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第10話 アウトドア、はまった?

 場所……なんだろうか。  休憩室の端ではなく先生のデスクで食べた方が美味しいと仰っていたのは、つまり、美味しさの秘密は場所に関係するのだろうか。  それなら、また川で同じように食べてみたら、あの美味しいインスタントラーメンを食べられるのだろうか。  そう思った。  けれど、キャンプなんてしたことがない。道具もないし。 「コンロ……コン……う、うーん」  コンロはコンロでもこういうのではなかった。こんな網はなかったし、もっとこう、リュックの中に入れておいても大丈夫で持ち運びが良くて……えっと。 「ガス……コンロ……う、うーん」  どうすると出てくるんだろう。  そもそもコンロとは呼ばないんだろうか。  コンロと検索して出てくる立派な、こんな大きなものは無知な僕には扱えそうもないし、インスタントラーメン作るのにこんなのを買ってしまっても余ってしまう。  ネット通販で探しても、あの日、河野さんが使っていたような形のものが一向に出てこない。調べてみたところ、バーベキューで使うコンロには色々なタイプのものがあるらしかった。人数を考慮したコンロ、使い勝手、重さ、片付けやすさ、色々な面を考えての購入がいいと。けれどそのホームページに掲載されているコンロの中にこの前、河野さんが使っていたようなタイプのものは見つけられなかった。  なんでも詳しくて海外での生活の長い義君なら色々知っていそうだけれど。 「……コンロ」  なぜだろう。  なぜだか義君には相談せずにいた。むしろ、どうしてあの時のインスタントラーメンがそんなに美味しいのか教えて欲しいと言ったら、教えてくれそうだし、川で一緒に食べて欲しいと言ったら楽しそうだねと言ってくれるだろうけれど。でも――。 「何? アウトドアはまった?」 「!」 「よ」 「!」  びっくり…………してしまった。 「かわっ」  だってここにいるなんて思わなくて。 「おもしろいな、スマホ見る時もそんな背筋伸ばしてんの?」 「?」 「背筋ピーンってして」  河野さんだ。 「休憩室でちっとも休憩できてないような姿勢だから、なんか笑える」  そう言いながら、河野さんが僕の真似……なんだろうか。背筋をピッと伸ばして、足を閉じ、スマホを左手で持ちながら右手でトントンと指先でその画面をタップして見せた。確かにあまり休憩しているような感じではないけれど、でも、僕はその姿勢が慣れてるから。 「そんで、すっごい難しい顔してスマホいじってるから、今度の決議案のことで何か考えてんのかと思った」 「! そ、それならスマホの中身覗かないでください!」 「お、やっと喋った。悪かったよ。何見てんのかなぁって。あの大先生にも色々やましいことでもあるのかなぁなんて?」 「あ、ありません! あの方はとても真っ直ぐ真摯に仕事をしていらっしゃいます。なので、僕のスマホの中には見られて困ることなど何一つ」 「アハハ、っぽいなぁ」  河野さんが、笑った。  休憩室のベンチに座ることなくその背もたれに手を置いて、身を乗り出すようにしている。そのベンチの背もたれについた手が。 「そんで? アウトドア、ハマったの?」  手、大きい。  同じ男だけれど、けれど、僕より手が多くて、指が長い。 「あ、えっと……」 「俺がこの前使ってたみたいなの探してる?」 「あ……」 「それならここ、ここのメーカーの使い勝手いいよ」  言いながら河野さんがご自身のスマホを胸ポケットから出すと、パッパッとタッチしてそのメーカーを教えてくれる。 「あ」 「これ、すごいいいよ。値段はまぁ他に比べると高いけど、高いだけのことはあるって感じ」  確かに、このコンロ、この前、河野さんが使っていたものと同じだ。海外メーカー、なのか。 「あと、初心者なら、ここのオートキャンプいいよ」 「……オート」 「そ、キャンプ場のこと。テントとか、今流行りのグランピングとかじゃなくてさ」  あ、グランピングって聞いたことがある。最近とても流行っていて各地でそういった施設が多数あるって、レジャー計画に関する資料で見た事があった。地域活性化に繋げるための。 「車で行って、そのまま車中泊って人もいれば、その場所にテント貼る人もいるし。トイレとかもあるよ。初心者向けでスタッフ常駐してるから、色々教われるし。確か道具も貸してくれるんじゃなかったかな。道具の種類も豊富だし。けど、そこまで山ん中って感じじゃないからか、そう人多くないんだ。落ち着いてできるよ。近くに釣り堀とかもあるから。楽しめんじゃん?」 「釣り?」 「そ」  釣りなんてしたことない。  河野さんは釣りも好き……なんだろうか。それなら――。 「あ、やば、約束の時間に間に合わなくなる。そんじゃーな」 「は、はい」 「アウトドア、楽しいといいな」 「…………はい」  お忙しそうだ。 「……」  一人で……。  しまわずに手に持っていたスマホで、ふと、義君の連絡先を出してみる。誘ったら、来てくれるだろうけれど。でも。 「……」  やっぱり義君には連絡しなかった。  なぜか。 「……」  なぜか、連絡しなかった。

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