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第2-2章 幼子の為のスケルツォ(後)

「!」 勢い良く開かれたドアに驚いて目を丸くしたトウキは現れた相手を見て更に驚く。 「う・・っそ!」 けれども驚いたのは相手も同じ様だった。 自分と同じ白く柔らかい髪を躍らせて少女はトウキに詰め寄る。 「ねぇ・・・どういう事?こんな所で何をしているのよ!」 そう問われてもトウキは混乱してしまう。 自分が7番目の天使なら先の天使達が存在するのは当然なのだが今まで出会った事など無い故にどう対応して良いのか分からない。 彼女は本当に天使なのだろうか? 「あぁっ、もうボーっとしてないで何とか言いなさいよっ!」 困惑するトウキをお構いなしに少女は先程の冷めない苛立ちからトウキの肩を掴み思い切り揺さ振る。 (はわわわ・・・) 「わーーっ。何だか分からないけど落ち着いてっ!」 (ほにゃ~。) どうにかダツラがストップを掛けたが病み上がりの脳を激しく揺さ振られてトウキの目は完全に廻ってしまう。 「どんなに責めてもしゃべれませんよ。彼は喉が潰れてしまったのですから。」 揺さ振っていた少女の腕を掴みロカイがそう告げる。 冷たい刃の一撃の様に相変わらずその言葉は容赦ないが彼女なりにトウキを擁護したとも言える。 「・・・っ!」 掴まれた腕を勢い良く振り解くとまるでその犯人だと言うようにロカイを睨み付けたが直にトウキの方へ向き直る。 「ちょっとこっち来て!」 半ば強引にトウキの手を掴むと少女はその場の誰にも有無を言わせぬ速さで部屋から飛び出して行った。 ぐいぐいとトウキを引き摺り少女はアルコーブまで来ると勢い良く手を離した。 「・・・・」 目を閉じて指を組むと一瞬の内に少女の背には真っ白い羽が現れる。 光を浴びて舞い落ちる純白の一片一片は紛れも無く「天使」の証。 「この姿になれば話せるしヒトにも見られないでしょ!」 腰に手を当て勝気にそう愛らしく促すがトウキの方は戸惑ってしまう。 確かに堕天使の姿になれば話せるが見えなくなると言う事は無い。これも地に堕ちた天使への戒めなのだろうか。 理解はしていた積りでも初めて知った本来の天使との違いを目の当たりにしてその思いは隠せずに居た。 「あぁっ、もう何なのよ!さっきからっ。」 けれども少女の方はそんな事などお構い無しにトウキの胸元を掴むと激しく揺さ振った。 (ほぇ~~・・・・) 本当に天使とはこう言うものなのだろうか。目を回しながら困惑とは別にそんな事をトウキは思わずにいられなかった。 「・・・・」 改めて誰にも見られていない事を確認するとトウキも漆黒の羽を纏うその姿になる。 「・・っ!」 少女は驚いた表情を浮かべたが直に唇を噛むと睨むようにトウキを見据える。 「どうして・・どうしてよ!」 「それは・・・」 説明するのは心苦しい。それでも自分の想いを伝えなければならない、それも自分に与えられた罰だと思うから。 トウキは自分が堕天使になった理由とこれまでの事を訥々と話した。 「ばっかじゃないの!」 非難めいた叫びと共に平手打ちがとぶ。 不意打ちの攻撃を受けてトウキは思い切り転げてしまう。つくづく今日は目を回す日のようだ。 「そんなっ・・・・そんな理由で終末が無くなる訳ないでしょ! だいたいそれなら何の為にあんたが居るのよ!!」 確かにそうなのだ。 終焉を回避すると言う事は自分が天使であると言う事を否定するに他ならない。 それでも― 「ヒトが終わりを望んだから天使わたしたちが在る訳でしょ!ヒトなんかこれ以上生きていても意味が無いんだから!」 「そんな事無いです!」 これにはトウキも透かさず否定する。 「終焉おわりを望んでも・・・生きている意味が無くても生きていて欲しいと思う人が居る限りヒトはずっと生きて・・・生きていて欲しいです。」 不意にデリスの事が思い浮かび胸が切り裂かれた様な痛みが走る。 それでもまだ自分は彼に生きていて欲しいと願っているのだ。 「それこそ勝手なヒトの理屈じゃない! 自分は死にたくても他人には生きていて欲しいなんて!!」 「でも・・・!  誰かに生きていて欲しい気持ちは・・・大切な・・尊い思いで・・ それがどんなに身勝手でも誰かが止めて善い筈が無いのです! 天使でも・・・」 目の周りが熱くなり喉の奥が締め付けられる様に痛い、それでも涙は落ちない。 「ふざけないで!ヒトが天使より尊い感情を持っている訳が無いでしょ。」 押し倒すような形で少女が掴みかかる。 2人が動くと辺りに白と黒の羽が舞い踊る。 ヒトと同じ姿。 ヒトと同じ様に動き食べ眠る。 ヒトと同じ様に話し笑い怒り悲しむ。 それでもヒトとは何かが違う存在。 だから不完全なヒトの部分に戸惑い理解に苦しむ。 それとも― 欠けているのは天使の方? 「だいたい―。  どうして・・・・・」 怒りを声に湛えながら少女が俯くと白い髪が胸元へと零れる。 「どうしてあんた何かが・・・お父様に会えるのよ・・」 少女の声は震えて最後には消え入りそうに小さくなる。 「生まれた時にしか・・・・こんなに逢いたいのに。」 唇を曲げ泣きそうな表情を浮かべながらそれでも少女はトウキを真っ直ぐに見た。 自分に向けられる柔らかな微笑と眼差し―。 たった一度だけ、生れ落ちたその時に会っただけだけれども。でも、だからこそ逢いたいと願う存在。 自分が父である神に反し堕天使になったから逢えないのだと思っていた。けれども天使である彼女も生まれた時にしか会っていないのだ。 ならばその想いは一入だろう。 「きっと僕がこれ以上罪を重ねない様に・・・・正しい道に戻るように・・教えようとしたのだと思います。」 けれども自分はその手を振り払った。 初め父の元から逃れたのは自分に与えられた役目が唯怖くて、何処かに世界を終わらせる以外の解決があると思ったからこの世界へ降りたのだ。 けれども今は全く違う感情がトウキを動かしていた。 「・・・・逢いたい・・・・」 口にすると堰き止めていた想いが一気に溢れ出した。 喩え天使としての存在を否定しても何も出来なくても彼の傍に居たい。 一人にしないで― 独りにならないで― 一体それはどれ程我儘で身勝手な願いなのだろうか、それでも想いは止め処無く溢れ出して落ちて行く。 逢いたい― その先にどんな暗闇があったとしても今はそれしか願えなかった。

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