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第2-3章 ~ミルクホールサラバンド (前)~
「いいのか?」
「何が?」
煙草を箱から取り出しながら訝いぶかしむ様に尋ねたカッセキにダツラはのんびりと返す。
「あいつら、2人っきりにして。」
突如現れたトウキと良く似た少女。普通ならば肉親、性格云々を取り払えば容姿は双子の様にそっくりなのだからそれに近い存在だと思うのが当然だろう。
傷付き記憶を失い「一人」だったトウキには記憶を取り戻し、自身を知る光になるかもしれない。彼女と出会う事により少なからず状況は良くなる筈だ。
だが余りにもタイミングが良過ぎる。
カッセキの懸念はそこにあった。ダツラの説明を鵜呑みにするのならば『教団』は何らかの意図があってトウキを攫ったのだ。取り戻す手立てとして良く似た姿になった少女が現れてもおかしくは無い。
幼い少女だからと言って自分達を陥れる敵で無いとは言い切れない。
いや、幼いからこそ信じるものに忠実で躊躇う事無く欺く事が出来るのかもしれない。
「ま、大丈夫デショ。」
何処か上の空でそう答えるダツラには別の考えがあった。
あの時、トウキが少女を初めて見た時に見せた表情は驚きに満ちていた。けれども自分と良く似た相手ドッペルゲンガーが突如現れて混乱した訳では無かった。
信じられないと言った表情は自分の中に浮んだ答えを否定しようとしてし切れない確信が入り混じっていた。
それは少女の方も同じだった。初めダツラからトウキの事を聞かされた少女は半信半疑処では無かった。ダツラの話を完全に否定してそれでも話し続けるとダツラとカッセキを半ば引き摺るようにして案内させたのだ。
その彼女がトウキを見た瞬間に同じ表情を浮かべたのだ。同じ様な顔立ちの2人が同じ表情を見せたのでまるで鏡の様に見えた程だ。
間違いなく2人はお互いの存在を知っていた。けれどもそれは愛しい肉親との再会と言うには程遠い様に見えた。だからと言って家を飛び出した子供が偶然家族と出会ってしまったような気まずさも其処には無かった。
唯々お互いに驚き困惑し目の前にある真実を受け入れる事が出来ない様に見えたのだ。
彼女は何者なのか?
トウキが教団と関係していた様に少女もまた教団と係わりがあるのだろうか?
トウキも少女の事を知っている様に見受けられたが―
失われた記憶の一端が甦ったのだろうか?
それとも―?
少女がトウキを問い詰めた様にダツラも彼女に聞きたい事が山ほどあった。
ならば初めから敵と見なして邪険に遠ざけるのは良策ではない筈。
「いざとなったら僕が命に代えて姫君を御守しますカラ。」
舞台役者の様な台詞で笑みを浮かべるダツラをロカイが冷たげな視線で一蹴する。
「それでまた見捨てるのですか?」
冷たく静かに言い放った一言にダツラはロカイの方を向くと目を細めた。
ロカイはダツラの過去を見知っている訳でも本人から聞かされた訳でも無い。一時期カッセキの元に居たダツラはバックアップのためデータをロカイと共有しているのだ。
カッセキの違法な改造により能力を最大限に上げられたとは言え本来スペックから考えるとロカイのそれはダツラに比べれば遥かに劣っている。
だから記憶媒体に記号配列フォーマット化した時に共通する部分だけを、お互いの過去の一部を記録として保管しているのだ。
普段ならば毛嫌いしている者同士その事は気にも留めないが今は違っていた。
トウキを庇護する相手と認識したロカイがダツラに咬み付いたのだ。
「もう必要無いと。はっきりと穢された相手には興味が無いと、そうおっしゃたらどうですか?」
「だったら―?」
否定する訳でもなくワザと挑発するような言葉で口角を上げて笑う彼は黒い硝子の瞳をより一層濃くし見下す様な視線を投げ掛けていた。
それは自分の過去を引き合いに出された苛立ちでもあり警告でもあった。
けれども冷たい視線を投げ掛けたままのロカイは引き下がる事も無く凍り付いた様な声で続けた。
「まだあの子に身代わりを求めるつもりですか。」
本来アンドロイドは命令が無い限りお互いを傷つける様な事はしない。何らかの形でその様な危険な接触をしてしまった場合は回避行動が最優先される。
それがアンドロイドの中に組み込まれたプログラムの一つであり彼等の行動を支配する中枢の一部でもあるのだ。
けれども火花よりも暗い火の粉を散らす2人にはそんな大前提など無視して今直ぐにでも相手が起動出来なくなるまで破壊する行動を取りそうな勢いだった。
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