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第22話 恋をすると

 今度のキャンプは……そこで少し河野さんが考え込んで、そうだ! と、ウキウキした顔で豚汁を作ろうと誘ってもらえた。  僕はそれが、たとえ火の中、水の中、どこでも絶対に参加します! って、はりきって。  そんな僕に河野さんが笑っていて、僕は天まで舞い上がってしまうんじゃないかと思った。  だって、チョコレートをもらってくれた。またキャンプに誘ってくれた。僕に笑いかけてくれた、から。  来たのは、この前もやってきたオートキャンプ場で、もう二月も終わりの頃になると、寒さも和らいだからなのか、前回よりもキャンプを楽しんでいる人達が多くいるように見える。  河野さんの大きな車で僕の自宅マンションに寄ってもらい、そこから車で一般道を二時間くらい。  外に降りると、全く違うひんやりとした、けれど心地いい空気をたくさん吸い込んだ。 「これは……」 「あぁ、それ? 麻の火口」 「アサノヒグチ?」  お名前? と首を傾げたら、河野さんが噴き出して笑った。 「違う、麻の火口」  今度は空に向かってそのお名前を書いて見せてくれて、それでようやく意味がわかった。 「これで火起こしすんの」 「これでですか?」  この茶色でゴワゴワした綿毛のようなもので?  不思議そうに僕が手にした「麻の火口」に視線を落とすと、その大きな、握り拳大くらいのそれからひとつまみだけ引っ張って取ると、枯れた杉の……なんだろう、トゲトゲした部分の上に置いた。  僕は河野さんはオートキャンプ場でもゴミ拾いをしていて偉いなって思って、見習わなければと、倣ってゴミ拾いをしてたけれど、どうやら違ったらしい。ゴミ、じゃなくて火起こしに使うために拾っていたみたい。 「これで、後は、このお火打ち石で……ほら」 「! わ、すごい!」  カチン!  僕が想像している火打ち石とは全く違うスティック状の二本のそれを擦り合わせると、火花が散って、瞬く間に、さっきの「麻の火口」が燃えていった。 「あとは……これが大きくなってきたら、枝を乗っけて」 「すごい! わ、あ……わぁ」  ゆっくりじわじわと、小さかった火が大きくなっていく。 「この前はコンロでパッとやったけど、せっかくなら火起こしもって」 「はい!」 「こういう方がキャンプっぽくて楽しいでしょ?」 「はい!」  そこで河野さんがぷはって笑った。 「はぁ、おもしろ。蒲田ってさ、返事がすっごいよね。忠犬って感じ。さすが有能秘書」  河野さんはよく笑う人だと知った。  最初はこんなに笑う人だなんて思わなかった。少し眉間に皺を寄せているような印象さえある。けれど、僕といる時、そんな表情は――。 「俺苦手なんだよね。あの秘書のさ、すまし顔」  あ、今、したけれど。眉間に皺。 「その点、蒲田は素直で面白い」  また、笑ってる。 「同じ歳なのに、なんか年下っぽいし。最初、怒った顔ばっか見かけたけどさ、あれは久我山のせいだな」 「……」  あ……同じだ。 「最初の印象なんて当てにならないもんだな」  同じ。僕が最初に持った河野さんの印象と、今知っている河野さん。それと同じように僕の印象も河野さんの中で変わっている? のなら、じゃあ、今の印象はどうなのだろう。今の僕が少しでも。 「さて……火もしっかり燃えてきたし。そろそろ具材切りますか」 「は、はいっ」  そして、僕の「いい返事」にまた河野さんが笑っていた。その笑顔を見ながら、僕はどのくらい彼の中で印象が変わって、今の僕にほんの少しでも、彼に好かれるようなところがあったらいいな、なんて、ちょっと思ってしまった。  豚汁って、すごく好き。  けれど一人暮らしだとあまり作らないメニュー。小鍋で作るののはなんだか豚汁らしくなくて。できることなら大鍋でたんまり、もうあれもこれも放り投げるように……は、良くないけれど、たくさんの具材を一緒に煮るっていうのが豚汁らしいと思うから。  今、そんな豚汁を河野さんと二人、焚き火を間に挟みながら食べている。 「うっま」 「ハイっ! すっごく美味しいです!」 「ならよかった」  二人で野菜を切って、さつまいももじゃがいもも、お芋二種類のちょっと変わった豚汁  本当は石焼き芋を作ろうとしたけれど「ま、いっか」って笑いながらお鍋に入れて。 「まぁいいと思います」って僕も笑いながら蓋をした。  煮ること十分くらい。 「こんにゃく入れるの初めてです!」 「へぇ、俺のとこは必須、かな」 「そうなんですねっ!」  ――おや、最近、とても元気そうだね。 「おかわりする?」 「はいっ」 「蒲田って見た目によらず、よく食べるね」 「はいっ」  ――へぇ、キャンプ。それはとても楽しそうだ。  先生にも、ついに何かいいことでもあったのかなと尋ねられてしまうくらい。でもそのくらい、最近、仕事をとても張り切っていたから。この休日をもぎ取りたかったし。それに、何より。 「このあとマショマロも焼くけど、そんなに食える?」 「マシュマロ!」  楽しくて、つい元気になってしまう。  もしかしたら、このまま寝ずに仕事もできてしまうのではないか? と思えるくらいに元気になれる。 「マシュマロ、僕、好きです!」  恋をすると毎日がこんなふうに楽しくなるなんて、知らなかった。

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