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第7話 もったいない星空
「冬の方が星は綺麗に見えるんだ。夏も見えないことはないけどな。場所によっては写真みたいに鮮明な天の川も見られたり。けど、俺は一度だけだな。そんな星空が見られたのは」
不思議なことになった、と思う。
「もう少し時間があればな。遠出もできるけど」
まさか、自分が河野さんと二人で星を見にドライブするなんて。
「どうかした?」
この前は後部座席だったからどんな曲を聞いてるのか、わかるのはリズムを刻む音ばかりで、ちっとも聞き取れなかったけれど、助手席に座るととてもよく聞き取れた。
聞き取れたところで流行りの歌に詳しくないから、誰の歌なのかわからなかったけれど。
どうかしたのかと問われて、「いえ……」と答えた。
助手席に座ってしまって良かったのかな。
でも後部座席に座るのもおかしな話だし。ここに座って大丈夫なのだろうけれど。
「仕事の都合、大丈夫だったか?」
「あ、はい」
片道、車で二時間半の道のり。高速とかではなく、一般道をナビゲーションの音声の通りに進んでいく。
段々と変わっていく景色を眺めるのも楽しくて。気がつけばそろそろ目的地付近、という頃には緊張もほぐれていた。
週末で新月だから今日が絶好のチャンスだったんだって、車を運転しながら教えてくれた。
月明かりというのは案外明るくて、星の小さな光なんかは消してしまうんだって。
「そろそろ……だな」
「ここ、ですか?」
「そ、ここ」
そこで車は急カーブを曲がってどこかに降りていく。九十度以上の曲がり角、というよりも崖に沿って、急斜面を降りて行ってるんだ。二回、三回って、同じようにカーブした道を降りて。
「はい、到着。ラッキー。人がいない」
降りた先は川? かな。暗くて、あんまりよく見えないけれど。
「防寒着持ってきたよな?」
「あ、はい、一応は」
「外、極寒だからさ」
「は、はいっ」
星がよく見える場所へとのドライブだから一番暖かい格好をして来いって言われていた。その通りにしてきたけれど、車の中はエアコンのおかげでとても快適で。
「わっ」
その快適な場所から出た途端に吹き荒ぶ冷たい風に頬や鼻先が一気に凍ってしまいそうだった。身体も一瞬で縮み上がってしまうほど。慌ててダウンコートを抱き締めるように自分の腕をぎゅっと組んでみたけれど。
「川近いからな」
「は、はいっ」
確かに水の流れる音が聞こえる。ただその川の様子は見えないから、音ばかりで、しかもこんなに静かだと、聞きなれないその大きな川の流れの音はまるで濁流のようにさえ聞こえてきて、ちょっとだけ怖いと思ってしまう。
「こっち」
「はいっ」
けれど、そんな戸惑いを感じ取ったみたいに河野さんが僕の数歩手前で立ち止まっていてくれた。
「足元、石だから気をつけな」
「は、はいっ、わっ」
言いながら、河野さんが小さなライトで僕の足元を照らしてくれる。ちっとも履き慣れていないと一眼見てわかる白いスニーカー。歩きやすい靴のはずなのに大きな石の上に足を置いてしまったようで不安定な足場に転びそうになってしまった。足を乗せた石が傾いて、僕はぐらりとよろけてしまう。
「気をつけろって言ったろ」
「す、すみませんっ」
モコモコしたダウンコートごと僕の腕を掴んでくれた河野さんは、その手を離さずに支えたまま、歩調をそろえて隣を歩いてくれる。
「ほら、もう少しだ」
「は、はいっ」
こっちの石の上に足を、っと、違ったこの石グラグラしてた。じゃあ、こっちの石なら、多分平面のようだから、あ、大丈夫、ここは安定してた。そしたらこっちの石は……あぁ、ダメだった。とてもグラグラしている。
そんなふうにまるでそんなゲームでもしているみたいに、足の置きどころを探して、河野さんが照らしてくれるライトで見える自分の足元ばかりを見つめていた。
「上、見てみ?」
だから気が付かなかったんだ。
「へ? ぇ? …………わ、わぁ、ぁぁぁ」
自然と叫んでしまっていた。
「…………すごい」
星が、夜空一面に広がっている。
「こんなに……」
自分が知っている夜空はそこにはなかった。
「わぁ……」
それは感嘆の声が止まらないくらい見事な星空。
星座には全く詳しくなくて、知っているのはオリオン座と北斗七星くらいもの。でもそれすらも自分が日々を過ごす夜空では見つけることが難しいから気にならなかった。
こんなに星がたくさん瞬いている空の下に自分がいたなんて気がついていなかった。
こんなに星が瞬いていることも知らずに、ネオンの中を毎日帰宅していた。
星のことなんて気にもせず、見上げることもなく過ごしていた。
なんて勿体無いことなのだろう。
「すごいだろ?」
そう言った河野さんの声は楽しそうだった。そして少し自慢気で。
足元を照らしてくれていた小さなライトを消してしまえば、街灯なんて一つもないのに。河野さんの顔さえ、この星の明かりで薄ぼんやりと見える。
こんなにたくさんの星空の下。
彼は笑っていた。
その笑った顔は星の明かりのせいなのか、とても優しく、無邪気に見えた。
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