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第2-3章~ミルクホールサラバンド(後)~
で、結局ソイツがどこに居るかはお前等も分からないと。」
頭を掻きながら面倒そうにカッセキが確信を突く。
「っ・・・・」
図星だったのかビャクシャクは何かを言い返そうと構えるが結局は言葉が続かなかった。
「父親を探して流浪の旅をする姉弟?」
「そうですね。」
相変わらずロカイは淡々と答える。言い分はサマになっているがダツラは現状ロカイに踏み付けられていた。余程鬱陶しかったのだろう。
「顔も分からねーんじゃ探しようもねぇだろ。」
「会えば分かるわ!」
ビャクシャクは自信満々に答えるがトウキは首を傾げてしまう。実際自分は会って暫くは分からなかった。
「それに私にはこれがあるもの。」
そう言ってビャクシャクは胸のペンダントをそっと握る。十字架型のペンダントヘッド。中心には蒼玉が輝きを放っていた。
元は匣型をしていたが今は開かれた形になっている。
『裁き』が齎されたのだ。
2年前に。
「これを見せればお父様も喜んで下さるわ。」
ビャクシャクが胸を躍らせているのが見て取れた。天使としての役目を無事果たした自分を褒めて欲しい。
そう思うとトウキの胸は痛んだ。
「トウキ君も似たようなの持ってたっけ?」
ロカイに踏み付けられた状態のままのダツラに訊かれトウキもペンダントを服の内側から取り出す。
匣型のペンダントヘッド。此方は中心部に紅玉ルビーが取り付けられている。
鉱石学にも精通しているカッセキで無ければ二つが似通った物と言う結論は見出せなかったかもしれない。
「だから何であんたはそのままなのよ!」
その様子を見て再びビャクシャクがトウキに掴みかかる。
父である神に会うのはそう難しく無いのかもしれない。
この匣を開いて終焉を齎せば全てが解決するのだ。ビャクシャクの願いも叶う。
とは言えそう易々と終焉を告げる訳にも行かないだろう。
トウキは慌ててペンダントを服の内側に仕舞う。これだけは何と言われようと開く訳にはいかない。
「トウキ君も会いたい?」
不意に言葉が降り注ぐ。
頬杖を付いて床に転がったままのダツラの言葉には別の意味が含まれている様に聞こえた。
彼は単に『お父様』会いたいかと尋ねたのでは無い。
ダツラの方を振り向くと硝子の瞳が微笑んだ。
逢いたい―
押さえようとする程にその想いは強くなる。
何も出来なくても、傷付けるだけでも今は唯それしか願えない。
この身勝手な想いはまた目の前に居る彼にも迷惑を掛けてしまうだろう。
(逢いたいです。)
許しを乞う様にダツラの腕に縋る。
「僕としては折角邪魔者が居なくなったと思ったんだけどね。」
一度目を瞑り苦笑すると膝を付き真っ直ぐに真紅の瞳を見詰めた。
「でも、姫君が望むなら。」
忠誠を誓う様にトウキの手を取ると悪戯気にウィンクをした。
「どう言う意味だ?」
「つまりこの場から消えている男を捜す事で自分の評価を上げたいと。」
読み取った思考データからカッセキに通訳をするロカイは相変わらず歯に衣着せぬ物言いだが嬉しそうに微笑むトウキを見る瞳は光彩が柔らかく反射していた。
「あーー!もうっ。勝手な事ばっかり言わないでよ!」
暫し会話から外されたビャクシャクが割って入る。
「良いじゃん。ビャクシャクちゃんも一緒に来れば。」
「何で私がヒトなんかと―!」
あっけらかんと言うダツラにビャクシャクが噛み付く。唯でさえヒト嫌いの彼女は出会いからして最悪のダツラを目の敵にしていた。
「それとも・・・一緒に居ても説得出来る自信が無い、とか?」
ワザと挑発する様にダツラが笑う。理由は良く判らないが彼女はトウキを自分の意に添わせようとしている様に見えた。
「・・・・いいわよ。やってやろうじゃない!」
あっさりとダツラの口車に乗ったビャクシャクが宣戦布告と言わんばかりに指差す。
どうやら2人揃って素直な性格の様だ。
「その甘ったれた体も考えも鍛え直してあげるわ。」
(みぃっ・・・・・!)
一瞬青色の瞳が妖しく光ったビャクシャクの笑みにトウキは背筋が寒くなる。
「何か知らねーが、話が纏まったみたいだな。」
結局煙草を吸うのを諦めたカッセキがロカイの方に首を向ける。
「お前も暫く付いてってやれ。」
他人事とは言え幼子2人をダツラに任せるのは流石に心配だったのだろう。
「マスターの仰せのままに。」
「・・・げ。」
恭しくお辞儀をするロカイとは反対にダツラは青褪める。
彼としては色々と予定があったのだろうが、最悪のお目付け役が付いては簡単には身動きが取れないだろう。
(逢える・・・)
期待と不安と少し痛む傷跡が心に混ざり合い身体を突き動かしていく。
ふと見上げた窓の外には真っ青な空が広がっていた。
きっと逢える―
思い続ければこの空の下にいる貴方の元へ駈けて行ける筈
「じゃあ、さっそく旅支度を―」
「却下。」
何処からとも無くダツラが取り出したトウキ用のメイド服はその場に居た3人によって即座に否定されてしまった。
葉のない枝の間から光が交差しながら降り注ぐ。上空では風が強いのだろうか、雲が切れ切れになって流れている。
いっそこの身も千に千切れれば良いのに。
空を仰ぎながらデリスはふとそんな事を思っていた。
自分は何故まだ生きているのだろうか?
死出の覚悟はあるのに何かが袖を引っ張る。それは恐怖か遺恨か、まだ体の中に蹲り躊躇わせる。
一人じゃ死ねないから―
似ていないと思っていても考える事の最終地点は同じらしい。こんな事で血の繋がりを感じるのも可笑しな話だが。
見えない血が滴り落ちる。
この手に、胸に頬に―
決して逃れる事も許される事も無い現実。
取り戻す事の出来ない熱。
「・・・・・・っ」
不意に頬に熱が触れる。
柔らかな微笑と幼い手。
醒めない筈の悪夢から解き放たれる様で、許される筈の無い罪から開放される様で逃げ出してしまった光。
その小さな肩を抱き締められたなら、その微笑をもう一度自分に向けて欲しいと伝えられたなら―
そんな事、赦される筈が無いのに。
何が悲しませているのさえ分からずに、求めるものも与えられず触れては傷付けて壊した。
そんな自分がこれ以上一緒に居て良い筈が無い。
憎み、責めないと言うならば自分から離れるしかない。
それでも―
もう一人の自分が反論する。
本当は唯逃げているだけなのだ、と。
自分の過去から、過ちと向き合うことから。
だから背を向けて逃げ出した。
あの子から、あのひとから―
そうなのかもしれない。
表層の自分は否定せずに答える。
だからこうして待っているのだろう。
自分を罰し奈落へと落ちる瞬間を―。
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