいんだ。
香上くんに言われて思った。今を楽しまなきゃなって。それに、やっぱり皆揃っているほうが何万倍も楽しい。
「んへへ♡」
「····ンだよ」
「んふふ、あのね、八千代がいるなぁって。嬉しいなぁって」
「チッ····酔っぱらいが」
気の抜けた舌打ちと少し照れた言葉尻、それと八千代の手の温もりに心が温まった。
カラオケでは、初めての大部屋に通されてワクワクが止まらない。ひとクラス丸々入れちゃうなんて凄いや。
クラスごとに分かれるはずだったんだけど、クラスが違う人たちもうちのクラスに集まってきた。二次会から参加した冬真と猪瀬くんもいる。
「わーい、皆一緒だぁ」
僕は猪瀬くんの肩に寄り掛かって言った。皆は見慣れた距離感だけど、香上くんと嵩原さんが驚いた顔をしている。
そうだ、2人は僕たちの仲どころか冬真と猪瀬くんの関係についても知らないんだ。僕がボロを出しちゃわないように気をつけなくちゃ。
「なぁ、お前らってそんな仲良かったっけ?」
そう言いながら、香上くんが僕と猪瀬くんの間に割って入ってきた。これは皆が黙ってないんじゃないかな。
僕と猪瀬くんは顔を見合せ、ハラハラしながら見守る。
「仲良かったんだよ。ま、結人より俺のが駿と仲良いけどな。でさ、駿に触っていいのって俺と結人だけなの。だからそこ退けよ」
誰よりも早く、冬真が香上くんを牽制する。牽制というより威嚇かな。けど、そんなことを言ったら2人の関係がバレちゃうじゃないか。
慌てて猪瀬くんの反応を見る。何故だろう、頬を赤らめているだけで困った感じはない。
「ねぇねぇ猪瀬くん、冬真がすっごく俺のモノ感出してるけどいいの?」
コソッと耳打ちしてみる。すると、猪瀬くんは照れた様子でヒソヒソと返してくれた。
「もう隠さなくていいんじゃないかって冬真が言っててさ、今日はバレてもいいからいつも通りでいようって。てか実はこないださ、学校でバレちゃったんだよね」
そうだったんだ。猪瀬くんが女子に言い寄られるのを見ていられなくなった冬真は、猪瀬くんの腰を抱いて『俺のだから』と言い掻っ攫っていったらしい。
こっちのほうが困った顔で話す猪瀬くん。これは間違いなく惚気だ。すごく気になるけど、この話はまた後日、詳しく聞かせてもらおう。
だって、いつまでも猪瀬くんとばかり喋ってたら皆が妬いて騒ぎ出しちゃうもんね。
僕は啓吾と八千代の間へ移動し、2人から餌付け····じゃなくてお菓子をあーんしてもらう。それがイチャついているように見えるのだろう。一部の女子たちがきゃぁきゃぁ言ってる。
マイクが順に回ってきて、八千代がパスしたから僕の番。僕もパスしようとしたら、啓吾が一緒に歌おうと言ってよく聞いているアニソンをいれてくれた。
みんなの前以外で歌うのは恥ずかしいけど、啓吾が一緒だったから楽しかった。途中で冬真が乱入してきて、気がついたらほぼ全員が一緒に歌っててすごく盛り上がった。
啓吾と冬真が盛り上げてくれるおかげで、僕は今までにないくらいクラスの人たちと楽しむことができたんだ。
「はぁ〜、いっぱい歌ったね。僕、トイレ行くけど一緒に行く?」
一曲も歌わず、ひたすらジュースを飲んでた八千代に訊ねた。
楽しそうな僕を見て微笑んだり、僕がクラスの人たちと絡んだら眉間に皺を寄せたり、今日は僕に代わって百面相をしていた八千代。なんだか疲れてるように見えたんだ。
「行く」
鬱憤を晴らしたいのか、八千代は見せつけるように僕の腰を抱き寄せる。そんなことをするものだから、りっくんが心配してついてくることに。
猪瀬くんも一緒に行くと言うから冬真もついてくる。トイレへ行くだけなのにぞろぞろと。まぁだけど、これはこれでいつも通りな安心感がある。
「ゆ〜いぴ、二次会楽しい?」
「うん!」
「そっか。ならよかった。慣れない感じだから疲れてないかなって気になってたんだ」
りっくんは、甘い雰囲気を纏って僕の頬に指を這わせる。飲みすぎたのか、少しとろんとしているように見える。珍しいな。
「大丈夫だよ、ありがと。ねぇりっくん、酔っちゃった?」
「んー、ちょっと酔ってるかも。今ねぇ、ゆいぴにえっちなことシたいの我慢できない」
「んへへ♡ 僕もね、りっくんにえっちなことされたい」
そして、僕とりっくんの距離はどんどん縮まり──
「酔っぱらいどもが、アホか。ンなトコでシねぇぞ」
シラフで不機嫌な八千代が僕とりっくんの間を割いた。そのまま僕の手を引き、八千代は部屋へ戻ろうとする。
「八千代、無理やり連れてきたこと怒ってる?」
「それは怒ってねぇ」
「なら他のことに怒ってるんだ。僕が飲みすぎちゃったこと?」
「それもある」
「他にもあるの?」
「別に。結人に怒ってるわけじゃねぇ」
「じゃぁ誰に怒ってるの?」
質問攻めにしていると、八千代は急に立ち止まって振り返った。見るからに怒っている。
「ぅるっせぇな。我慢してやってんだから聞くなよ。今すぐここで犯すぞ」
さっきりっくんに言ったことを忘れたのかな。
勢い任せに言ったのだろうけど、僕にそんな脅しが通用しないこともすっぽ抜けているみたいだ。
「お、犯していいよ! 八千代が思ってること、僕ちゃんと知りたいもん!」
まっすぐ八千代の目を見て言う。すると、大きな手で顔面をべちっと覆われた。
「ぅべっ····」
「ふっ··、変な声出してんじゃねぇよ。あー··キツく言って悪かったな」
目を覆ったまま、お詫びのキスをした八千代。そして、そのまま耳元へ寄ると優しい声で囁く。
「俺が誰に怒ってんのかは後で分かっから気にすんな。あとで俺にぐっちゃぐちゃに犯される覚悟だけしてろ」
小さな声で『ひゃい』と返事をするのがやっとだった。お尻がキュンとしたのを上手く隠せていたかは分からない。
ただ、後ろで一部始終を見ていた3人が吐いた溜め息が、この後の激しさを想像させた。
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