447 / 448

甘くて賑やかなキッチン

 早朝の中庭。クローバーにのる朝露がキラキラしている。  皆はまだ、ヤリ部屋で雑魚寝したまま。起こさないようにそっと抜け出してきた。  僕だけ早起きなのには理由がある。今日は、(みつる)さんと2人であるものを作る約束をしてるんだ。  インターホンが鳴って、皆がぞろぞろと起きてくる。  満さんも一緒に朝食を食べて、僕は満さんと2人でキッチンにこもった。皆はしばらく立ち入り禁止だ。 「さぁ結人くん、腕によりをかけて作るわよ」 「が、頑張ります!」 「や~だ~、緊張しないの。こういうのは気楽に作るものよ。愛情さえ込めれば、きっと上手くいくから大丈夫」 「はい。満さんも、渡したい人がいるんですよね?」 「えぇ。あなたたちを見てたら、アタシも頑張っちゃおっかなーって思えたの」  とても柔らかい笑みを浮かべて、愛おしそうな顔でチョコを手に取る満さん。なんだか幸せそうだ。  そう、今日は2月13日。明日のために、満さんと一緒にチョコを作るんだ。 「トリフ····トリ、トル····ト、リュフ、ですよね。難しそうだな····って、満さん?」 「ンッ····結人くん、相変わらず可愛いわねぇ。食べちゃいたくなるわ♡」 「んぇ····食べないでください」 「んふ♡ わかってるわよ。そんなことしたら朔に嫌われちゃうものね」  満さんはウインクを飛ばして言った。慣れた手つきでエプロンを着け、材料の準備を始めていく。  満さんがチョコを刻んでくれている間に、僕は生クリームを火にかけて沸騰しないよう見張る。沸騰しちゃうとダメらしい。 「あ、そうだ。このあとすぐ、桜華もくるからね。一緒に作りたいんだって」 「え!? 桜華さんが?」  もしかして、桜華さんも渡したい人がいるのだろうか。なんだかワクワクしてきた。  と思っていたらインターホンが鳴った。 「あ、言ってたら来たんじゃない?」 「僕、お出迎えしてきます!」     ぱたぱたと玄関へ走ると、既に八千代が対応していた。 「なんでテメェまで来んだよ」 「お姉様に向かってその口の利き方はなによ。コレ、渡さなくてもいいんだけど?」  桜華さんは小さな紙袋を持ち上げて言った。なんだろう、洋服が入ってそうなサイズだけど、何か頼んでたのかな。 「チッ····入れよ」  紙袋を受け取り、振り返った八千代が僕を見て驚く。 「うぉ····ビビったぁ····」 「あ、ごめんね。えっと····それ、服?」  チラリと紙袋に視線を落として聞く。中身を見せたくないのか、八千代は紙袋をほんの少し後ろへ下げた。 「あー、まぁ、そうだな。服っちゃ服。あとで見せてやっから楽しみにしとけ」  そう言って、八千代は僕の頭をポンポンした。まったく、いつもポンポンで誤魔化せると思ってるんだから。  まぁ、変なものじゃないみたいだし、まんまと誤魔化されてあげるんだけどね。それよりも、今はお客様のお出迎えをしないとだった。 「桜華さん、おはようございます。お待たせしちゃってごめんなさい」 「結人くん、おはよう。いいのよ~、朝から甘々の弟見させてもらったんだから。それより、突然押しかけちゃってごめんなさいね」  温かい笑顔を見せてくれた桜華さん。満さんといい、相変わらずのブラコンぶりだ。 「そんな! 来てくれて嬉しいです。今、満さんが下準備してくれてて、僕も········あっ!」  生クリームを火にかけっぱなしだった!  僕は事情を話しながら、桜華さんを連れてキッチンへ走る。めちゃくちゃ笑ってる桜華さん。恥ずかしいけど、そんなことを言ってる場合じゃないや。  キッチンに駆け込んだ僕は、慌ててコンロのスイッチに指をかける。けど、火は既に消えていた。満さんが消してくれたんだ。 「も~、結人くん! 火、つけっぱなしで行ったら危ないでしょ」 「ご、ごめんなさい」 「朔から聞いてはいたけど、本当にそそっかしい(かわいい)わね」  ん?  今、注意されてたんだよね? 「アタシもよく聞かされるわ。八千代から時々パシられるんだけど、いつもついでに惚気られるのよね。結人くんのドジっ子話で」  僕がドジを踏んだ話で惚気って、八千代と朔は2人に何を話してるんだろう。あとで問い詰めなくちゃ。  桜華さんもエプロンを着けて、いよいよチョコ作り開始だ。  刻んだチョコを温めなおした生クリームに入れて、しっかり溶けるまで混ぜる。溢さないように、慎重に、慎重に···· 「結人くん、もうちょっとガツガツいっていいわよ。生クリームが冷めちゃったら溶けなくなっちゃう」  そう言って、背後に立った満さんは僕の手を持って混ぜ方を教えてくれた。朔に似た大きな手で触れられると、やっぱり男の人なんだなと思う。 「満さんがチョコを渡したい人って、どんな人なんですか?」 「あら、興味あるの? 語っちゃうわよ?」 「やめときなさい結人くん。ほんっとうに長いから」 「あらやだ、桜華だっていつもこうせ──むぐっ」 「ほら、おしゃべりばっかしてないで作るわよー」  満さんの口にチョコを突っ込んだ桜華さんは、棒読みで言いながらチョコを一口大に分けていく。  2人の恋バナなんて、興味しかないんだけどな。また今度、ゆっくりお茶でもしながら聞いてみたい。  でも今日は、チョコ作りに集中しないとなんだよね。

ともだちにシェアしよう!