449 / 450

乙女な桜華さん

 メッセージカードを書き終えたとき、まるで見ていたかのように皆が乗り込んできた。 「アンタたち、タイミングがよすぎるわね。ここカメラでもついてんの?」  呆れ顔で周囲をぐるっと見回す桜華さん。八千代が『ンなわけねぇだろ』と返した。  今はヤリ部屋以外にカメラは仕掛けてないですよ。僕がそう言ったら、桜華さんと満さんがドン引きした顔で皆を見て、皆は項垂れていた。どうやら、言っちゃいけなかったみたいだ。  気を取り直して、残ったトリュフの味見をする。1人ひとつずつ、口に放り込んで味わう。 「うおっ····すっげ。うっま!」 「うん、美味しい····けど、ゆいぴらしくはないんだよね」  僕らしいってなんだ。固まりきってないやつのことかな。  りっくんは本当にしつこいんだから。あの時はクリームの量を間違えただけなのに。 「あー、確かに結人っぽくはねぇな。美味すぎ」  美味しいと言う割に不満そうな顔をしている八千代とりっくん。見かねた朔がフォローしてくれる。 「お前ら、そう言ってやるなよ。結人も成長してるんだろ」  僕たちのやりとりを、微笑ましく眺めている桜華さんと満さん。何か言いたげだと、啓吾が首を傾げた。 「アンタたち見てたら、いろいろ羨ましくなるのよね。それに、負けてらんないんじゃない? って。ねー?」 「そうそ。アタシたちだって幸せ自慢したいもの。ねぇ?」  満さんと桜華さんが意気投合して肩を寄せている。 「あ! え? てことはこれ、ちーくんにあげんの?」  事情を知らずにキョトンとする3人。  啓吾は、髪を切りに行ったとき、ちーくんに担当してもらったことがあるらしい。しかも、満さんと話しているうちに片想いを見抜いてキューピッド役に名乗り出たんだとか。断られたみたいだけど。  満さんとも知らないうちに知り合っていたり、気づいたら仲良くなっていたり、啓吾のコミュ力には驚かされる。 「啓吾ってさ、俺たちの斜め前とか意味わかんないとこ歩いてる感じだよね」  りっくんは呆れているのか興味がないのか、心底どうでもよさそうに言った。 「あぁ、言いたいことはわかる。あれこれ首突っ込んでいく感じだよな」 「ちょいちょーい。君らさぁ、情報通つってくんね? 俺いなかったらこの家コミュ力ゼロどころかマイナスだかんな?」  確かに、啓吾がいなかったら、外界とは完全に断絶された生活をしてそうだよね。  なんてワイワイ盛り上がっていると、八千代が桜華さんの隣に立った。そして、耳を寄せて何か話している。なんだろう。  と思った次の瞬間、桜華さんが顔を真っ赤にして、八千代のみぞおちへ肘をめり込ませた。 「っぐ····」 「んえぇぇ!?」  思わず声を上げてしまった。きっと、八千代が余計なことを言ったのだろうけれど、どうにも桜華さんの反応が気になる。一体、何を言ったのだろう。 「テメ····加減しろっつの····」  蹲った八千代が、床に片手をついて言う。キレイにめり込んでいたし、よほど痛かったのだろう。 「う、うるさいわね! アンタがノンデリなのが悪いんでしょ」  啓吾と満さん、りっくんまでもが憐れむような目で八千代を見ている。僕と朔は、何が何だかわからずキョトンだ。 「ねぇ八千代、桜華さんを困らせちゃダメだよ?」 「あ? 俺ァただ今年も煌星(こうせい)にチョコやんのかって聞いただけだわ」  煌星って、杉村さんのことだよね。  ······あっ、まさか! 「アンタって子は······」  鬼の形相で八千代を睨む桜華さん。美しい脚がゴゥッと天井へ伸び、踵が八千代を狙う。  間一髪で避けた八千代。真横の床に、踵が鋭く落ちた。 「っぶねぇ····」 「桜華さーん。狭いキッチンで長い足振り回したら危ないっすよー」  ダイニングに向かいながら、啓吾が声を掛ける。  気がつけば、桜華さんと八千代、僕以外はダイニングに移動している。桜華さんの踵落としに見入っていて気づかなかった。  けど、それよりも僕は、桜華さんのお相手が杉村さんだとわかって、なんだか嬉しかった。 「桜華さん!」 「あら····結人くん、ごめんなさいね。八千代に踵までめり込ませるとこだったわ」 「あ、それはやめてほしいです。けど、今はそれより! メッセージカード····ちゃんと渡しましょうね!」 「やだ····アタシ、この純粋無垢な笑顔は裏切れないわ」  あたふたしてる桜華さんに、立ち上がった八千代が眉間に皺を寄せて言う。 「テメェの色恋なんざ興味ねぇんだよ。さっさと帰って渡してこいや」  そして、再び肘がめり込む。まったく、学習しないんだから。 「バカねぇ。バレンタインは明日でしょうが。でもま、これ以上長居してもお邪魔だろうし····満、帰るわよ」  桜華さんは腰に手を当て、フンと息巻いたかと思ったら、視線をリビングに移して言った。 「えぇ〜、もう? これから朔とお話したかったのにぃ」 「俺は話すことねぇから帰っていいぞ」 「ん〜っ、やだっ、辛辣な朔もカッコイイ♡」  満さんは相変わらずのブラコンぶりだ。  朔は気にも留めず、一秒でも早く帰るよう促す。相変わらず、すごい温度差だなぁ。  カードを添えたチョコ。僕はそれを、紙袋に入れて2人へ渡した。 「ノロケ話、聞くの楽しみにしてますね!」  そう言って、僕は2人を見送った。  お迎えは杉村さん。意識しているのか、桜華さんの頬がまた少し赤くなっているのが見えて、僕はにんまりとしてしまった。 「よし。邪魔者も帰ったことだし、早いけどバレンタインパーティ始めるか」  朔が僕の肩をギュッと抱き寄せた。そして、反対から八千代が腰を抱く。  待って、バレンタインは明日なのに····  あれ? なんか2人とも怒ってる? 「だな。身内が家に来んの、落ち着かねぇから好きじゃねぇんだよ」 「俺もだ。一生懸命チョコ作ってる結人、可愛かったから犯したかったのにできねぇの辛かった」  甘えんぼになった朔は、僕の頭にコテンとほっぺを乗せる。こうなった朔はとことん可愛い。 「で、でもね、僕、桜華さんと満さんと一緒にチョコ作れて楽しかったよ。チョコも美味しく作れたし、だから、2人のこと邪魔だなんて言わないで?」 「悪かった。結人が喜ぶんだったら····たまになら呼んでやってもいい。満も楽しそうだしな」 「桜華は俺がいねぇ時に呼べよ。アイツ、俺にも絡んでくっからうぜぇんだよ」  ほっぺをすりすりしながら言う朔と、そっぽを向いて言う八千代。2人とも、本当に素直じゃないんだから。 「いつまで玄関でイチャイチャしてんの? ほら、さっさとパーティ(ゆいぴからチョコもらってお礼に犯す会)始めるよ」  りっくんに呼ばれて返事をしたけど、なんだか凄い含みがあったような····。ううん、気のせいだよね。  何はともあれ、今年も甘いバレンタインを過ごせそうでよかった。

ともだちにシェアしよう!