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穏やかな時間
ヤリ部屋から出ると、いつも陽の光に目が眩む。冬の陽射しでさえ、窓もない外と隔絶された部屋から出れば、まるで現実へ引き戻されたような感覚になる。
この家で、未だに慣れないことのひとつだ。他にもいくつかあるけれど、どれも本当に些細なこと。これから、時間をかけて慣れていくんだろうと思う。
まだ少しヨタヨタする足を止めて、ふと中庭に目をやる。つい先日、草花が冬をまとったばかりだと思っていた。それなのに、気づけばあっという間に春が近づいている。
「あったかくなってきたねぇ」
中庭に足を放り投げて言う。縁側とはちょっと違うけれど、おばあさんが膝に猫を乗せて寛いでいそうな陽だまりで、僕は朔の肩に頭を委ねた。
夕べも激しかったから、身体はまだ寝たがっている。だけど、もうすぐ学校が始まるから準備をしなくちゃいけない。
香上くんの一件以来、また手加減をしなくなった皆は、連日朝まで僕を可愛がってくれる。休みなのをいいことにやりたい放題だ。
毎晩、激しくて優しくて深い愛情に揉まれながら、僕は気を失って朝を迎えている。
「歳とって、じいさんになってもこうしてたいな」
朔が僕の頭に頬を寄せて言った。
そうだね──
心の中で返事をして目を瞑る。朔との時間はいつだって穏やかだ。えっちのとき意外は、だけどね。
こうして穏やかな空気に包まれると、つい弱い心が助けを求めて出てきてしまう。
「僕さ、未だに不安になることがあるんだ」
「なんだ? 啓吾の不倫とかか?」
「あははっ。そんなの、流石にもう心配してないよ」
「他に何かあるのか?」
思い当たるのが、本気でそれ一択だったんだね。朔が真面目な顔で言うものだから、それがおかしくってまた笑っちゃった。
「僕が愛されすぎてる理由とか、役に立ってないんじゃないかってこととか……かな」
「お前……」
「あ、違うんだよ! 普段は気にならなくなったんだ。でもね、ふとした時……皆がいつもよりキラキラして見えた時とかにね、一瞬よぎっちゃうんだ」
「待て、俺らがキラキラして見えてんのか?」
「え? うん。皆カッコイイし頼りになるし強いし、それにオシャレでしょ。キラキラしてる皆のこと、見てるだけでドキドキしちゃうんだ。それとね、なんで裸なのにオシャレに見えるのかは最近わかったんだ。髪とかピアスとかのせいなんだって。あとは……って、朔?」
随分静かだなぁと思って見たら、口元を押さえて顔を真っ赤にしていた。返事をしなかったんじゃなくて、喋れなかったんだ。
「さ、朔……?」
「いや、わりぃ。結人の口から、そうツラツラ並べられると……なんか照れた。わりぃ、あんまり見るな」
そう言いながら、朔は大きな手で僕の目を塞いだ。その手も少し汗ばんでいて、どれほど焦っているのか伝わってくる。
「やだよ。朔の照れた顔見たい」
僕は朔の手を退かそうとする。けれど、凄い馬鹿力でビクともしない。
「朔、顔見たいよ……」
しょんぼりと言ってみる。ぐって声が聞こえた直後、朔はそっと手を下ろしてくれた。
まだほんのり赤らんだ顔で、僕を見下ろす朔。顔を逸らしていたいのか、ちょっとだけ目が泳いでいる。
「話、戻すぞ」
強引に話を逸らそうとする朔。可愛いな。
「んへへ、うん」
「愛されてる理由がわかんねぇのは分かる。自分自身のことってわかんねぇよな」
朔は、自分も同じだと言った。どうして周りから好かれるのか、僕に愛されているのか分からないと、少しずつ頬の赤みを落としながら話してくれた。
「そうだよね。自分のことが一番わかんないや……。でも、朔はできることいっぱいあるじゃない。僕は……」
視線を砂利に落とした。すると、朔の手が、今度は僕の頭を優しく撫でてくれる。
「それこそ今更だろ。結人は存在自体が俺たちの為になってるんだから、自覚なんて難しすぎるよな。いつまで経っても自覚しねぇ、そういう結人だから俺たちは救われてるんだと思うぞ」
何度言われてもピンとこないんだよね。存在自体がって、そんなの分かんないよ。
「成しうる者が為すべきを為す。ってのがクソ親父の教えなんだけどよぅ、うぜぇよな」
背後から聞こえた八千代の声。すとんと真横に座って、ゼロ距離で僕の腰を抱いた。
負けじと、数センチ寄ってお尻をくっつけ、そそくさと肩を抱く朔。
「いい教えだな。俺も場野も、そういう信念みたいなもん持って動いてるつもりはねぇけど、実は根っこにあるのかもしれねぇな」
「くっそ腹立つけど、無くはねぇな」
八千代が、いろんなものを受け入れられるようになったのは僕のおかげだって言う。何かをしたつもりはないのに、皆は事ある毎に僕のおかげだって言ってくれるんだ。
本当に何もしてないのに。だから、毎回首をかしげてしまう。
それにしても、やっぱり憧れちゃうくらいカッコイイお父さんだなぁ。
なんてうっとりしてたら、八千代がお父さんにまで妬いちゃいそうだから、知られないように気をつけなくちゃ。
こうして、静かな八千代と朔が揃うと、凄く大人な時間を過ごしている気になる。2人がずば抜けて大人っぽいからなんだろうな。
って、僕ももう成人してるんだけど、どうしても高校生くらいの感覚が抜けきらないや。比べ物にならないけど2人は、高校生の頃から大人っぽかったもんね。それに拍車が掛かっている。僕なんて、一生追いつけそうにないや。
「また百面相してやがんな」
八千代が僕のほっぺをつまんで言う。
「それぞれができるコトやりゃいいんだよ。存在してるだけでいいって言われてんだから、お前は俺らの傍で元気に生きてりゃ充分なんだっつの」
「しょ、しょんにゃこと言われてもらよぉ……」
「グチグチうるせぇな。塞ぐぞ」
脅してすぐにキスをする八千代。マシュマロかよと、毎度お馴染みのセリフを吐きながら、ふにふにし続けている。
反対のほっぺは朔が揉んでいる。こうなれば、僕はいつも無抵抗を決め込む。邪魔したら拗ねちゃうからね。
そして、こんな穏やかな時間はそう長く続かない。騒々しい足音と共に、我が家の喧騒の中心がやってくるんだもん。
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