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第12話 これは
――蒲田、顔、真っ赤じゃん。
そう言って彼は笑った。
けれど、僕は笑わなかった。
自分の頬が真っ赤な理由、それがわかったから。
多分、わかってしまった。
その「真っ赤」を僕は少し前に見た。
あの時、あぁ、あんなふうになりたいって思った。
あの、お正月に久我山さんと聡衣君のおうちへお邪魔させていただいた時、二人が並んでお鍋を食べている様子を眺めながら。
あんなふうになれたらなって、そう思った。
あんなふうに、とても幸せそうに微笑み合えたらなって。
「ミネストローネもけっこういけたな」
久我山さんも、聡衣君もとても嬉しそうにしていた。見ただけでその嬉しさとか喜びがこっちに伝わってくるほどだった。
「蒲田?」
「! は、はいっ」
あの時の聡衣君の頬の色。
ほんのり色づいていて、見ている方がくすぐったさに手をぎゅっとしてしまう優しい赤色。
聡衣君と久我山さんが食べているお鍋は特別美味しそうに見えた。同じ鍋をつついているはずなのに、もっとずっと美味しそうに見えたんだ。
彼ら二人の表情からは幸せが滲み出てしまっていた。
だからお鍋が美味しそうに見えた。
どんなに星がたくさん並べられているレストランも出すことができない世界一のご馳走。
あんなふうに食事ができたらなんて幸せな食卓なのだろうと思った。
河野さんが指摘した僕の頬の赤はそれと同じ赤だと思う。
「平気? 少し薄着すぎ。それでなくても温室育ちっぽいから」
僕は……賢い…………ほうだと思う。
学生の時は常に主席だった。勉強はよくできた。運動は……あまりだったけれど。でも全般的に先生たちからの評価も高かった。
優等生だったと思う。
そんな僕が思うに。
考えてみた結果。
「にしても、すごい行動力。まさか本当にコンロ買って一人キャンプするとは」
これは。
「まぁ、仕事が仕事だもんな。ストレス溜まるよな。帰りは遅いし、仕事は激務」
「……」
「でも、誰もができる仕事じゃないからな。責任は重いけど」
これは、多分。
「いいリフレッシュになっただろ? ……星は見えないけどな。今日は曇りらしいから」
まだ寒さの厳しい夜、白い吐息をふわりと空に広げながら、河野さんが頭上の夜空を見上げた。確かに星は今日あまり見えないなって僕もここへ来た時そう思った。
あの時、河野さんと見た夜空はすごかったなぁって。
「あの時はかなり見えたけどな」
また見たいなぁって。
「けっこう星空スポットってあるんだよ。そう遠くない日帰りがギリできるかなって所に一箇所、あとは遠いな。あそこ、この前のとこは全然そういうスポットでもなんでもない。それでもあれだけ見えるから。星が見たいなら……って、お前、今度はそのために天体望遠鏡とか買ってそう」
多分。
「……蒲田?」
恋。
「どーした? 顔」
「僕、真っ赤ですか?」
「? あぁ」
「……そうですか」
「風邪ひくなよー」
「大丈夫です……多分」
恋、なのかもしれない。
「風邪は引いてない、です……」
そして、聡衣君のように頬が真っ赤になっているのなら、見られてはならないとそっと俯いて、自分の足下へと視線を落とした。
「ほら、これ飲みな」
「あ……ありがとうございます」
オートキャンプ場にはそれぞれの車で来たから、そっか。
ここで解散か。
そっか。
「ブラックの方が好みだった?」
「あ! いえっ、大丈夫です!」
じっと缶コーヒーを見つめてしまって、それを、買ってもらったコーヒーに対しての不服と思った河野さんが自分のと交換しようとしてくれた。僕が、首がもげてしまいそうなほどブンブンと横に振ってから、そのいただいたばかりの熱い缶コーヒーをぎゅっと握るとその様子にくすくすと笑っている。
「あの胡蝶蘭はどう?」
「ぇ?」
あ……すぐには帰らないのかな。今、駐車場のところにある自販機の手前、ここでもう解散なのかと思ったけれど。少し立ち話とかできるのかな。
「ぁ、えっと……はい……」
「あれ、相当難しいっていうじゃん」
「はい」
「草花とか自然とか好きなの?」
そう、って言って、何か話題を提供しなくちゃ。ほら河野さんが寒そうに肩を縮こまらせて、白い息を吐きながら、温かい缶コーヒーを飲み出してしまった。きっと飲み終わったら帰ることになってしまう。かといって、今、いただいたコーヒーをちびちび飲んでしまっては、美味しくなかったんだなと思われてしまうかもしれないし。
だから、もっと話を。
話題を。
「……はい。興味はあって……」
「へぇ」
「胡蝶蘭はあのままじゃ処分されてしまうので、だから持って帰ろうと」
「あぁ、そっか。上の方花なくなってたもんね」
「はい! でも今も自宅で花が一つも枯れずにあのままの状態で咲き続けてます」
「へぇ、案外長持ちなんだ」
「そのようです」
あとは、胡蝶蘭の育て方のサイトで見かけたことを話せば少しは時間が延びるかもしれない。あと、何か、話題になりそうなのは。
「じゃあ、また咲いたら見せてよ」
「……ぇ?」
「あ、今、俺は花なんて興味なさそうって思っただろ」
「い、いえ!」
「いーけどね」
そんなことない。
そんなことは思っていない。
「僕は」
「?」
「僕は、河野さん、面白くて優しい人だと思います」
「だろ。わかってんじゃん」
とても。
「意地悪そうに思いましたが」
「おい」
「でもっ」
とても優しくて、その言葉にはいつだって嘘がなくて、真っ直ぐだと。そして、もっとたくさん彼とお話がしてみたいと。
「ぼ、僕は」
とても。
「僕は、好きです」
そう思った。
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