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第43話 桜よ、君よ

「すごい美味しいお店でしたね!」 「確かにね」  お肉も美味しかったけど、一押しは牛タンらしくて。でも確かに厚く切られた牛タンは絶品だった。それから。 「「白菜のサラダも」」  二人で同時に同じことを言ってしまった。  合唱になったことにお互いに目を丸くして、それからお互いにまた同時に笑って。  でもすごく美味しかった。生の白菜って食べたことがないかもしれない。あまりに美味しくて、店員の方に尋ねてしまったくらい。見た目は激辛っぽくて。僕はそんなに辛いのが得意ではないから、怖気付いたんだけれど。でもおずおずと食べたら、もう。  箸が止まらなくなったほど。  サムジャン。  そういう名前の韓国の辛味噌なんだとお店の人が教えてくれた。 「わ、ぁ……すごいです! ここ! まだ桜が咲いてたんですね」 「八重桜だからね」 「わぁ!」  今日は風が強いから。  少し寒いけれど、走り抜けるように吹きつけた冷たい春の風に桜の花びらが柔らかい雨みたいに落ちてきた。夜だからかな。地面には今日一日で落ちてしまったのかもしれない。あまり踏みつけられていない八重桜らしい恋ピンク色が敷き詰められていて、その上を歩いてしまうのがもったいないほど。 「わっ……っぷ」  今度は「ほら」と風が僕らに手品を見せてくれたみたいに、つむじ風がその落ちたばかりの花びらを風に乗せて、くるくると舞い上がらせた。 「わわわっ、すごいすごい」  思わずはしゃいでしまうほど。  本当にどこかに魔法使いでもいるのかもしれないと思えてくるくらい。くるりくるりって花びらたちが弧を描いて地面スレスレを飛んでいる。 「成徳さん!」  成徳さんへ振り返って、ドキドキしてしまった。  桜にはしゃいでいるように見える僕は少し幼稚に見えただろうか。同じ歳だというのに落ち着いていないなって思われたかもしれない。  桜は確かに綺麗で、眺めていると確かに気持ちが躍るけれど。  僕が一番はしゃいでいたのは。 「……ぁ」  久しぶりに成徳さんに会えたからで。  成徳さんがあまりに素敵だからで。  あまりに……かっこいいから、で。 「桜」 「?」 「花見は無理だったけど、仕事、少し落ち着いたら今度はキャンプだな」  明日から数日出張なんだって教えてくれた。それでなくても新人が、今年はちょっと不作……だなんてまた周囲に誤解を招くような言い方をしていたけれど、新人さんのお世話が大変で、毎日毎日、終電で帰るような日が続いてるって言っていた。  本当は優しい人なのに。  そんな遅くまで新人のミスのフォローをしている優しくてとてもプロ意識の高い人なのに。  だから毎日忙しくて会えないって話してくれた。  その出張の時には現地でとても人気でお取り寄せだと一か月待ちっていう和菓子を買ってきてくれるって。先生にも、僕にも。だからまた出張後にって笑ってくれた。  今日はご飯だけ。  明日からの出張の準備もしないといけないから。 「……悪いな」 「いいえ! そんなことないです」  僕は。 「早く帰りましょう! お腹いっぱいです!」  僕は成徳さんのことがとても、とっても大好きです。 「……そうだな」  本当にとっても大好きなんです。 「昨日はたくさん食べられたかな?」  移動の車の中、運転手さんの隣、助手席に座る僕へ先生が後部座席から話しかけてきた。僕は、せめて移動の時間くらい先生もゆっくりしたいだろうと静かにしていた。 「! はい!」  翌日、朝、とても早い時間に成徳さんからメッセージが届いてた。  たった一言。  行ってくる。  ただそれだけ。  僕はそのメッセージの受信音で目を覚まして、すぐに「行ってらっしゃい。気をつけて」って返した。そしたらまたすぐにメッセージが送られてきた。  寝なよ。  そんなメッセージ。  たったそれだけだと、冷たく、呆れたような言い回しにも思えてしまう言葉だけれど。そう誤解をする人もいるかもしれないけれど。僕にはその短いメッセージがとても優しく、温かく、思いやりのこもった言葉になって耳元で聞こえていた。やさしいやさしい彼の言葉。  僕はその言葉に胸がいっぱいになって、そのまま、彼からの言いつけを守らず、起きてしまった。  だって成徳さんはもう起きて、あの時間帯なら空港にいたのかもしれない。大変なことだ。睡眠時間なんて足りてないだろうし。  だから僕はそこから起きて、ランニングの準備をした。 「彼は……」 「とても優しい方なんです。お仕事もとても優秀な方で。僕の尊敬する方です」 「そのようだね」 「はい!」  今日は、四周にチャレンジしてみたんです。ちょっと大変だったけれど、でも、かなり体力がついたと思います。  今度は、ちょっとダンスとかしてみようかって思っています。オンラインで体験レッスンができるらしくて、仕事の後、少しだけエクササイズダンスというのをやってみようかなって。体力もつくし、リズム感も良くなると思うから。  また筋肉痛になってしまいそうだけれど。  次、成徳さんと――。 「桜、八重か……綺麗だね」 「はい。すごく綺麗です」  車の窓の外へと視線を向ければ、八重桜の大きな木から、また。 「すごいですね……」  花吹雪が優しい雨みたいに、青空の下、舞っていた。

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