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第27話 「わ」と「あ」
―― マシュマロ、僕、好きです!
そう言った。
麻の火口で火を起こして、豚汁を作って、二人でキャンプをした。楽しくて、おいしくて、たくさん食べていたら、マシュマロもあるけどそんなに食べられる? って訊かれて、僕はテンションが高かったせいか、少し大きな声でそう答えた。
マシュマロ、好きですって。
だから、マシュマロをバレンタインのお返しにくれた。
「へぇ、ホントだ。マシュマロって、貴方のことが嫌いですって意味なんだ……知らなかったな」
河野さんはそういうながら、検索結果に頷いて、スマホをテーブルの端に置いた。そして、やってきたばかりのリブステーキを大きめの一口でパクリと食べた。
「それで泣いたわけだ」
「っ」
「っぷ、ホント、蒲田って面白いな」
「!」
ごくんとお肉を一口食べ終わって、河野さんが楽しそうにビールを飲み干した。
「……俺も、ちゃんと言ってなかったもんな」
「……」
「俺も、まぁ、色々考えたし。だって、蒲田、男じゃん」
「!」
「俺、いわゆるノンケだからさ」
知ってる。
あの、わかってます。
なのに、なんだろう、この話の流れはまるで。
「けど、こんなにしょっちゅう会ってるから、それなりに脈ありだって思わない?」
「だ、だって」
これは、まるで僕と河野さんが。
「キャンプ誘って、週二で晩飯一緒に食って」
「でも!」
「しかも今日、ホワイトデー」
「河野さん、恋人いるじゃないですか!」
「……………………」
そうだ。だから僕の勘違い。期待はしちゃダメだ。絶対に違うのだからって、そう何度も何度も自分に言い聞かせていた。
「だから……これは、その、会ってくださるのは友達としてで、その、河野さん、お友達少ないから、だからであって」
「ぶっげほっ、ゲッッホっ」
「だ、大丈夫ですかっ? お、お水をっ」
「へ……き」
慌てて立ち上がると、むせてしまった河野さんの背中を何度かバシンバシンと強く叩く。そしてその手を河野さんが掴んで止めた。
「友達少ないとかね……あのね」
でも、本当に少ないでしょう? その、久我山さんと聡衣君もそう言ってたし。
「まぁ、少ないけどさ」
ほら、やっぱり。
「っていうかその前だよ。誰? 俺の恋人って」
「…………え?」
「いや、俺の恋人って誰?」
「…………美人の」
「は?」
「この前、飛び出してきた彼女を慌てて引き留めてました。待てよっ! って」
「はぁ?」
「その、えっと、背が高くて、綺麗で、河野さんが呼び止めて少し何かお話をしたら、ちょっと泣いてらしたような……」
「あ! あああああ!」
ほら!
「えぇ……」
じゃない?
「あいつ、ただの同僚だよ。蒲田、もしかしてあいつのこと俺の恋人だと?」
「……はい」
「ない、絶対に。あんな高飛車女無理だわ」
「えぇ……」
「それ、完全勘違いだから」
「えぇ?」
「それは、ないわぁ」
「えぇ!」
そこで、僕の返事がおかしかったのか、プッと吹き出して河野さんが笑った。
「あの時さ、あいつ、同僚ね? 聡衣に嫌がらせしたんだよ」
「えぇぇ!」
「久我山のこと狙っててさ、聡衣に取られて、その腹いせ」
そんなことだったなんて。
「惨めで馬鹿なことして自分を下げるなって言ったんだ」
久我山さんと、そして河野さんの同期で女性職員が一人、結婚することになった。相手は同じ官僚で地方に出向している最中、つまりは遠距離恋愛を続けていた。けれど、もう決意をしたらしく、自分は彼について行くと、退職することになった。
「んで、久我山も今度異動になるから、それで遠距離恋愛について色々相談してたんだよ。それをあいつが、さも久我山が聡衣にやましい隠し事でもしてるみたいに言って嫌がらせをしてたから、バカな事するなって言ったんだ。多分、蒲田が見たのはちょうどその時だ」
そう、だったんだ。
「ただの同僚」
そうなんだ。
「そんで、俺、好きな奴いるからさ」
「!」
そう、なの?
「今、目の前にいる」
「!」
「前に言ってくれたでしょ?」
「?」
「俺が笑った顔を見て、愛しいって思うってさ」
コクンと頷いた。
そして、そんな僕を見て、河野さんがふわりと微笑む。僕が「愛しい」と思う笑顔を向けてくれる。
「蒲田がさ、笑ったり、真っ赤になったりすると、やばいなって思う」
え? やばいって、なんだかとても大変な事態に見える?
「あぁ、なんだろ。この生き物って」
い、一応人間です。
「男でさ」
あ、ちょっと胸がちくりと痛んだ。
「俺、恋愛対象、女性のはずなんだけどなぁって」
はい。そうだと、思って。
「なのに、蒲田見てるとさ、可愛いなぁって思う。確かめたんだぜ? 一応。本当か? って、蒲田、ちゃんと真剣に言ってくれたじゃん?」
「……」
「だから適当はダメだし。やっぱ、無理ってなっても可哀想だし。けど、何度確かめて無理ってならない。触っても、手繋いでも」
手。
あ。
バレンタインのチョコを渡す時荷ずっと手を。
「無理どころか可愛いってさ」
僕が?
「あぁ、やばい」
えぇ、やっぱりなんだか大変な事態に?
「抱き締めたいって」
「…………」
「そんで、あぁ」
わ、ぁ。
「愛しいなぁって、思う」
何も、言葉が出てこなかった。胸のところではついさっきまで「期待」が大暴れしていたのに、今は。
「俺、蒲田のこと、好きだよ」
今は「わ」と「あ」がただ胸いっぱいにぎゅうぎゅうにそのひらがな二文字が膨れ上がっているばかり。それから。
「すげ、蒲田真っ赤じゃん」
彼が愛しくて、彼が好きっていうことしか、もう考えられなかった。
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