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八千代の目論見
部屋に入る直前、八千代は僕の肩を抱き寄せた。香上くんへの牽制なのかな。
理由は何だって構わないけど、その力強さがドキドキを加速させ、嗅ぎ慣れてるはずの匂いなのにやたらと胸がキュッとなる。いくら酔ってるとはいえ、八千代に対して反応が過剰すぎやしないだろうか。
なんだかソワソワするのが止まらないからグラスに手を伸ばした。けれど、なぜだか口へ運ぶ気になれない。
八千代の肩にもたれかかり、ぼんやりしながら現状を伝える。すると八千代は僕からグラスを取り上げ、流れるようにそっと唇を奪った。
突然の出来事に、僕だけでなく周囲も固まる。どうして皆は人前でキスをしても平気でいられるのかな。僕はこんなに顔が熱くなるのに。
「な、なんで?」
ようやく絞り出せたのだけれど声が震えていたからだろう、八千代はふっと柔らかい笑みを見せた。
「可愛いからにきまってんだろ」
お酒を飲んでないのに八千代も酔っ払ってるのかな。そう思わせるような甘さだ。
「だ、だからって外でちゅーしちゃダメなんだよ」
そう言ったらもう一度キスされた。また『なんで』って聞いたら『可愛いからだつってんだろ』と怒られた。理不尽だ。
僕たちの甘い雰囲気に耐えられなくなったのか、香上くんが僕の前に力強くダンッとお水を置いた。
「お前らさぁ! 場所わきまえて!? もういっそホテル行ってヤれよ」
酔っているのか顔が真っ赤だ。それにしたってまったく、彼は大きな声で何を言っているのだろう。
「ホテル····行かなくても家に帰ったらいっぱいできるよ? ね、八千代♡」
「だな」
これまたとびきり大きな声で『 はぁ!?』と叫んだ香上くん。歌っていた人たちも振り向くほどだった。そして、この瞬間、僕たちが同棲していることが知れ渡ったのだった。
そこへ、面白がって話に入ってきた冬真が『こいつらん家マジですげぇよ』と切り出したものだから、興味津々な人たちが集まってきてそれはそれは盛り上がっていた。
話を聞き終えた香上くんが、お酒を一気に飲み干して僕の隣へやってきた。ドサッと座り、不機嫌オーラをこれみよがしに出している。
「マジでさぁ、お前らなんなの? 学生のくせに豪邸住みとかさぁナメすぎだろ。武居は可愛いまんまだしさぁ、俺····あん時のこと忘れらんなくてさ、今でもお前で抜いたりしてんの惨めすぎねぇ?」
「あ゙?」
香上くんの発言で眉間に皺が寄る八千代。これはまずい気がする。
「テメェ今なんつった?」
「へ?」
自分の言ったことも覚えていないほど勢い任せだったのだろう。香上くんは、なんの事やらと首を傾げている。
「まぁまぁ場野もさ、そうカッカすんなって。コイツがどう頑張ったって結人は俺らだけのもんじゃん?」
啓吾もかなり酔っているらしい。肩を組んで絡むなんて、いつも以上の軽さに八千代がキレそうだ。
「啓吾、八千代 がキレちゃうよ? ね、こっちおいで」
なんとか啓吾を八千代から離れさせようと、両手を広げて呼んでみた。すると、犬が尻尾を振ってくるように飛びついてきた。
僕に跨って、啓吾は上塗りするような深いキスをしてくる。怒った朔がひっぺがすまで、それはそれは濃厚なキスをかましてくれた。
「お前、もう飲むのやめろ」
静かに怒っている朔。目が据わっていて高圧的で怖いけどカッコイイや。
朔は僕のグラスを手に取り啓吾の頬へ押し付ける。汗をかいたグラスがべちょっと、かなり気持ち悪いだろうな。
「さっくぅん、冷 たいんだけど〜」
「うるせぇ。これ飲んで落ち着け」
グラスを受け取った啓吾は、ケラケラ笑いながら『わかった分かった、ごめんごめん』と謝って水を飲み干した。
そして、すぐさま香上くんを押し退けて僕の隣に座る啓吾。ギュッと肩を抱いて自分が僕のものだと見せつけるようにイチャつく。
朔は『全然わかってねぇじゃねぇか』と呆れて、啓吾の相手をりっくんに引き継いだ。
気がつけば冬真と猪瀬くんも僕たちの傍でコソッとイチャついている。他のカップルもイチャつき始めて収拾がつかなくなってきた。
ヤケクソになった香上くんは、もう二次会を終えようと言い出し予定よりも早く解散した。
もう飲めないしお菓子でお腹がいっぱいだから眠い。なんて状態の僕に構うことなく、八千代はこの時を待ってましたと言わんばかりに『行くぞ』と言ってどこかへ向かう。なぜだか香上くんを同行させるようだ。
どこへ行き何をする気なのか知らないけれど、もう眠気が限界なんだよね。早く家に帰りたいなぁ。
八千代に連れられてどこかへ向かう途中、限界が来て信号待ちで立ったまま眠ってしまいそうになった。そんな僕を、八千代が抱えて運んでくれる。ゆりかごみたいで気持ちいいや。
ぼふっとふかふかのベッドに降ろされた。やっと家に着いたんだ。そう思って、僕はうっすら目を開ける。
目に飛び込んできたのは知らない部屋。そうか、まだ夢の中なんだ。そう思って再び目を閉じた。
ふわふして気持ちいいんだけど、なんだか周囲が騒がしいな。重い瞼を持ち上げられないから音に集中してみる。
口を塞がれながら叫んでいるような声が聞こえる。ガタガタって音やギチギチって音も。時々、りっくんと啓吾の笑い声も聞こえる。朔の溜め息が聞こえたから、きっとまたおバカなことをしてるんだ。
皆がいる安心感に、僕はふふっと笑みを零して眠りに落ちようとした。けれどその時、八千代の怒りに満ちた低い声が聞こえて身体中の血がザワついた。
「テメェにゃ狙う隙もねぇってこと思い知らせてやっからよく見とけ。瞬きすんじゃねぇぞ」
誰に言ってるんだろう。と思っていたら、八千代の指が僕のアナルに触れた。あぁ、僕もう裸なんだ。いつの間に脱がされたんだろう。
「····あ゙? おい、誰か向こうでヤッたんか」
「は? ヤる暇なんかなかったよ······あぁっ! 啓吾でしょ?! トイレ行った時ヤッたんじゃない?」
「てへっ。バレちった?」
拍子抜けするほどの軽い声に思わず頬が緩む。
「んふふ····気持ちかったねぇ。僕、オナホ みたいでドキドキしちゃったぁ····んへへ♡」
「起きてたのか。ふっ····完全に酔っ払いだな。可愛い」
頭を優しく撫でてくれる朔の大きな手。すごく気持ちいい。
「アホ朔が····そうじゃねぇだろ。ヤんねぇって約束破った啓吾 もそこの香上 と一緒に指咥えて見とけ」
「えーっ、やだよ! 俺も香上に見せつけたい〜!」
「るっせぇ! 約束破ったテメェが悪ぃんだろ」
皆の会話から、よろしくない状況であることが推測できた。
頑張って目を開けると、口に猿轡をつけて椅子に縛り付けられている香上くんが見えた。これはかなりヤバい状況みたいだ。
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